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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第一章

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7/15

俺が先生になれるわけないじゃん、ムリムリ!

 回転式チェアに座りぐるぐる回る。

 唐突な自傷に三半規管が文句を言いだすが、僅かにこめかみが鈍く痛んできた頃、稲光のようにアイデアが湧いてきた。



「──よし!」



 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。

 パソコンに向かい、思いついた音を打ち込んでいった。



「うーん……いや、ここは音を抜いて……でもそうなるとAメロと変化が大きすぎるか……でも絶対こっちのが合ってるんだよな……むしろ全体的に静かにしてみる?」



 かちかちかちかち。

 脳内にしかなかった曲が画面に現れる。

 音楽理論的に推奨されない進行も出てきたが、どうせ音楽理論なんてのは天才の後追いをするための物なのだから、聞いて「気持ちいい」ほうが優先だ。



 五時間ほど作業に没頭し、腰骨が悲鳴を上げだした頃、ようやっと新曲が完成した。



「レコーディングするかぁ」



 何故かお屋敷にあるレコーディングスタジオに向かって、俺はふんふん鼻歌を歌いながら歩いていったのであった。















 新曲を投稿してから一週間弱。

 これにも結構な数のコメントが来ており、再生回数も回っている。

 ニヨニヨと生暖かい目をした青狸みたいな表情をしていると、スマホが通知音で震えた。



「なんだ?」



 霜月絢華は親しい友人に乏しいのか、連絡先こそ滅茶苦茶存在するのだが、誰かから連絡が来るというのはなかった。

 物珍しい事態に首を傾げる。

 画面を確認すると、関係が途切れたはずの雨森紗英からだった。



『まだ絢華さんを超えられるほどじゃないですけど、四人でたくさん練習しました。その成果を見せたいので、もう一度学校に来ていただけますか?』



 という文面。



 俺を超えるとかよく分からないことが書いてあるが、まぁそれは置いておいて。

 ……どうしてまた学校に召集されたのだろうか?

 彼女らを指導するなんて不可能だし、何より目の前で駄目駄目なパフォーマンスを披露して、見切りを付けられたはずではないか。

 もしかして騙された恨みで訴訟とか起こされる?



「あわわわわわわ」



 霜月家はとんでもないお金持ちなので示談金を用意することは容易だろうが、最近は父親ともぎくしゃくしているし、どうにも話をしづらい。

 開口一番に謝罪を土下座することを決意しつつ、お詫びのドレスコードに合った服装で学校に出発した。



     ◇



「……まだかなぁ」



 私はスマホの画面を睨むように呟く。

 現在時刻は十八時半。

 授業はとっくのとうに終わっていて、校内にはやる気溢れるアイドルの卵たちの練習の声が響いている。



 校門の門柱にもたれ掛かりながら夕日を眺めた。

 今日は絢華さんに練習の成果を見せる日だ。

 CRYSTAΛみんなで精いっぱい頑張ったけど──事ここに至って、認められないんじゃないかって心配になってくる。



 あの人はたぶん、私たちが師事していいような人じゃない。

 精々が私淑(ししゅく)する程度で、それでも、恥ずかしくて他人には言えないような眩しい太陽。



 なんの気まぐれかアドバイスを貰えるようになったけど、きっと私たちが成長を見せられなかったら、不意に消えてしまうような。

 そんな確信だけが胸にあった。



「…………」



 だから私はぎゅっと瞼を閉じて、腕の震えを隠す。

 今日も来てくれないんじゃないか。

 もう見捨てられているんじゃないか。

 そんな弱気が首をもたげた。



 ──そこに。



「あら、遅れちゃったかしら」

「……時間ぴったりですよ」



 嘘だ。本当は三分過ぎていた。

 でも私は場違いな指摘を顔に出さず、満面の笑みで出迎える。



 彼女は喪服めいた漆黒のドレスに身を包んでおり、色のない面差しと合わせて、やはり死神のような印象だ。



「今日は来てくれてありがとうございます。絢華さん」

「ところで質問があるんだけど、成果ってなんのことかしら」

「え?」



 絢華さんはスマホをひらひら振っている。

 おそらく私が送った文面に言及しているのだろう。

 けれど、どういう意味なのかが分からない。



「……絢華さん、私たちの曲と振り付けを披露してくれたじゃないですか」

「ええ」

「それを目標に、CRYSTAΛ(私たち)で練習したんです」

「ええ……?」

「?」



 小さく呟く絢華さん。

 その声は私に届かず、お互いに首を傾げる。



「ま、まぁいいわ。せっかく学校まで来たのだから、見せてちょうだい」

「はい!」



 絢華さんの手を取って音楽室まで走った。

 本来、各アイドルグループには専用の練習室が与えられるけど、CRYSTAΛはそんなにいい成績を残せていないから、余り物の音楽室で練習しているのだ。

 でも最近は私もお客さんの前で歌えるようになったし、次の考査では練習室をゲットするんだ!



