甘いものは別腹
毒のある食材を普通に食べる僕だけど、街の飲食店を利用しないわけじゃない。自炊では作れないものもあるし、やっぱりプロが作ったものは美味しいし。特にケーキやクッキー、チョコレートなどの甘いもの。僕はお菓子作りが苦手なのだ。
薬草の納品を終え、紅棘雀蜂の魔石を換金し、巣も見つけたから場所を報告、追加で情報料をもらった。紅棘雀蜂は超大型の肉食蜂で、成虫は食べられない。そもそも食べられる部分が少ないし、煮ても焼いてもまずい。蜜を貯めこむ習性はなく、もし食べるとしたら幼虫だろうが、沢山の成虫が巣を守っているので入手困難だ。そこまでして食べたいわけでもない。
とにかく。所持金に少し余裕ができ、蜂から蜂蜜を連想した僕は、どうしても甘いものが食べたくなった。できればプロが作ったちゃんとしたスイーツが食べたい。フルーツタルトとか、クレープとか、チーズケーキとか。
ゼディアの街の冒険者向け区画には、沢山の飲食店がある。けれどその半分以上が酒場で、残りのほとんどは大衆食堂。ほんの少しだけ、稼ぎの良い冒険者が使う高級店があるけど、それは僕には縁がない。行きたいのはカフェだ。店内は清潔で、美味しいお茶とお菓子が楽しめる店。店員が可愛い女の子なら言うことはない。落ち着いたおじさまでも可。とにかく上品な方がいい。普段見ている人種ががさつで乱暴で小汚いので。
「『外周』に行くか……」
同心円状に広がるゼディアの街の、一番外側は冒険者があまりいない地区だ。その分『普通の』民家やちょっと気取った店も多く、可愛らしい雑貨を扱う店だったり、お酒を出さない食堂だったり、学生向けの古本屋なんかもあったりする。もちろんカフェもある。
問題は、冒険者が『外周』を歩くのはあまり歓迎されないってことだ。だって、がさつで乱暴で小汚いから。僕もいかにも魔法使いという格好をしていては、そういう冒険者の仲間だと思われてしまう。
「何か着るもの、あったかなぁ」
***
「おいし……っ」
思わず口元を押えた。優しい甘さのカスタード、こってりとしたクリーム、それが混ざり合う濃厚さに、さわやかな酸味のベリーソース。店のおすすめだというカスタードパイは、卵の風味が強いかと思ったら意外とフルーティだった。パイ生地のサクサクとした軽さもあって、いくらでも食べられそうだ。少し渋みのあるお茶が口の中をさっぱりさせてくれるのも良い。
清潔で、上品な店内。店員はよく笑う女の子たちで制服も可愛らしい。おまけに良心的な値段設定。うん。理想通り。でも。
ちら、と隣の席を見る。いや、わざわざ見なくても目に入る。この店――学生のデートスポットだったらしい。
ひとりで食べているのは僕だけで、客の大半は若い男女。そうじゃない客は女の子たちが複数人連れ立って、何やらきゃあきゃあと楽しそうに話をしている。場違いだ。ここ、リア充のたまり場じゃないか。いくら服を整えたと言っても、男装したぼっちが来る場所じゃない。
ああでも。パイは美味しい。このお茶も。茶葉は売ってないのかな。持ち帰れるお菓子とかないかな。
ゆっくりお茶を楽しんで、会計を頼んだ。その店員が立つカウンターの隅に、花が飾られていた。見たことのない花。淡い紫色の素朴な花で、華美過ぎないのが店の雰囲気に合っている。ただ、僕は思ってしまった。
この花、美味しいのだろうか、と。
仕方がないじゃないか。職業病みたいなものである。見たことのない植物はとりあえずむしって口に入れる、図鑑を抱えてそれを繰り返してきたのだ。使命がどうとかいうのもあるけれど、好奇心が抑えられない。
「あの」
僕は店員の女の子に声を掛けた。
「この花、一本もらえないだろうか?」
なるべく好感を持ってもらえるよう、冒険者の自分を封印して微笑む。
店員が顔を赤らめた。
「は、はいっ」
答える声が裏返っている。
「ど、どうぞ、お持ちください!」
あ、これ。もしかして、やりすぎた……か?
僕は元々悪くない顔をしている。それが男装しているんだから、中性的な美少年に見える。しかも今日は魔法使いのローブではなく、白いシャツに紺のズボン、ダークグレーのベストという出で立ちだ。髪もサラサラ。いつもならわざと顔を汚したり、ほくろを描いたり、不愛想に睨んだりするんだけどそれがない。
まいったな。僕はどうやら自分で思っていたよりモテるらしい。
店員が差し出してきた花を受け取る。
「ありがとう」
にこっと笑ったら、近くのテーブルの客からも視線を感じた。
この店はもう来ない方がいいな。美味しかったパイを名残惜しく感じながら、そう思った。乙女心を弄ぶのは趣味じゃない。店を出て、街の中心に向かって歩く。
紫の花をひとつ、むしり取って口に入れた。花の名前はあとで図鑑が教えてくれるだろう。
「…………酸っぱい」
毒はなさそうだ。でも、美味しくもなかった。




