A childhood friend
物語の後半に少しだけ、ほんの少しだけ濃いラブシーンがあります(一般的な少女漫画に掲載されている程度)
ご注意ください!
僕らが始まったのは運命や、前世からの決まり事、必然的……なんていうロマンチックな言葉では表せない。
実に簡単で偶然な始まりだった。
「砂智と葉佳奈は、やけに仲がいいよなぁ? 付き合っちゃえば?」
これが僕らの始まりのきっかけになった言葉だ。
何気ない友達の一言で、いつからか一緒にいるようになった。自然と恋人がすることを僕らもした。
もともと僕と葉佳奈は家が隣り同士で、同じ学校に通うのも今年で十一年目になる。いわゆる、幼馴染みってやつだ。昔は一緒に風呂に入っていた頃があるくらい仲が良い。
そんな僕らにだってもちろん、喧嘩をしたこともあった。ひどくなるような喧嘩はまだないけど、いつも僕が折れて元の二人に戻る。
別にそれに関しては不満なんてないし、僕が『ごめん』と言えば葉佳奈の機嫌が直る。ただそれだけのことだ。
だから今回もすぐ終わると思っていたんだ。
「ごめんってば」
「知らない」
夕暮れ色に染まる下校途中の坂道。今日はやけに夕日が赤くて、昼間でもないのに眩しいくらいだ。思わず目を細める。
「待てよ」
僕の声は確実に葉佳奈の耳に届いているのに反応がない。葉佳奈の腰まである長い髪の先まで、僕に対して怒っているのが見えた。
そもそも、どうして葉佳奈が怒っているのかさっぱり分からない。
理由を聞いてみても葉佳奈はうんともすんとも言わない。
でも多分、理由は小さなことなんだ……と、僕は思う。今まで葉佳奈と関わってきて、葉佳奈が怒る理由はいつもそうだった。
「あたしより先にケーキ食べたでしょ!」
「あたしが先に見つけたの!」
「あたし、これよりそっちがいい!」
ときどき、幼稚園児と一緒にいるんじゃないか……という感覚に襲われる。昔もこんな感じだったけど、今ほどひどくはなかった。そう思うのは、僕があの頃より大人になった証拠なのかもしれない。
けれど、長年葉佳奈の側にいた僕は今更、葉佳奈のワガママに似た行動に驚きもしない。それに対する手というものがある。それが『僕が折れる』ということだ。今までそうやって葉佳奈の機嫌を直してきたんだ。だから今回も直ると思っていただけに、今の葉佳奈の態度には、さすがの僕も調子が狂うし、少し心がざわつく。
「何で怒ってんの?」
「だから怒ってないってば」
絶対口を割ろうとしない葉佳奈は僕の二、三歩前を歩く。
否定されればされるほど、葉佳奈の怒りが込み上がっていくのが手にとるように分かる。今の時点で分かるのはそれくらいだ。
僕はその場に立ち止まり、溜め息をついた。
ここで僕が怒っても何も解決しない。深呼吸をして自分の気持ちを落ち着けると、前を歩いている葉佳奈の手を掴んだ。
「ごめん」
「……」
僕に手を取られて葉佳奈の足は止まったけど、葉佳奈の機嫌の悪さは止まらない。言葉を無くした少女のように俯いたままだ。
「僕が悪いのは分かってる。ごめん」
いつもより優しく葉佳奈の心に届くように囁く。そうすれば葉佳奈は機嫌を直して笑う。そして僕らは元に戻るんだ。
「……違う」
予想外の葉佳奈の言葉に、葉佳奈の髪を撫でようとした僕の手が止まった。
「……何が違うの?」
あまりにも考え付かなかった言葉が返ってきたから、僕の声が少し裏返ってしまった。葉佳奈は僕の掴んだ手を払いのけた。
「砂智はあたしのこと、好き?」
これまた予想外の言葉が僕に投げ掛けられた。僕の思考回路が止まっていると、葉佳奈がじっと僕の顔を仰ぎ見た。その瞳にはうっすらと涙が溢れていた。
「あたし、砂智が分かんない。あたし達って付き合ってるんだよね?」
僕の頭はさっきの葉佳奈の言葉で思考が止まった。けれど、葉佳奈の言葉が夕日に染まる空のように、だんだんと熱を帯びていくのは分かった。感情が溢れて止まらないのだろう、葉佳奈の溜めていた涙が頬を伝っては地面に落ちていく。
