幽霊?
※前作「弱虫の手のひら」のネタばれになるかもしれません。
読まなくても影響はないです。完全に独立しております。
空を歩く幽霊がいる。
優雅に空高くふわふわと空を歩く。
何もかもを超越するようなそんな威厳を持ちながら。
その噂を聞いたのは授業が終わってみんなで話していたときだった。
俺はまったく信じずに友人を小突いた。
「フランク本気でいってんのかよ? この歳になって幽霊だなんてさー」
「馬鹿!マジでいるんだぞ!こう何ていうか人間じゃねー感じ!信じろよ、シオン!!」
夜中に起きたときに窓の外に居たという幽霊の話を本気で始めたフランク。
真剣な顔に思わず俺は大爆笑したんだっけ?
フランクの奴にあやまらなくてはいけない。
ただ、俺はその瞬間そう思った。
その日、シオンは学校の授業がないことで外の仕事に出ていた。
授業がない日には自分の能力に合った仕事を行なう。
それが村のルールだった。
マムレム王国の一番北端の国境の森の中にある塀に囲まれたその存在も一部にしか知られていない小さな村だ。
この国の運命さえ左右する能力者たちが国の犬にされぬように隠れるように住んでいる。
全てを能力者の起源とされる一族の統治下において。
プレセハイド、古い国の言葉で“隠れ処”という意味を持つ。
シオンの能力はたいした事のないものだった。
だから通常の村人が行なう農業の作業を手伝う事になっていた。
フランクのようにサキヨミの能力もないし、乾季に雨を呼ぶことも出来ない。ほぼ一生自身の能力が有効使用されない事をシオンは自覚していた。
農作業はそれほど嫌いではない。べつに能力の有無に関わらず自給自足の村では誰かしらこうして畑を耕すのだから。ただ、有能な能力者の仲間に入れない少しの寂しさもあるけれど。
「疲れたな…」
小さく呟くと肩を回す。
沢山の収穫があったことでシオンは畑と家を何度も往復していた。
日も暮れて真っ暗だ。今日は村の大人の参加する集会が開かれている。そのことでシオンは遅くまで作業していても誰にも見咎められなかった。いつもならこの時間に家を出ていれば母親が目くじらを立てるはずだ。いい加減にしろと。
シオン的には働いているのだから怒られるのは見当違いな気がするのだが。集中するといつまでも作業に没頭してしまうのが母の心配を誘うのだろうか?
あと少しで自宅のある広場の前にさしかかろうとした時、頭上を何かが通り過ぎた。
「ん?」
森からのコウモリか何かだろうと顔を上に向けてシオンはぽかんと口を開けた。
ローブを纏った人が空を飛んでいた。
いや、歩いていた。
フランクの言うとおり威厳たっぷりに。
「嘘だろ」
満月を背景に軽やかに歩を進めていくその“幽霊”を思わず足が追い始めていた。身は軽い。農作業はもうすんで手に持っているのは忘れてしまって取りに来た水筒だけだった。
幽霊とフランクは言ったが、シオンには幽霊には見えなかった。生きている。
屋根越しに見えるその姿はどんどんと遠ざかりは始める。夢中になって追いかけているせいで息が上がるのも気にならない。
村の端の塀まで来た所でシオンは見失ってしまった。
「…どこに行った? 村から出たか?」
首をせわしなく動かしてどこかにいる幽霊を探す。フランクのいうとおりに幽霊なら消えたって事も考えられるけど。
明日フランクにこのことを報告しよう。そして夜に幽霊を探すしかない。上も右も左もくまなく視線を走らせる。
「おい」
「ひっ!」
背後から急に声をかけられてシオンは文字通り飛び上がった。
あと少しで心臓が口から出るところだったと思う。
「何の用?」
不機嫌に聞こえた言葉に恐るおそると振り返る。
「え?」
いない。
後ろから確かに聞こえたのに。
背筋に嫌な汗が流れる。
「おい、答えは?」
さらにどこからか聞こえる声に心底後悔した。
一人でこんな幽霊とかお化けとかは追わないほうがいい、と。どうやって逃げるべきなんだろうか? 消えた相手は自分が見えているのに。
「失礼な奴だな」
深くため息を吐く気配を感じる。
