新事実と冒険
正午を過ぎた頃、村の広場には森の戦闘に対する不安で集まった村人が集まっていた。
刻一刻と変わる情勢が入ってくる。
情報を持つクレイ家の人間であるシオンの元には大人に混じれない子供が情報を得ようと沢山集まっていた。
シオンも作戦を練っている場所に入るわけにはいかないので何も提供はできない、そう言うとフランクが残念そうにため息をついた。
フランクの兄も今回の戦闘に森へ出て行ったのだ。
詳しい情報が欲しかったのだろう。
「なぁ、シオンは何も知らないのか?」
「…まぁな。知ってたら教えてる。俺たちも大人だったら良かったな」
「だよなぁ」
しかし、いつもだったら情報を共有する村人たちが深刻な顔をしながらも子供へ何も知らせないというのは逆に不安をあおっていた。
自分が子供である事に苛立ちさえ覚える。
「あ!?」
館の二階、戦闘能力のある大人たちが集まる会議室の窓をフランクとやるせない思いで見上げたシオンは、急に行き追いよく開いた窓から人間が飛び降りるのを見た。
同じように館を見ていた子供達が驚いて悲鳴を上げる。
しかし、窓から飛び降りた人間は一階と二階の間あたりで浮いていた。
「あれは…」
「おい! シオン! あれだぞ俺が見た幽霊!」
がくがくと肩を揺らされながらもシオンはあれが誰なのかわかっていた。
今日もまた濃い紺色のローブを頭からかぶり裾を風にはためかせている。
興奮した様子の子供達とフランクの前でアップルは素早い動きでシオンに近づき目の前に降り立つ。
目の前に下りてきた為、フランクや周りにいた子供は数歩後ろへ下がった。
「夜の人じゃなかったのか?」
数日振りにする再会がこんな所で会うとは思っていなかったため、思わず見当はずれな事を聞く。
「こんな事情じゃなかったら外になんか出ない」
アップルは大層嫌そうに言った。
今日はローブの下に口元も隠す様にスカーフを巻いている。
ローブからちらりと見える指先も手袋をしていた。
アップルは目しか見えないとかなり怪しい雰囲気だ。
「おい、シオン知り合いかよ!」
怖々シオンの後ろからフランクが叫ぶ。
多分怖がりのフランクだ、シオンがここにいなかったら逃げ帰っているだろう。
「まぁな」
半笑いでシオンがフランクに答えているとかなり硬い声でアップルは聞いた。
「…シオン、能力は使えるのか?」
「え…? 能力…まぁ、頑張ればある程度は」
「ある程度?」
責めるように聞き返されて、シオンは慌てて加える。
「そんなに試してないけど、遠すぎない家族なら通じるみたいだ」
「分かった」
アップルは軽く頷くと片手を差し出した。
「この戦闘に役に立ちたいならわたしと来るんだ。お館様からは許可は取ってきたから」
目の前に出された手と言葉にシオンは硬直する。
既にお館様からの許可を取ってくる辺りがアップルらしいものだった。
「シオンは子供だから断る権利も持っている、どうする。わたしはもう森へ行かなくてはいけない。すぐに決めるんだ」
「シオン…なんかすげーこと言われてんぞぉ、どうすんだよー」
フランクの半分泣きそうな声にシオンは心を決めた。
「わかった、行くよ」
アップルは頷く。
微かな変化だが目だけでも笑ったのが分かる。
アップルの手を取ると、アップルはシオンの手を自分の細い腰へまわした。
「悪いけど、わたし自身じゃシオンを抱えて飛ぶ事が出来ない。わたしも精一杯飛ぶからしがみついてくれ」
言われるがままにアップルの体を包むように抱き込んだ瞬間、ふよん…と柔らかすぎる体にシオンはあることに気付いて手を離そうとしたが遅かった。
「あ、え、どえええぇぇぇ―――っ????!!!」
アップルの力でかなり急速に地上から上昇していた。下の風景を見てさらに声が出る。
「うぁああああああああぁぁぁぁ~~!!!!!!!!!!!」
「うるさい」
村の上空でいったん止まったアップルが迷惑そうにシオンを見る。
「体が傾く、もう少し力加減を変えてほしい」
きつそうにしていた肩の端から手を持ち替えるとアップルは怪訝な顔でシオンを見る。目つきだけで十分分かるぞ。
「どうした?」
かなり近くにあるシオンの顔はこれ異常ないくらい真っ赤になっていた。
さらにアップルに覗き込まれて訊ねられて首を振る。
「どうしたも何も、お前って…」
「?…今はこの任務に集中しろ、これからわたしは上空旋回して敵情を視察する。それをシオンが伝えるんだ…お館様や戦っている仲間に。いい?」
いろんな意味で激しい動悸を落ち着かせようとする。
乱れまくっている精神を何とか集中させる。
能力者としての村の初仕事になる。真剣にやらなければ。
「お、おう。わかってる」
アップルは厳しい目で森の上空を睨むと息を吸う。
アップルが空を飛び始めた。いつもの様にゆっくり歩いてなどいない。飛んでいた。シオンの体を何か強いもので引かれているような力が襲う。
これがアップルの力なのだ。
自分にはない能力、他のものに役に立てる能力。なんと羨ましく自分にはないと思っていた嫉妬の念を沸きあがらせるものなのだろう。
「シオン」
目を向けると自分の真下には小さいが軍の歩兵が見える。上空にまさか人がいるとは思っていない。沢山の兵が村へ向かって歩いているのが見えた。
「お館様へ伝えて欲しい」
またアップルは森の上を旋回し始めてシオンに伝え始める。
「目標点より北西、ポイント3にて確認…」
シオンは呼吸を止めて集中する。
声を伝えたい人に念じる。
やがてシオンの中でざわめいていた雑念がなくなり不要な音が消える。自分にしか分からない相手への接続をあらわす軽い音が聞こえる。
『目標点より北西…』