04 バイト
まず最初に言っておこう。
彼女はストーカーではない。たまたまバイトをしていただけなのだ。
ピンポーンとチャイムが鳴ったので彼女は注文を受けるために席に向かう。窓側の三番テーブルだ。
はい、ご注文は? と言って彼女は注文を入れるための機械を取り出してしゃがみ、顔を向き合わせて笑顔で対応しようとした。営業スマイルは無料配布になっております。
だが、お客の顔を見て営業スマイルが崩れた。
――席には会長が座っていた。
休日なので制服ではなく見慣れない私服だったが爽やかなオーラが倍増している。脇を通った店員もお客も十人中九人が振り返っている。
保健室に隠れていたあの日《answer》のライブが今日の午後にあると言ってたし、待ち合わせがここの喫茶店だとも会長と先生は話していた。適当に聞き流していたのは彼女だ。
「アメリカンコーヒーを一つ。……? 店員さん?」
会長が爽やかなオーラを垂れ流しながら首を傾げて不思議そうに彼女を覗き込んでいた。
「あ、すいません。もう一度、お願いします」
「大丈夫ですか? では、アメリカンコーヒーを一つ」
彼女が何でもなかったように言うと会長は首を捻りながらも普通に注文を取っていたので同じ高校の生徒だと気づく事はなかったようだ。仮病を使って保健室にサボりに行くので高橋先生と一緒だったら気づかれていた危険があった、会長一人の時で良かった、彼女は胸を撫で下ろして注文を繰り返して厨房に向かった。
《answer》のライブがあるからか人の出入りがいつもより尋常じゃなく多かった。少人数ライブだからあまり人はいないと思ったのだが、出待ちでもしているのだろうか? 興味がなかった彼女はそのまま忙しく仕事に追われていつの間にか会長が居なくなってた事に気づかなかった。
バイトが終わったのでバイト先に近いスーパーに寄っていた。
あのままバイトの終了時間になってもなかなか客足が途絶えずピンチヒッターとして駆り出されていた。
ようやく終わったのがきっとライブが終わったであろう夕方。
休憩は挟んだとはいえ流石に彼女は疲れていた。
だけど今日は休日。休日は彼女の家では彼女が食事当番だ。億劫ながらも何か作らないと何も食べる物がないため野菜売り場に向かって今日のメニューを考える。
ピーマンが安かったので青椒肉絲かな、なんて彼女は考えていると横から手が伸びて彼女が置いたピーマンを取っていった。
最近、よく横合いから目の前の物が取られるな、とどうでもいい事を考えながら彼女は振り向くと高橋先生がいた。
「高橋先生?」
「え? あら、あなた、頭痛持ちの子じゃない」
あまりいい覚えられ方をされていなかったがよくサボってる子認識をされなかっただけいいかなー、と彼女は思いながら話題を探す。
「先生も食材の買い出しですか?」
「うーん。……そうね」
ちょっとはっきりしないが食材を買わないのなら何故ここにいるんだろうなー? なんて考えながら突っ込んで聞いてみる。
「ピーマン使って何を作るんですか?」
「え?その、あー……その、あれよ。あれ! ピーマンと言えば? で思い浮かぶ物よ」
「うーん。私は個人的にピーマンの肉詰めが思い浮かびますね」
「そ、そう、それ。ピーマンの肉詰めなのよ!」
「そうなんですか、美味しいですよね。私は今日は青椒肉絲にしようと思ってたんです。来週は肉詰めでもいいかなー?」
「え? ちんじゃおろーす?」
「? はい」
腕を組みしきりに首を捻り始めた先生との会話を程々に切り上げて別れると青椒肉絲に必要な物をカゴに入れてレジに向かう。先生がストーカーのように彼女の後をついてきて彼女の入れた物と同じ物を入れていたが彼女は気づいていなかったのでその事に関しては心の中にしまう事にしよう。ついでに彼女が青椒肉絲の材料と関係ない砂糖をカゴに入れた事も。
彼女はお会計を済ませると家に向かう。このスーパーから家へは歩いて十五分。遠くはないが立ちっぱで足が痛い彼女にとっては嬉しくない距離だ。
足早に傾く夕陽が照らす道を歩いていると、あれ? とすれ違った誰かが言った。
「お前、屋上の」
「はい?」
振り向くと彼女が屋上でお昼を食べる時にはよくいる男子生徒が。
彼女は彼の顔を見ると咄嗟に敵と判断して睨んだ。
「何?」
「いつにも増して冷たいねー。それでも相変わらず屋上にお昼食べに来るから意外と嫌われてはないのかな?」
「良かったね」
笑っているようで笑ってない笑みを浮かべて彼女はさっさと立ち去ろうとする。彼はサンドイッチのみならず彼女のお弁当のおかずを度々さらっていくので彼女のとって敵認定されている。
「買い物だったのか?」
「そう」
素っ気なく彼女は、早く帰らないと時間なくなるから、と言って去ろうとしたが、彼はその腕を掴んで、まぁまぁ話そうよ、と言ってくる。
「何でそんな急いでるの?」
「別に。夕食作らなきゃならないから」
それでも腕を引き剥がして去ろうとしない辺り彼女もそこまで彼を嫌ってはないんだろうなと思う。
「あれ? お前、料理はしないんじゃなかったの?」
「? そう言った覚えはないけど?」
彼は意外そうに目を見開いていたが、彼女が首を傾げて言った言葉を聞くととニヤッと笑って、じゃあ、と言った感じに提案してきた。
「俺にお弁当作って来てよ」
「そうする理由がない」
「いいじゃん。お前の手料理食べてみたいし」
な、と言った感じに笑いながら彼は言うが彼女にとってはどうでもいい事だ。
「いや、私に理由がないし」
「えー、そんな拒否しないでもいいじゃん。……あれ? もしかして本当は料理出来ないとか?」
「出来ますが何か」
「じゃ、いいじゃん。作って来てよ」
「……はぁぁあー」
にっこにっこの笑顔で押そうとする彼を見て諦めた彼女は、何が食べたい? と一言聞いた。
「ハンバーグにタコさんウィンナー。ついでにウサちゃんリンゴも」
よし勝った! と言って言われた要望を聞いて彼女がクスッと笑った。
「子供かよ」
それに彼は、心はいつまでも子供だから! と胸を張って答えた。