魔法のことば
シオンが次に目を覚ましたのは収穫祭の朝だった。
どうやら丸一日寝ていたらしい。
父が部屋に現れてひとしきりシオンとアップルの事のついて褒めてくれた。
初めてシオンはトオビコの能力を沢山の人間に使った。
今回森にでた大人の中に濃い血縁者多かった事が役に立った。
しかし、一人ひとりしか使えないため、一気に沢山の情報を流せない事で手間取った。
アップルが気を失った後も全ての情報を父へ流し交信した。
アップルが最初に的確で簡潔な情報を流した事が功を奏してシオンと父と仲間の交信で作戦が成り立ったのだった。
戦闘で負傷した人数も少なく、そして死者は一人。・・・森の番人だった。
収穫祭が始まり、昼間から集まっていた人たちが酒に酔い始めた頃にアップルを迎えにいった。
シオンも一応、祭りの正装に着替えて参加してみた。
いつもなら普段着だけどジョゾも怖いので礼儀上だった。
最初に案の定ジョゾが出たが意外にもアップルをすぐに呼んでくれた。
軽く睨まれつつだが。
アップルはいつも着ている黒いローブなどではなく、白くてふんわりしたコートを羽織っていた。
その下からは驚くことに淡い色のワンピースを着ていた。
いつもの黒いローブに簡単なパンツ姿とは全く違った。
声を失っていると最初は普通に出迎えていたアップルの顔がくもった。
「そんなに変?」
聞かれて自分がかなりの間、見つめていた事実に気付き首を振る。
「いや、似合ってるよ。かなり!」
慌てて言うとアップル照れくさそうに笑った。
まずメイン会場にあたる広場に出るとかなり人が多く真っ直ぐ歩けないアップルとはぐれそうになる。
調子のいい音楽が流れ始めて人が一気に広場の中心へ集まり始めた。
恒例のダンスの時間だ。
小さな村だがほとんどの住民が来るとそれなりの混雑だ。
人の波に押されてアップルが押し流されていく。
シオンははぐれないようにアップルの手を掴んで引き寄せた。手を繋いだのはいいものの気恥ずかしくてアップルのことを見ることが出来なくなった。
女の子の格好であるアップルと手を繋いでいるからだろうか? いつもと違って心臓が早く鼓動を打っている気がするし、繋いでいる手が汗ばんでいる気がする。
それでも沈黙には耐えられそうになかった。
広場からそれて通りを歩きながら声を出した。
「ジェイさん、来るのを許してくれたんだな」
「え? 何で知ってる…」
アップルは驚いてシオンのことを見る。
「この前の夜、ジェイさんに言われたよ」
「もうお父さん恥ずかしい…」
アップルは本当に恥ずかしそうに首を振った。
服装に合わせて降ろしていた髪が揺れる。
路地は収穫祭用に飾り付けられて所々にランプが置いてあり灯りが取られていた。
路地の端に小さな公園のようなスペースを見つけてベンチに座った。
少し小さいが音楽も聞こえてくる。
ベンチに座ってからも手を繋いだままでどうしたものかとアップルを見る。
目線に気付きアップルが訊ねる。
「何?」
「その…手」
「え」
アップルは自分とシオンの間に置いていた手元に目線をやり慌てて手を上げた。
繋いでいた右手を見てアップルの顔が赤くなっていく。
全く手を繋いでいる事に気付いていなかったようだ。
恥ずかしそうにシオンを見る。
こうやって見るとアップルは表情も豊かなほうだった。
「ごめん、気付かなかった…」
クラスの女の子みたいな、いやそれ以上の女の子らしさにシオンもまた恥ずかしさが出てくる。
今更何やってるんだろうという気になる。
「…その、悪かったな。アップルの事を男扱いして」
このままじゃ言うタイミングを逃しそうでシオンは謝った。
アップルは赤い頬のままシオンを見る。
若干口を尖らせて言った。
「あぁ、いつ気付くのかと思ってた」
