正しいのはどっち?
村の中心部にある館の会議室。
今や険しい顔で地図や資料などを広げて話し合いをしていた初老の男は何かに叩かれたように下げていた頭を上げた。
あまりに急な動作に周りの男達は村の首領、お館様へ近寄る。
しかし、お館様は周りの者を寄せずに目の前にあった地図へ何かを書き込み始める。それを覗き込んでいた男達は驚きの声をあげる。
敵の現在位置が書き込まれていくのだ。
「まさか、本当にシオンが?」
「しかし、アップルに無理をさせては。ジョゾさん、本当にいいのか?」
不安げに地図を覗き込んでいた男が後ろを振り返ると壁へ背を預けていた頬に傷がある男が笑った。
「あいつは親の言う事はきかねぇさ。言い出したら聞かないじゃじゃ馬だ。好きにさせるといいさ」
あっと言う間に地図は敵の場所を全て書き加えられた。
長い間何かに取り付かれたように手を動かしていたお館様が、今度は誰もいないところを見ながら話し始める。
それは敵の場所を知った上での重要な言葉だった。
「うわぁ!」
森の上空を飛んでいたアップルとシオンの高度が急に下がった。
がくん、と体が揺れて森の中の仲間への交信に集中していたシオンが声をあげた。
「悪い」
アップルを見ると目が合う。
「少し力が落ちてきた…このままでは森に墜落するな。まぁ、しばらくは保たせてやるから」
言葉は重大な事なのにアップルの口調は『明日は雨だな』とでも言っているくらいのものだった。
「何いってんだよ!! お前それ本気でいってんのかよ!」
「本気以外になにがある。仕事だ」
当然とばかりに言われた科白にシオンはさらに声をあげた。
「今すぐどこかに降りろ! 今すぐ!」
「何を馬鹿なこといってる」
「お前が降りないなら、俺がお前から手を離す! 俺のためにお前殺せるかよ!」
通常の動作だけでも負担を掛けるのにシオンを抱えている事でアップルの体力の消耗は激しくなる。
シオンを抱えていた為にアップルに異常が起こるなんて耐えられない。
シオンは今までアップルの肩に掛けていた腕の力を抜く。
その途端、シオンの体のみが傾いた。
地面まで落ちればそのまま即死が出来るであろう。
アップルの平静を装った顔からは一気に落ち着きが拭い去られた。
「わかった! 降りればいいんだろう! わかったからちゃんとつかまれ!」
シオンがアップルに掴まりなおすと急速に地面が近くなる。
人がいない場所、樹齢が二百年を越える森の大木の枝へアップルは降り立った。
まさにてっぺんの枝に。
「シオン!!」
怒りを含んだ声にシオンは首を振った。
「お前に怒られるのは後からでいい。俺もお前に言いたい事あるし。少しアップルは休んで」
コブシを握りシオンを睨んでいたアップルは、集中力を上げてシオンがまた誰かと「トオビコ」の能力で交信を始めたのを見て手の力を緩めた。
ゆっくり足をまげて木の幹に背を預けた。
体に急に重石が乗ったように疲れが現れる。体を丸めてしばらくシオンの後姿を見ていたがアップルは疲れに負けて頭をもたげた。
大きな枝は二人が乗っても全く折れる様子はなかった。
「アップル! 起きろ、アップル!」
揺すられてアップルは慌て立ち上がろうとした。
その肩を強く押される。
「馬鹿! 落ちるぞ!」
シオンの罵倒によくあたりを見る。
まだ木の上にいた。そうか、また気を失っていたのか。シオンは寝てると思ってくれただろうか。まだ覚醒しない頭で考えた。
「アップル、また飛べるか?」
先程とは違う真面目な口調でシオンは聞いた。
「飛べる。当然だよ」
言いながらあたりを見回すと日が傾いていた。
大木に降りてから随分時間が経ったようだった。
「どこへ飛ぶ?」
「村へ。あ、でもなんか軍が置いていった大砲がどこにあるかも見ておいたほうがいいかも。なんかカッコ良さそうだったよね、あれ」
ただの好奇心にしか聞こえない明るい言葉にアップルは見咎める。
「いいじゃん。終わったんだしさ」
「終わった?」
にっこりわらってシオンは頷いた。
「そうだよ。アップルのおかげで随分と効率よくね」
「…そう」
シオンはアップルの肩を軽く叩くと体を引き立たせてやる。
「じゃあ、とりあえず下まで降ろしてくれるか? 俺、何か高所恐怖症みたいでさ」
若干蒼い顔で苦笑いするシオンを見てアップルは深くため息をついた。