複雑だな
数日後。
学校の授業が終わり家に帰ると兄であるルネがちょうど玄関に降りてきた。
シオン自身の意思ではないが家系はこの村の主とも言える「クレイ一族」。先祖代々強力な力を持ち能力者たちを統括してきた。
村の人々は親しみを込めて家督を“お館様”と呼んだ。
シオンはそのお館様の直系の息子だった。
しかし次期お館様は強い能力を持つ兄が継ぐことが決まっている。シオンはひがむ事をしない。10以上も歳の離れた能力的にも優秀な兄が村を率いる事を自身の誇りのように思っていた。
見た目も似てない。黒に紫がかった髪のシオンに対し、ルネは黄金色の髪をしていた。その色合いが彼に良く似合っている。
シオンのことを見つけるとルネが嬉しそうに笑う。
「お帰りなさい。今日は早かったね」
「フランクと話してこなかったから」
「へぇ、珍しいな。じゃあ今日は僕に付き合ってくれるか?」
ルネに顔を覗き込まれてシオンは頷く。
「ありがとう」
一度部屋に戻り制服から着替えてルネの部屋に向かう。
シオンの部屋より一つ下の階をルネは使っていた。シオンの部屋の前に立つとドアノブに触れる前に扉が開く。
「いらっしゃい」
にっこり笑って出てきたのはルネの息子だった。
ルネは結婚していて7歳と8歳の子供がいた。彼の息子はサキヨミの能力者だったため、先に扉が開くなど日常茶飯事だった。
「ありがとキフィ、ルネはいるか?」
「うん」
奥の部屋に行くとルネが妻からお茶を入れてもらっているところだった。
「お、来たか。こっちにおいでシオン」
家族はシオンが来た事を見届けてそのまま部屋を出て行ってしまった。
「何か俺追い出したみたいだなぁ」
「いや、これから三人で元々買い物だったよ。まぁ、サキヨミしての事かは不明だけど」
嬉しそうに家族の出て行った扉を見てルネは言った。
「ルネは何か俺に話があるの?」
「なんで?」
不思議そうにルネはシオンを見る。
「だってわざわざ部屋に呼んだりするから」
「うーん。まぁね、話って程の事でもないけど」
「何?」
ちらりと自分を見るとルネが思案顔で顎に指先を乗せる。
「…シオン、最近いいことでもあった?」
「いい事…?」
「そう。好きな女の子できたとか、そういうこと」
にやりとからかうように言われて面食らう。
「何言ってんだよ、好きな女なんて…」
「いないのか? 凄く楽しそうに過ごしてるだろ、最近」
「特に何もないよ」
思い当たる事などなくてシオンは疑いの目を向けるルネに答える。
「なんだ。夜中に密会でもしてるのかと思ったけど」
何か含みがある言い方をされてシオンはルネの顔を見る。
「密会って…」
アップルとはあのあと何度か夜中に少し話をしたが、男だし友達だ。彼と話ているところをルネは目撃したのだろうか? アップルはいつも顔が隠れるくらいのコートを着ているし。
「最近新しい知り合いは出来たけど、あいつとはそんなんじゃない…密会じゃないよ」
素直に言うとルネは少し複雑そうに頷いた。
「そうなのか。残念だ、シオンもお年頃かと思ったんだけど」
あまりにも残念の言葉に力が入っていてシオンのほうが複雑な心境になった。
そんなことを聞くためにわざわざ自分は彼に呼ばれたのだと。