「ごめん」
「でも…これでよかったのかも知れない。だって、わたしが女だって気付かなかったからこそ沢山話をしてくれたんだろう」
確かにそうかもしれない。
最初から女の子だったら多分、夜に部屋で会うこともなかったし今の収穫祭さえ誘えなかったかもしれない。
まぁ、良く考えるとルネの言動もアップルが女の子だからこそのものだった。
ルネで思い出した。
アップルはルネとかなり親しい。
「なぁ、ルネとは夜に何してたんだ?」
「ルネさん…? 近頃情勢がおかしいから、森の周辺とはずれの町のほうまで頻繁に偵察をして報告していた。ルネさんはこの村の要だから」
それが、アップルの本当の仕事。
「だから疲れてたんだな、その上、戦闘では俺抱えて無理しただろう? 悪かったな」
アップルは首を振った。
「いいや、わたしこそ仕事を手伝ってくれてありがとう」
「…アップル、仕事で無理しちゃだめだからな」
アップルは自分の力を過信している。
それとも自分の体を大事にしていないのか。
どちらにしても森の中でアップルは力を使いすぎようとした。
だから木の上で気を失ったのだ。
能力者の力は使う分だけ体力を奪う。
決して無理をしてはいけないものだ。命の危機も出てくる。ただでさえシオンを抱え無理をしていたのにさらに力を使おうとするなんて信じられなかった。
真剣に言った言葉にアップルの顔つきも変わる。
「わたしは仕事でしか役に立てないから」
「どうして?」
「だって、村の仕事何も手伝えないし体も弱い。
皆みたいに田を耕したり、物を作ったり店を開いたり出来ない。だから、夜の仕事をいっぱいして役に立って…それでこそ、わたしが村にいて良いって事だよ」
シオンは息をつめた。
「何言ってんだ? 何もできないとここにいちゃいけないのか? だったら子供は全員いてはいけなくなるだろ。アップルはここにいていいんだ、居るだけでいいんだよ」
「でも、お荷物は嫌だ。家にずっと隠れて過ごすなんて嫌だ」
「そういう意味じゃない。
アップルがいると俺、なんか知らないけど凄く嬉しいんだ。もっと一緒に居たいって思うんだ。それじゃだめなの?」
アップルは驚いたように目を見開いた。
徐々にまた頬が赤くなって来る。
そこで自分が随分大胆な事を言ったのだと気付いた。
「…ごめん。変なこと言って。でも、アップルにいて欲しいのは本当だから」
シオンは自分で言いながら改めて思った。
そうだ自分はアップルといたいのだ。言葉を交わすだけでも幸せになるのだ。
アップルは微かに頷いた。
シオンは立ち上がって手を差し伸べた。
それはかなり勇気がいる事だったし心臓はさっきよりもかなり早く動いている。
でも、今しかないと思った。
「僕と、踊りませんか?」
それは魔法の言葉、村の誰しも知っていて特別な人にしか囁かない言葉。
「…はい」
アップルが怖々と手を取った。
「上手に踊れるかな?」
「大丈夫、デタラメでも俺らしかいないし」
手を強く引いてアップルを立ち上がらせると両手を合わせてあいまいなステップを踏む。
「音楽が聞こえにくいな、よし」
シオンが音楽についている本来の歌詞を口ずさむとアップルは笑う。
からっきし下手な唄に合わせてただくるくる回るだけでも笑みがこぼれてくる。
アップルには笑っていて欲しい。
ずっと暗い顔なんて似合わない。
自分と居る時だけでも沢山笑っていて。
酔っ払ったアマゴイが小雨を降らせる。
しばらくの間だが、酔っ払うと毎年必ず雨を降らせてしまうのは他ならぬシオンの父だった。
ランプの明かりで照らされる雨粒がきらきら光る。
その中を二人はステップを踏み続けた。
さあ、今宵を踊り明かしましょう。
空飛ぶ幽霊と音痴でいて不思議な力を持つ声と一緒に。