ダイダル草は炒めるとうまい
市場でいくつか食材を買った。迷宮の中では手に入らない野菜や果物、パンや乾麺。バターやチーズに卵も買っておく。全部魔法鞄に収めた。予定よりちょっと――いや。だいぶ、出費がかさんでしまった。少し迷って冒険者ギルドへ向かう。納品系の依頼を何か受けてもいいかもしれない。
依頼の掲示板に貼り出されている紙を見上げた。討伐の依頼は少ない。ここは迷宮の街で、魔物は迷宮の中にいる。つまり、魔物の被害を受けるのは冒険者ばかり。一般人からの依頼は主に薬の材料が欲しいとか、大きな魔石が欲しいとかの納品系と、街の中での雑用だ。季節によってはたまに郊外での農場の手伝いが募集されることもある。
僕の場合、街で雑用をするよりも迷宮に行った方がはるかに稼げる。だから狙うのは、迷宮へ行くついでに何かを手に入れてくるというような依頼である。猫を探すとか子守りをするとかは、他の誰かに任せておく。
あ、あった。薬草の納品。迷宮の第2階層に生えている、夜光草とキエラ草の納品だ。これなら僕の目的にはちょうどいい。キエラ草の群生地は知っているし、夜光草は第2階層のあちこちに生えている。何より、キエラ草の群生地には他の薬草も混生しているから、それも売ればきっと悪くない稼ぎになる。魔法鞄があるから、薬草の鮮度の維持も可能だ。
僕は受付窓口に依頼の紙を持って行った。そしてまた「パーティを組むように」と言われて、断った。
***
ゼディアの街の迷宮は、転移魔方陣によるショートカットができる。一度行ったことがある階層には、魔法陣で瞬間移動ができるのだ。第2階層に行くために第1階層を踏破するのは大変だから、すごく助かる。魔法陣の前に行列ができることもあるけど。
迷宮は地下に広がる空間のようでいて、実際にはどこに飛ばされているのかわからない。階層も人間が勝手に深いとか浅いとか言っているだけで、上下につながっているわけではないんだろう。第1階層と第2階層では環境ががらりと変わる。第1階層は森の中のような場所で空も見えるけれど、第2階層は洞窟のような土の壁と天井がある狭苦しい空間だ。
そんな暗そうな所に植物が生えるかというと、普通は生えない。ただ、第2階層の土の天井には、ところどころに発光する水晶のようなものがあって、その水晶の大きな塊がある場所はかなり明るい。そういう場所に生えるのがキエラ草だ。夜光草の方は暗い場所を好むので、生息地が違う。
キエラ草は別名毒消し草。単体では弱い毒にしか効かないけれど、他の素材との組み合わせで解毒剤を作れる、らしい。僕には縁がない薬なのでよく知らない。
キエラ草の中に混ざって生えているのが、ニジェ草とダイダル草。ニジェ草はつぼみや花を薬の材料にする。残念ながら時期じゃないのか、ニジェ草はほとんど咲いていなかった。今回はニジェ草を諦め、キエラ草とダイダル草を採取していった。特にダイダル草は若く柔らかそうな葉を中心に摘んでいく。ダイダル草からは火傷によく効く薬が作れるらしい。
薬草というのは食べてもまずいものが多い。えぐいとか、苦いとか。そのままでは害になるものも少なくない。薬と毒は紙一重なのである。でも、ダイダル草の若葉は美味しい。少しほうれん草に似た肉厚の葉には油がよく合うので、ベーコンと炒めて食べると健康的なおつまみになる。これは普通の人間が食べても毒じゃない。
ちょうどいい。ここでお昼にしよう。簡易作業台と調理用魔導コンロ、鉄のフライパンを鞄から出す。ベーコンはあらかじめ切っておいたものがある。脂身の多い部分から火にかけて、ちぎったダイダル草と一緒に炒めていく。いい匂いがしてきた。味見をして、塩を振って。せっかくだから卵も焼こうか。美味しそうなパンも買ったばかりである。
僕が鼻歌交じりに料理をしていたら、ひとりの冒険者がふらふらと近付いてきた。ちょっと警戒して、声をかける。
「……何か用?」
冒険者は恥じ入るような顔をして「ああ」とか「うう」とか唸った。若い男だ。二十代前半くらい。
「用がないなら――」
僕が追い払おうとした時、男の腹がぐうと鳴った。
「……すまない。その、金は払うから……何か、少し食わせてくれないか?」
僕はため息をついた。運のいいやつだ。この食事は無毒だからね。
「こんな浅い階層で飢えて行き倒れ?」
「……まだ倒れてはいないけどな。荷物を失くして、道にも迷っているんだ」
「仕方ないなぁ」
僕は作った昼食の半分をそいつに分けてやった。ついでに水も。
「ありがとう。恩に着る」
「着なくていい」
「しかし……」
「そうだなぁ。じゃあ、銀貨一枚。食事代払って。あと、僕のことは忘れて」
「恩人なのに?」
うっかり懐かれてパーティに誘われるとか、そういうのは迷惑なんだよねえ。
「その恩も忘れていいって言ってるの」
銀貨を一枚受け取ると、僕は今度こそ男を追い払った。道は他の冒険者に聞いてくれ。




