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異世界図鑑は食レポで埋まっていく  作者: 夕月ねむ


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1/7

大蜘蛛は脚がうまい

新連載です、よろしくお願いします。

※魔物を調理する場面があります※

虫など苦手な方はご注意ください。

 あ、と思った時には間に合わなかった。目の前で二人目の冒険者が大蜘蛛の糸に捕らわれる。まいったな。目が合ってしまった。助けるか……けど。


「おーい」

 僕は吊り下げられた冒険者に呼びかけた。当然こちらに気付いた大蜘蛛が糸を飛ばしてくる。それは火の魔法で焼き切って防ぎ、冒険者に尋ねた。

「あんたたち、塩持ってる?」


「は!? 何言って、早く助け……」

「塩、持ってたら分けてよ。駄目?」

 先に捕まっていた魔法使いが何やらもごもご言っているけど聞き取れない。魔法の詠唱を封じられているのか。大蜘蛛に知能はないかと思ったけど、ちゃんと剣士と魔法使いを区別できるらしい。後で図鑑に書いておこう。


「わかった、分ける! 塩ならやるから!」

 剣士が叫んだ。交渉成立だ。

「じゃあ動かないで。風刃!」


 風の魔法で大蜘蛛の巣を切り裂き、八本の脚を根元から切り落とした。地面に落ちてきた大蜘蛛の頭に短剣を突き立てる。いくつもある目が濁って、魔物は動かなくなった。


「ありがてぇ、助かった!」

 剣士と魔法使いを下ろしてやって、手を差し出す。立ち上がるために手助けしようというわけじゃない。

「塩。約束だよ」

「あ、ええと。これでいい?」

 魔法使いが荷物を探って、岩塩の塊を寄越した。重さは十分。削るためのおろし金なら持っている。


「うん、確かに。あ、そうだ。この蜘蛛、僕の獲物にするけどいいよね?」

「ああ。もちろん」

 二人がうなずいたので、大蜘蛛の脚を集め、関節で切り分けた。


「……何をしているんだ?」

 剣士が訝しげな顔をした。

「何って、これは僕の獲物だから。好きにしていいでしょ」

「大蜘蛛の魔石なら、胴体に――」

「魔石はあとでいいよ」

「え?」

「でも……」


 驚く二人に、説明する。

「僕が欲しいのはこの足。魔石はどうせ食べられないし」

「食う……のか、それを?」

「魔物の肉には毒があるよね?」

 魔法使いが言うことは正しい。確かにほとんどの魔物には毒がある。肉をそのまま食用にできる種類はごく一部。でもそれは普通の人間なら、だ。


「僕には毒が効かないんだ」

 詳しく説明するわけにもいかなくてそれだけを告げる。知らないやつ相手にぺらぺら喋れるようなことじゃないんだ。

「だからって、わざわざ蜘蛛なんか食わなくても」

 ああもう、うるさいなぁ。


「焼けば美味しいんだよ。甘みがあって、柔らかくて。流石に生では食べないけどさ。やっぱり外側の殻が硬いものって中身は柔らかいんだよね――」

「中身……」

 魔法使いが嫌そうな顔をした。


「いいからもうほっといてくれない?」

 試しにそう言ってみたけれど、二人はなかなか立ち去らない。

「お前、ソロなのか?」

 剣士に聞かれて、僕は振り向かずに答えた。

「そうだけど、それが何?」

 かまどを組むのに忙しいのだ。調理の邪魔をしないでほしい。火加減は……焦げても嫌だし、このくらいかな。


「ひとりじゃあ、もし食中毒で倒れたら、助けてくれるやつは」

「だから。毒は効かないって」

 切り分けた大蜘蛛の脚を、網に乗せて炙る。うんうん、いい感じ。これ絶対うまいやつ。


「お前まだガキだろ。年いくつだ。見習い……じゃないよな。パーティは組まないのか?」

「僕は誰とも組まないよ」

 金属製のトングで大蜘蛛の脚を裏返す。ぱちりと殻が焼ける音がした。いい匂いだ。

「本当に食べるのかよ?」

「食べる。そのために倒したんだから」


「もういい、行こう」

 剣士が魔法使いの袖を引っ張った。けれど魔法使いはそれを無視して言う。

「あ、あの。名前を教えてくれるかな」

「僕の?」

「そう。恩人の名前を知っておきたいと思うんだけど」

 これ、たぶん答えないとしつこいやつだ。

「……ルイ」


「ルイさん。ありがとう、本当に」

「別に気にしなくていいよ」

 むしろ恩に着られても面倒なだけだからね。


 網の上の蜘蛛の脚は、外殻が赤っぽく変色し、香ばしい匂いが強くなってきた。鞄から皿をひとつ出して、脚の一本をそれに取る。

「いつか、お礼をさせてくれない?」

「もういいって。塩もらったし」

 ナイフで外殻の一部をそぎ落とし、塩を振ったら、剣士が「うげぇ」と声を上げた。ひとの食事に失礼な奴だな。


 こういうものは熱いうちに食べるに限る。大蜘蛛の脚に噛り付いた。やっぱり、少しカニに似ている。うん、うまい。ジューシーで旨味が強くて、柔らかくて。炙ったから香ばしさもある。茹でてもいいけど、焼いた方が絶対に美味しいと思う。


 あっと言う間に食べきって、次の一本に手をのばした。

「はぁ……うま……」

 思わず、そう声が漏れた。ああ。醤油が欲しいな、醤油が。すだちがあったらさらに良い。ポン酢も合いそうだよなぁ。せめてレモンを買っておけばよかった。


「ほら、帰るぞ」

 剣士が言って、魔法使いも今度は抵抗しなかった。



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