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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第七章

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霜月絢華はアイドルである

 コミュニケーションがここまで難しいと感じたのは、二十年少々の人生で初めてのことだった。



 麻美、千絵、智美──彼女らと一緒に舞台袖に立つのは数年ぶりのことで、あの頃と同じようにアイドルの衣装に身を包んでいるけれど、あの頃と同じようには喋れない。



「あ、絢華」

「……何」

「ごめ──」

「今はやめて」



 麻美の言葉を遮る。どうせ謝罪しようとしていたのだろう。

 しかし、彼女だけが悪いわけじゃない。

 私も悪かった。

 全員が等しく、少しずつ駄目なところがあって、あの結果に至ったのだ。

 だから麻美だけに謝られるのはフェアじゃない。



「これが終わったら話をしよう。──みんなで、話をしよう」

「……ッ! うん!」



 三人の顔色がぱあっと明るくなった気がした。

 ずっと止まっていた針が。

 些細なすれ違いが邪魔をしていた針が、動く。



 私たちは舞台袖からステージに移動して、薄暗く静かな、たった八人だけの観客席を眺めた。



「何年ぶりだろうね」

「高校一年生以来だっけ」

「私たちも歳を取った」

「そんなご老体になったわけでもあるまい」



 久しぶりの感じ。

 懐かしい。

 本当に昔に戻ったみたいだ。



「────」



 ……でも、分かってる。

 身体はトラウマを忘れていない。

 人前に出るのが怖い。

 観客は八人だけなのに、手が震えている。



「ふう」



 薄く息を吐いて呼吸を整えた。

 鼓膜に刷り込まれた嘲りが何度も反芻される。

 瞼を閉じて、意識を切り替える。

 大丈夫。私は大丈夫。

 ここには私を嫌う人は居ない。

 私から離れていく人は居ない。



 目を開く。

 ふわりと懐かしい匂いがした。

 柔らかくて、甘い。

 安心感のある匂い。



 これはどこで嗅いだ香りだっけ。

 ずいぶんと昔のことだった気がする。

 それこそ幼稚園とか、小学校とか、中学校とか──。



 固く閉ざされた記憶の蓋を開いて底のほうをさらっていると、お母さんに抱きしめられている感触を思い出した。

 ああ、そうだ。

 これはお母さんの匂いだ。



「見ててね」



 ふと、お母さんの遺言が蘇る。



『我儘を言って。自分の好きなことをして。他人の目なんて気にしないで。私たちに迷惑をかけて。……今の貴女はまるでお人形。私はもう長くないかもしれないけれど、絢華には幸せになってほしいの』



 今の私は幸せだろうか。

 自問しても答えはよく判らない。

 少なくとも、幸せではないだろう。

 でも不幸かといえばそうでもなくて──。



「……?」



 麻美に眼差しを向ける。

 彼女は不思議そうに首を傾げていた。



 ──うん。

 答えは判らない。

 だって今のところ、答えはないのだから。

 幸せかどうかなんて、これからの私が決めることなのだ。

 


 過去は変えられない。

 一度起きた事は取り消せない。

 だったら、現在を変えていこう。

 過去に囚われて闇に堕ちてるんじゃなくて、もっとキラキラした、まさにアイドルみたいに光の未来を描いていこう。



「ひとまずは、このライブから」



 霜月絢華は再びアイドルに戻った。



     ◇



 イントロが流れる。

 ピアノだけの静かな旋律。

 紗英は思わず息を呑んだ。



 そして──スポットライトが点く。

 ステージに四人が立っていた。

 APEXIAだ。

 伝説のアイドルと形容すると大袈裟かもしれないが、紗英にとっては、彼女らは伝説と呼称して相応しい存在だった。



 絢華は動かない。

 ただ、観客席を眺めている。

 遠くからでも判った。

 マイクを握りしめる手が震えていた。

 指が白くなるほど力が籠っていて、彼女の抱えるトラウマが、その背中に圧し掛かっているように思えた。



『────』



 しかし。

 絢華は僅かに頬を緩めて。

 何事かひとりごちた。



 いったい何を呟いたのかは聞こえなかったけれど。

 途端、彼女の双眸が光を宿した。

 まるで──いや。

 


 まさにアイドルのように。



 APEXIAのライブは酷いものだった。

 練習する時間もなく、何年振りかのステージなのだ。

 この完成度になるのは至極当然。

 でも、どうしてだろう。

 画面越しに見るどんなアイドルよりも、四人は輝いて見えた。



 もしも紗英がペンライトを手に握っていたのなら、間違いなく、感涙に振りすさんでいただろうと確信できるほどに、ぶっつけ本番のAPEXIAのライブは、心に訴えかけてくるものがあった。



