01 シイナ
彼女は放課後の人いない保健室で一人、カーテンの隙間から漏れる夕日に当たりギーギーなるベッドに腰かけていた。
彼女は夕日にあたりながらも分かるぐらい頬を紅潮させ、唇から恍惚とした溜め息を漏らし薄ピンク色のカバーをしたスマートフォンの画面を食い入るように見ている。
彼女が眺める画面に写されているのは《椎茸パラダイス》というネット小説。タイトルからしてネタ小説だと思うだろうが意外な事に内容は純恋愛モノだ。
椎茸ヘアーの女の子が異世界に飛ばされ殺されそうになった時に救ってくれた王子様を探して旅をする、というのが大まかなあらすじだ。
しかし小説を読む彼女は王子様に惚れて恍惚としているのではない。むしろ彼女はその王子様を邪魔する主人公の幼馴染みに惚れているのだ。
彼女が気に入っている幼馴染みは異世界に飛ばされた主人公を心配して追ってきた存在で、いわゆるライバルキャラ。悪く言えば当て馬だ。
「あー……カズマが不憫過ぎてて可愛い〜」
彼女はその当て馬的な所がお好みらしい。人の趣味は分からない物だ。
しばらくまた彼女はニヤニヤしながら携帯を覗き込んでいたが軽い足音と共にその時間が終わりを告げる。
「先生ー! 怪我の手当てお願いしまーす」
遠慮のない強さでドアが開かれ、開いたドアから配慮のない男子生徒が入ってきた。
黒いズボンに白いTシャツの高校指定の体操服に身を包んだ彼は転んだのかズボンが砂っぽい。
誰も来ないと思っていた所にいきなり入ってこられた彼女は携帯を隠して慌ててカーテンで仕切られたベッドに隠れた。
当然この場に保健の先生は居ない。先生はこの時間、職員室にいるため保健室は閉まっていたのだ。開けたのは彼女。
そうと知らない男子生徒はあれ? 居ないのか、と首を傾げて勝手に棚を漁りばんそこうを取り出して怪我した足に貼ろうと椅子に座った。
すると廊下から先ほどより更に軽い足音が聞こえてまた誰かが保健室に入ってきた。
「和馬くん!」
可愛らしい声を響かせた彼女はピンク色のジャージを着ている。
「マネージャーか。何か用?」
入ってきた女子生徒は男子生徒の部活のマネージャーのようだ。男子生徒がばんそこうを貼ろうとしていたのを見ると女子生徒は、手当てなら私がやるよ、と言って消毒液と綿を取り出した。
「別にやらなくていいよ」
冷たい表情をする男子生徒に関わらず女子生徒は、しみるけどばい菌入るからやらないと、と人差し指を立てて説得している。
「あぁそう? じゃ、よろしくなマネージャーさん」
何を思ったのかニヤと口角を上げて男子生徒は笑うと女子生徒に耳元に顔を寄せて、きれいにしろよ、と囁いた。
女子生徒はそれに反応して顔を真っ赤にすると持っていた綿を落としてしまった。女子生徒は慌てて代えの綿を取り出して傷口を拭っていく。
男子生徒は女子生徒がばんそこうを貼るまでのその間、ジーと女子生徒の顔を眺めていた。
「か、和馬くん。顔に何か付いてる?」
「ん? いや、可愛いなーと思ってね」
男子生徒の軽い微笑んだ笑顔付きの殺し文句に女子生徒は更に顔を真っ赤に染めて、こ、これで大丈夫だから! と言い残して真っ赤な顔をおさえて出ていった。
ベッドに隠れていた彼女も唐突に始まった甘い雰囲気に顔を赤く染めて早くこの状況から抜け出したいと思っている。
女子生徒の居なくなった保健室。男子生徒と隠れている彼女の二人きり。
男子生徒はふぅと溜め息をはいた。
「やっぱり先生が一番シイナだよなー」
ま、居ないならまた来るか、と男子生徒は呟いて騒々しい音と共に入ってきた時とは裏腹に普通にドアを開けて出ていった。
「……シイナ?」
彼女は男子生徒の独り言を反芻して脳内検索をかけた。該当したのはさっき読んでた《椎茸パラダイス》の主人公、竹内椎名だけだった。
そういえば高橋先生の下の名前知らないしシイナなのかもなと呟いて彼女は携帯をブレザーのポケットにしまった。
「暇潰しの場所、変えよっかな?」
彼女は上履きのかかとを指であげると暇そうに出ていって鍵を閉めた。