バサッと風にはためく布の音が自分の真上で音がした。
慌てて真上を見るとなんとシオンの頭上1mほどの所に黒いローブを羽織った人が立っていた。
驚いて声も出ないシオンを怪訝そうに見て首を傾げると、そこに階段でもあるような動作でゆっくりとシオンの前に降り立った。
顔はよく見えないが身長はシオンとそんなに変わらない。ローブの上からでも細い印象はあるがやはり人間だった。
じっとシオンの顔を見て鼻を鳴らした。
「坊や早くおうちに帰ったら?」
さっき聞いたときよりも声が少し高く感じた。声変わり前の少年のような声。思わずシオンは食いついた。
「坊やってお前もだろ!」
少しムッとした様子で幽霊は顎をそらす。
「わたしは大人。お前みたいなお子様と一緒にしないで欲しい」
幽霊がこんな人間じみた反応するはずがない。
しかし、小さな村なのにこんな人間にシオンはあったことがなかった。
真剣に頭を使う。
考えると長い間無言になる事が多いのでこれも母によく怒られる。そして目の前の人物も苛立ったようだった。
「きいてる?」
「お前…軍の偵察…?」
自分の質問の返答がまったく予想しないものに変わり幽霊は不機嫌に首を振る。
「何言ってる」
「おかしいだろ、お前みたいな村民は居ない」
「…くだらない」
幽霊が踵を返すとふわりと一歩分浮く。
「まて!」
思わずシオンは幽霊に飛び掛かった。
「うわっ!」
ローブを乱暴に引かれて幽霊がバランスを崩して地面に尻餅をつく。幽霊の上にそのままの勢いでシオンも倒れてしまう。
「痛っ! この馬鹿早くどけ」
シオンは頭を乱暴にはたかれる。体を起こすと幽霊は顔をしかめて腰をさすっている。本当に痛そうでその様子に素直に謝ってしまう。
「ごめん」
「まったく」
その人はシオンが差し出した手を握りながら立ち上がる。
先程まで表情を隠していたローブのフードが肩に落ちて顔が見れる。金色の髪を一つに束ね見たこともない綺麗な顔だった。
「…村の人間じゃないんだろ」
シオンは擦れた声で訊ねる。悪い奴には見えないけど、ここは軍からの誘拐未遂が多発するプレセハイド、警戒しなくてはいけない。
「心外だな。わたしはこの村にずっと住んでるし、ここで生まれた。」
「俺、アンタみたいな顔見たことない」
ましてやこの村の子は成人するまで学校に通う。10年も通うのに見たこともないのはおかしい。
「名前は? 大体、お前いくつなんだ?」
「人に聞く前に自分が言うものだと思うけど」
シオンは癪だと思ったが素直に答える。
「シオン。…14だけど」
「へぇ」
「で、いくつ?」
軽く片眉を上げて自分を見る相手にシオンは重ねて聞いた。
「はいはい。15歳、名前はアップル」
「じゅうご? 一つしか変わんねぇのにえらそうにしやがって」
「この一つ違いは重要だよ。十五を過ぎれば成人だから」
当たり前の法則のようにアップルは言った。歳も背格好もほぼ同じ、声変わりなんて自分のほうが早いのに子ども扱いされるなんてシオンは許せなかった。
…そして、心底不思議な存在のアップルに興味を持っていた。
アップルが不意に空を見る。
「そろそろ帰らないといけない時間だな。…シオン、早く帰りなさい。もう集会は終わっているはずだから」
命令口調にシオンは不満そうにいう。
「なんだ逃げるのかよ?」
「逃げないよ…でも、そうだなぁ今日はもう引き上げないといけない」
「やっぱ、逃げるんじゃん」
困ったようにアップルはシオンを見るとまた浮き上がった。今度はシオンが触れられないところまで急速に。
「シオン、おもしろい子だね。そうだ、まだわたしに会いたければちょうど月が真上に来た頃にわたしは広場の上にいる」
「あ、ちょ、ちょっとまて!」
アップルは今度は振り返りもせずに月が雲の影に入った暗闇の空へ姿を消した。
シオンは幽霊もといアップルとの出会いをこんな形でむかえた。
お読みいただきありがとうございます。
長くなっちゃいました。
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