逡巡
暗い通りをシオンは歩く。
アップルの住む家まではあと少しのところだ。
アップルは通りに面した家の一番てっぺんに住んでいた。彼女の家は太陽の光が入りにくいように窓が少ない。
立ち止まって眺めてみたけれど部屋の明かりがついているかさえ分からなかった。
しばらくアップルの家の前で逡巡した。
このまま扉を叩くとほとんど100パーセントの確立でジョゾが出る気がする。
そうしたら多分アップルには会えないだろう。
立ちすくんでいるといつかのように月光が遮られて頭の上を何かが通った。
慌てて上を見ると向かいの家の屋根にアップルが立っている。
「アップル」
彼女だけに届くように声を掛ける。
いつも着ている大きなローブは身に着けていない。
「アップル」
呼びかけても返事は無い。顔は見えないけれど彼女は怒っているのだ。だから返事もしないのだろう。
「この前は悪かった。なぁ、アップル話があるんだ。とても大事な話だ。降りてきてくれないか?」
「…」
お互いを窺うような時間が過ぎていく。
「…もう俺の事嫌いになった? 話も聞きたくないのか?」
最後に見たアップルの怒った顔を思い出してシオンはかすれた声で呟いた。
「俺の顔も見たくないんだよな」
薄っすら笑ってシオンはアップルへ背を向けた。アップルを怒らせたのは自分だ。話をしたかったがしょうがない。
背後でザリッ、という音が聞こえる。
「…きだよ」
「え?」
振り返ろうとしてアップルの頭が自分の背中にあたるのを感じた。
「嫌いじゃない。…好き」
小さく呟かれた言葉にシオンは耳まで熱くなるのを感じた。
アップルにこんな風に思いを告げられたことなんて無かった。
「シオンは…わたしの事信用できないんだろう?」
急な事に答えに窮していると、アップルがまた言葉を紡ぐ。
「シオンが、わたしを嫌いになった?」
「違う、俺アップルの事が好きだ。ただ、不安で…」
更に振り返ろうとするが、アップルの腕がしっかりとシオンに回っていて動けなかった。
「アップル」
動く事に了解を得るように名前を呼ぶがアップルはただ首を振る。
「嫌いにならないで…」
震える声にアップルが泣いている事に気付く。
そっとアップルの腕に掌を重ねる、びくりと腕を震わせたがそのまま力なくシオンは解放された。
久しぶりに見たアップルの顔は初めて見る泣き顔だった。
涙が浮かぶ瞳にはシオンが持っていた不安よりも大きい恐怖も混じっていた。
「嫌いにはならないよ、絶対。ごめんな、俺がちゃんと話を聞かなかったからいけないんだよな。話をしよう」
アップルに手を差し出すとシオンより一回り小さくて細い掌が重なる。
シオンはゆっくりと歩き出した。
アップルの様子を窺いながら、ゆっくり話が出来る場所へ行くために。