夜の人
「シオン兄、アップルはまだ寝てた?」
「ん? そうだな、まだ寝てる」
キフィがシオンに気付いて尋ねる。
そうか、子供達もアップルの事は知っているのか。
もし村人みんなが知っているならどうしてアップルを自分が知らないのか分からないな、と思う。
なんだかもやもやする。
「アップルが起きたら、まだ絶対下にはつれてこないでね?」
本当に心配そうにキフィは念を押した。
「どうして?」
「だって、まだ太陽の光があるから。アップルは夜の人だから」
以前本人も同じような事を言っていた。
何かやはりアップルには事情があるのだろうか。
「日が落ちたらアップルはきっと起きてくれるよ、独りぼっちは寂しいよ?」
オリビアにもそういわれて自分が暗に二人に二階でアップルに付き添えといわれている事に気付き、また二階の部屋に戻る事にした。
しょうがない少しは隣の部屋で本でも読んでおくしかない。
日が暮れ始めて完全な闇を迎え入れた頃、隣の部屋でする物音にシオンはそちらをのぞきに行く。
暗い部屋のなか、ベットで起き上がるアップルの姿があった。
「だれ?」
アップルには廊下の灯りが逆光になっているのかシオンの姿が見えないらしかった。簡易のランプを持ってシオンは部屋に入る。
「俺だよ」
「…? シオン?」
「そうだ」
話をしながらランプを灯す暗かった部屋が明るくなり戸惑った表情のアップルと目が合う。
こんな顔をしていると本当に女の子のようだと思った。
そして、自分へ何も明かしてくれないアップルへの苛立ちも感じた。
「どうして?」
「ルネにお前が起きたら家まで送るよう言われたからな」
気持ちを押し殺していつも通りに答えを返す。
アップルは少し考えるような素振りを見せたが、掛け布団のうえにかけてあったいつものローブを着込む。
「何か食べるか?」
「いや、大丈夫。家に帰らないと両親が心配するし」
ベットから立ち上がると寝起きとは思えない足取りで扉へ向かう。
「じゃあ行こうか、どこの通り?」
「…本当に行くの?」
ちらりと振り返るとアップルはまた微妙な顔をしている。
「ん、送るけど嫌か?」
「そうじゃないけど」
日が暮れてあまり人が通らなくなった住宅街を歩く。村の中でも静かな地域だった。
ゆっくり歩きながら思っていたことを訊ねる。
「なぁアップル、お前かなり疲れてたのか?」
真剣な声にアップルは隣りを歩くシオンを見る。
「…仕事が最近、色々と忙しいからね」
「仕事って何?」
15歳やそこらで任される仕事がそんなに大変とはいったいどういう内容なのだ。能力の特長にもよってくるけど。
「村の仕事だから詳しくは言えない」
「なんだよそれ」
子供だからいわないという言い方に苛立って足を止める。止まったシオンに困ったようにアップルは立ち止まる。
「…シオンもクレイ家の者だ、わかるだろう? 子供には言える事と言えない事があるんだよ」
村に潜む沢山の仕事、その全てを支配・指示するのは他でもないクレイ家。その直系のシオンはアップルが村の闇をつかさどる人物だと理解する。けれど、まだ成人したばかりのアップルが辛くなるような仕事をさせているなんてどうしても納得できない。
理解してもなお厳しい顔を崩さないシオンにアップルはため息を漏らす。
「今日はここまででいいよ、家はすぐそこだし。じゃあまた今度」
話しながらも体はもう歩き始めている、空を。
シオンが追って来れないようにわざとだろうか。
空を見上げて声かける。
「待て、これまで引き止めて悪かったな? 俺に付き合ってたら疲れるだろ…収穫祭とかもう無理言わないからな」
アップルは首を振る。
「そんな事ない。わたしはシオンといると楽しかった」
悲しそうで綺麗なアップルの笑顔に一瞬戸惑って目線を下げた間にアップルの姿は見えなくなった。
「なにやってんだろう、俺」
シオンは力なく呟いた。
たった一年の生きる長さでもこんなにも自分たちを隔てるものとは何なのだろうか。
自分がいかに子供で、アップルが大人であるのか思い知らされた。
家に引き返しながら、また空を見上げる。
今日の事を振り返る。
アップルに対する自分の感情が微妙に違ってきている気がした。
ルネの手がアップルの頭を撫でた時どうしてもそれが許せなかった。しかし、自分がどう変化したかまではわからなかったが。