魔王さまの舞台裏
「あー、暇だ暇だ暇だ暇だひーまーだー!」
玉座で魔王である吾輩――ベルケンドの孤独な声が響く。
吾輩の登場するシリーズ最新作が発売されて三か月が経った。ところが、一向に彼の許を訪れる勇者が来ないのだ。
ゲーム開発者たちが調整したゲームクリアまでの参考時間は多めに見積もって七十時間。ゲームは一日一時間だとしてもとっくに辿りついている頃だ。
しかし、家来からの報告を聞く限り、最初の中ボスを倒すどころか、初めの街すら出ていないと聞く。
「テルル、これはどうなっている」
吾輩に呼ばれて触手族の女魔族――テルル・イービルノーツが姿を現した。
テルルには吾輩の近辺の事を任せている。簡単に例えるのならば、吾輩のマネージャーや秘書の様なものだ。
「お伝えしますベル様。この原因を調査しておりました魔族の先ほど入った報告によるとその……ベル様の出演なさっているゲームは、積みゲー化しております」
「吾輩のゲームが積みゲー化だと……」
積みゲー。
それはゲームを買ったものの、そのゲームを遊ばずにそのまま放置(積む)する鬼畜の所業。
積む理由は、特典だけが目当てだった者、遊ぶ時間がなかなか取れない者、一緒に買ったゲームを先に遊んでいる者など様々である。
「はい、ベル様。ベル様のゲームと同時発売だったゲームがいかんせん強力な為、勇者さまたちはそちらへ向かわれました」
「そのゲームはどれほどの人気なのだ?」
「いいですか、そのゲームの初週売り上げが百万本、ベル様のゲームは……ゲームは……」
テルルはゲームの売上本数を告げようとするがとても言い辛い事らしく、何度も口を紡ごうとする。
「気にするな。現実としてハッキリと知りたい。遠慮なく申せ」
どんなことであろうといまさらな事だ。覚悟ぐらいできている。
「ベル様のゲームは……二万本です」
しょっぱかった。そしてちょっぴり苦かった。それは涙の味。
さらに現実は悲しい事実を打ちつける。
「ちなみ、他の同時発売したゲームは平均が五十万本。このご時世に、どこもそこそこ売れて豊作ですけど、ウチの所が大きく平均を下げてますね」
「泣くんじゃない、泣くんじゃないぞベルケンド。貴様は部下に情けない面を晒すつもりか!」
涙を玉座にもたれ掛かり、泣き顔を隠し、涙は背もたれに拭いつける。
「やっぱ遊ぶ時間がなかなか取れない今の時代に、じっくり遊ぶゲームにしたのが仇となりましたね。RPG系はサクサク進めてストーリを楽しむ方が好まれる傾向があるみたいです。その手軽さがいいみたいです」
ゲームは長く遊べる方が良いとやり込み要素を詰め込んだ結果がご覧の有様と化してしまっていた。
「さらに!」
「まだあるのか!? これ以上は嫌だ聞きたくない!」
「ベル様、ちゃんと聞いて下さいませ!」
これ以上の辛い言葉は聞きたくなかった。反射的に耳を手で覆おうとしたが、テルルの触手に手を跳ね除けられる。
「最初の村の目立つところに、勇者様の最強武器の入った宝箱を置き増したね」
「ああそうだ、確かに置いた。ちゃんとゲームバランス対策はしておいただろう?」
勇者の旅立ちの村には目立つ場所に宝箱が設置されている。
その宝箱を空けると最強のザコ敵との突入、そいつをたおして晴れて最強武器が手に入る。始めから手の届く場所に最強武器が眠るという粋な演出だ。
「それがですね。開始早々に宝箱をあけた一部の勇者様たちがアンチ化。彼らが『しょっぱなから死んでしまうクソゲー』と吹聴していたものが曲解して『最初の敵に勝てないムリゲー』と形を変えてまだ遊んでいないユーザーが離れて行っております。一時はクソゲーオブザイヤーに推薦されたとか」
「もうやめて。お願いだから」
これでも全盛期の頃は登場したゲームにおいてダブルミニオンを獲得したこともある。
時が移ろい時代が変わろうとも、冒険者達へ驚きと興奮の提供する気持ちを忘れたことなどない。
それが今やKONOZAMA。
やはり時代の流れには勝てなかったのだろうか。
「魔王様! しっかりしてくださいませ。スイッチが入っている時は尊大な態度なのに、切れた途端にそんなにナイーブなんですか」
テルルが何やら言っている。だけど、もうどうでもいい。吾輩は誰にも必要とされていないのだ。
老害は去るのみだ。
「ああ、欝だ。……そうだ死のう。どうせ、吾輩を倒そうとする勇者はいないのだ」
「お気を確かにしてくださいませベル様! 勇者が魔王城を訪れた際に『魔王は欝で自殺しました』じゃ示しがつきません」
「それならそれでネタにされて良さそうだ。よし、死のう……」
「だから、死ぬのはお止めください! お止め……おや……お……ベル様が死んじゃう。うわぁぁぁん!」
「泣くな、吾輩が悪かった。悪かったから、この通り」
テルルが泣き出してしまい。欝モードに入る所ではなくなってしまった。
感情的な振る舞いを散々していたが、家来を泣かせるようなことをしてしまっては、さすがに王として失格だ。
「じゃ、ベル様は死なない?」
「ああ、死なない死なない」
赤く腫れぼったくなってしまた瞼を擦りながら、嗚咽混じりと涙声で聞いてくるテルル。
死なないぐらいで涙を引っ込めてくれるのなら簡単なものだ。
「心配をかけて悪かったな。もっと近う寄れ、触手を撫でてやる」
触手族にとって触手を触れる行為は親愛の情を示す。
吾輩はテルルの触手を手に取り、一本一本を丁寧に撫でてやる。
「ベル様、そこまで私のことを……」
「ああそうだ。幹部や兵士のような働きはしないが、お前も大事な家来の一人だ」
「ソウデスヨネー」
心なしか微熱を帯びていた触手の温度が下がったような気がする。
「沈んでいた気分は今ので少し浮いた。もう少し頑張ってみるとするか」
今のRPGは手軽さが売りか。ならば、どうするか。
地方に配置した部下を引きあげ面倒くさいエンカウントを減らし、ダンジョンはあまり凝らずに一本道を基準に直ぐ行き止まりになる分かれ道がある程度に、魔王城は強力なモンスターは控えて中ボスも撤去吾輩とすぐに対面できるようにしてやろう。
『聞いてくれよ! あるゲームをやったんだが、一本道のつまんないダンジョンばっかりでしかも敵のエンカウントが全然無いせいでレベルが上がんないからボス戦がムズい。詰んだ』
『マジかよ! そのクソゲー、なんてタイトルだ?』
クソゲーでした。