「綺麗──」



 紗英は小さく呟く。

 私が目指すべきは「あれ」なのかもしれない。

 アイドルの理想形。

 暗い過去も軋轢も何もかも全部燃料にして、ステージの上で煌く綺羅星。



 かくして、APEXIAのライブは終了した。



     ◇



 私は首筋に流れる汗をタオルで拭った。

 こんなに疲れたのは久しぶりだ。

 体力的には問題ないはずなのに、精神的な疲れが溜まっている。



 ライブを終えた余韻に浸っていると、観客席に座っていた八人がステージにやってきて、次々に感想を述べてきた。

 麻美も千絵も智美も、直接コメントを貰ったのは初めてなのだろう、どこか恥ずかしそうにしながらも、アイドルらしく、笑顔でお礼を言っている。



「絢華さん」

「ん」



 紗英が口の端を緩めてこちらに近づいてくる。

 彼女も例に漏れず、頬を上気させていた。



「お疲れ様です」

「ありがとう」

「絢華さんの本気──初めて見ました」

「あれを本気と言うのは違う気がするけどね」



 練習だってまったくしていないのだ。褒められて悪い気はしないけれど、テスト勉強をしなかった学生のように、もっと頑張ればよかったと後悔が湧いてくる。

 まあ事前に「麻美たちとライブをしてください」と言われたら確実に私は逃げ出していたので、文句は漏らすまい。



「それで、勝敗についてなんですけど」

「勝敗の件──やめないかしら」

「え」

「無粋だと思うの。やっぱり、審査員も居ないここで決着をつけるのは」



 紗英は目を丸くした。



「だから──いつかまた勝負をしましょう」

「それって……」

「ええ。私もアイドル、始めるわ」

「絢華さん!!」



 ひしっと抱き着いてくる紗英。

 ……今は汗みずくだから離れてくれないかしら。

 力強い腕は私を掻き抱いて放さない。

 仕方がないか。たまには、こんなことがあってもいいだろう。



「とはいっても、私はソロアイドルをするつもりだから、貴女たちと勝負する機会がいつになるか判らないけれど」

「ちょっとちょっと絢華ぁ、そんな寂しいコト言わないでよ」

「麻美」

「私は絢華に運命を感じたんだから、つまり運命共同体ってことだぜ。……まあ、しばらく別れちゃったけど」



 麻美は悲しそうに眉を下げた。



「今度は絢華を独りにしないよ。絢華だけには背負わせない。話し合いをしよう。……思うに、私たちはコミュニケーションが少なすぎたんだよ。いや雑談はたくさんしてたんだけどさ、もっと大事な、根本的な相談がなかったと思うんだよね。今の練習量はつらいとか、誹謗中傷がうざいとか、そういう話」



 彼女は私の腕を取る。

 ついでに紗英の胸の中から連れ出してくれた。



「今度こそ天才を独りにしないよ。私たちが付いていく」

「麻美──」

「色々とごめんね」

「ううん、私こそ」



 まあ、それからを語るのは野暮ってものだろう。

 どこにでもある話だ。

 孤高の天才──って自分で評するのもこっぱずかしいけど──が周りから孤立して、和解して、再び歩みだす物語。



 アイドルが、夢を抱いて仲間たちと頑張っていくストーリーだ。



     ◇



 そこまでを日記に書いて、俺は鼻を鳴らした。



「ずいぶんと月並みな筋書きだこと。まあ平凡だからこそ輝くことだってあるし、霜月絢華にとっては幸せなことだっただろうな」



 ぎしりと安楽椅子を軋ませる。

 天井を見上げてため息をついた。



「──闇堕ちしたキャラクターってのは、再び陽射しの下に戻って笑顔を浮かべるのがお似合いなんだぜ」



 すうすうと身体の奥で寝息を立てる意識に苦笑する。

 まったく。

 俺がどんな想いで頑張ってきたか。



「でもまあ、これにてハッピーエンドってことで」



 健康的な生活を心がけていたせいか、僅かな夜更かしですら結構な眠気を生み出してしまい、目尻に涙を滲ませた。



「じゃあな霜月絢華。おやすみ。よい夢を」



 そうひとりごちて、俺はベッドに潜り込んだ。









これにて完結です。

最後までご覧いただき本当にありがとうございました。

よろしければ高評価、ブックマークをしていただけると次回作のモチベーションが上がります。

本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
完結、お疲れ様でした。 たた、このお話って少女たちが情熱とか、プライドとかをぶつけ合う青春物語だと私は思いました。 恋愛じゃなくてヒューマンドラマか、スポーツのタグじゃないかと感じました
「俺」人格はこれでお仕事完遂したわけだけどもう起きて来ないのかな これからも夜たまにコソコソ起き出して日記をつけ続けていて欲しいな、完結お疲れ様でした!
素晴らしい作品をありがとうございます。ここまで楽しまさせていただきました! 次回作も楽しみに待っています。
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