「……砂智とは手を繋いで遊びに行くし、いっぱいキスもするよ。昔から優しいし、あたしのワガママもいつも許してくれる。……だから余計、分かんない。もしかしたら手を繋ぐこともキスをするのも、砂智が優しいから、あたしにしてくれるのかもしれないって考えるの」
正直、葉佳奈の告白にかなり自分が動揺していることに、僕自身が一番驚いている。
何も考えていない、まだまだ子供だと思っていた葉佳奈が、こんなにも僕の事で悩んでいたんだ。
「あたしはずっと……ずっとずっと前から砂智が好き。だから手を繋ぐのも、キスをするのも砂智じゃないと嫌なの」
葉佳奈は止まらない涙を、手で拭き取りながら心に浮かんだ言葉を紡いでいく。
「あたし達は何も言わずに始まったから、いつも不安だったよ。でも砂智の気持ちは怖くて聞けなかった」
葉佳奈の声のトーンが低くなった。僕はそれに気付いて、静かにその続きを待った。
「……砂智から、ただの幼馴染みだって聞くのが怖かったから。でも、不安な思いするのは嫌、でも聞けない。聞けない自分が嫌になったの。……もうどうしたらいいのか分かんないの。もう嫌だよぉ!」
風船が破裂したように葉佳奈の感情が破裂した。子供のように声を上げて泣いた。
僕はバカだ。
葉佳奈のワガママの裏にある気持ちに全く気付かなかった。
いつものワガママだと、僕が謝れば済む話だと、僕は簡単に考えていた。
……子供なのは僕のほうだったんだ。
「……ごめん」
僕はそう謝ると葉佳奈の手を引いて、自分の体に引き寄せた。それを葉佳奈がぐっと腕を伸して僕を拒んだ。
「嫌って言ってるでしょ! あたしはもう……」
「好きだ」
僕の声が僕の腕の中で暴れる葉佳奈の力を奪った。葉佳奈が『……嘘よ』と呟いた。
「だって今まで、何も言わなかったじゃない」
「言わなくても分かってるんだと思ってた」
友達に言われて一緒にいるようになったのも、初めて恋人として手を繋いだ時も、初めてのキスをしたときも葉佳奈は拒まなかった。だから僕は伝わっているんだと勘違いしていたんだ。
「僕も葉佳奈が好きだよ」
「嘘よ。優しいから……砂智は優しいからそう言ってるんでしょ?」
なかなか信じようとしない葉佳奈は、僕と目も合わそうとしない。僕は少し苛立ってそっと葉佳奈の顎を持ち上げ、唇を封じた。
「んっ……」
いつもより荒々しい口付けが終わると、葉佳奈の甘い吐息が零れた。その声を聞いて、僕の背中にぞくぞくと何かが走る感じがした。
「……誤魔化せると思ってるの? あ、あたしは騙されないんだから」
息を少し弾ませて葉佳奈は僕を上目遣いに睨んだ。
「それでもいいよ」
僕は自分の湧き上がる衝動を押さえ切れなくて、また葉佳奈の言葉を奪い、僕の唇は葉佳奈の顎、首筋にキスをする。
「……だ、だめっ」
葉佳奈は抵抗するが、色の付いた吐息で抵抗しても僕には意味がない。むしろ僕の行動はだんだんとエスカレートして……いくはずもなかった。
「だめって言ってるでしょっっっ!」
強烈な葉佳奈の右ストレートが僕の脳天を貫いたのだ。その場に崩れる僕を葉佳奈は無視をして家へと急ぐ。
「悪かったよ、ごめんってば!」
「もう知らないっ」
この光景をさっきも見たような気がするのは、多分僕の気のせい……じゃない。
僕らが始まったのは運命や、前世からの決まり事、必然的……なんていうロマンチックな言葉では表せない。
実に簡単で偶然な始まりだった。
でも僕らは立派な恋人同士だ。
end.
いかがでしたか?
思い付いた話を、ただ書きたい!…という気持ちだけで即興で書いたので、何だか連載している小説以上に恥ずかしいです(^_^;)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!