 音楽室に到着すると、他の三人はすでに準備を終えていた。

 相応に緊張を纏って深呼吸する姿。

 もしやライブ前よりも身体が固いのではないか、と疑うほどに、彼女ら──いや、私たちは緊張に苛まれている。



 絢華さんは近くの椅子に腰を下ろして、退屈そうにこちらを睥睨した。



「──それじゃあ」



 ごくり。

 誰のか判らぬ唾を飲み込む音が、音楽室に響いた。



 スマホをスピーカーに接続すると、何度も聞いて何度も練習した音源が流れはじめる。

 事前に決めた立ち位置に移動し、静かに瞼を閉じ。



『──!』



 頭が真っ白になるほど無心で踊った。

 雑念を込めずに踊り、しかし心を込めて歌う。

 首筋に熱がこもり汗が滴るも、私は構うことなく笑顔を浮かべた。



「…………」



 観客は絢華さんただ一人。

 それだけなのに、際限なく緊張が高まっていく。



『──────』



 ここだ。

 ここで、くるりとターン。

 回って、ぱちりとウインク。



 絢華さんを脳裏に投影して、動きを再現しようとして、淀む動きに歯噛みする。

 こんなものじゃない。

 私の理想はこんなものじゃない!!



 心中は燃えるように熱くとも、表情はきらきらと笑顔に固定して、歌詞に合わせて影を落とし、完全に手中に収める。

 自分の身体を把握していなければアイドルなんて目指せない。



 音が止まり、しばらくして決めポーズを解除した。

 額には髪が張り付いて視界の邪魔である。

 私は小指で髪を掬い取り、相変わらず無表情の絢華さんに視線を向けた。



「ど、どうでしたか……?」

「そうね──」



     ◇



 いやだから「どうでした」とか言われてもさ。

 言われてみれば前回より完成度が上がっているような気がしないでもないが、俺にとってはカレーの隠し味にコーヒーが入れられているようなもので、大差ないように見えるのだ。



 反応に困って沈黙する。

 どうして紗英は俺に感想を求めるのだろうか。

 アイドルフェスに足を運んでいたから、CRYSTAΛのファンだと思われているのか?

 確かに彼女らのことは好きだが、あくまでもミーハー的な好感であり、ダンスの良し悪しとかを判別する玄人的視点は持ち合わせていない。



「やっぱり、前から思ってたんだけど」

「はい」

「貴女たちには相応しくないわ」



 前から思ってたんだけど、(俺は)貴女たちに相応しくないわ。

 俺はついに自らの至らなさを告白した。

 目の前で駄目駄目ダンスを披露する程度じゃ理解されないようだから、直接言うしかないよな。



「相応しくない、って……」



 紗英は愕然とした表情で目を見開く。

 おうおう、ようやく理解してくれたか。



「この曲が私たちに相応しくない──ってことですか?」

「えぇ……?」

「そうなんです! この曲は学校の課題で出された物で、気に入ってはいるんですけど、どうにも全力が出しづらいというか!!」



 がばりと距離を詰められる。

 顔を押しのけながら、俺は予想だにしない展開に困惑した。

 最近困惑してばっかだな。



「この曲で映莉子のお父さんを認めさせられるのか迷っていたんです! その悩みすら見破るとは、さすが絢華さんですね!!」

「……まあね。お茶の子さいさいよ」



 まったく以て事実とは異なる称賛だったのだが、確信を否定するのも胸が痛むし、何より尊敬の眼差しが気持ちよかったので俺は知ったかぶりをした。

 天狗のごとく鼻を伸ばして胸を張る。

 承認は嫌いではない。でなければ二曲目を投稿なんてしないしな。



 ひとしきりお褒めの言葉を頂戴したところで、紗英はとんでもない発言をしてきた。



「──そこで、相談なんですが」

「今の私は気分がいいわ。なんでも聞いたげる」

「『ツキシモ』さんに書き下ろし曲を作ってほしいんです」

「………………は」



『ツキシモ』。

 それは俺がネットで曲を投稿する際に使っている名前だった。

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