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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第七章

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CRYSTAΛにできること

 勘違いしていた。自分は転生者なんだって。

 ──いや。

 勘違いしていたというよりも、事実から目を逸らしつづけていたと言ったほうが正しいだろう。



 彼女──霜月絢華は、過去を忘れてもアイドルに関わりたかったのだ。

 未練がましく、闇堕ちした天才だなんて言い訳して。

 自分の過去にすら向き合えないくせに。



 今となっては「あれ」が本当に転生者だったのかも、あるいは別の人格で現実逃避をしていたのかも判らないが、いずれにせよ、あの時の霜月絢華が死んだことには変わりない。



 そうして雨森紗英に出会い、CRYSTAΛの四人を指導することになり、すべての虚飾が剥がされた。

 審査員のあの目。

 夜凪ゆきを知っている目が、怖くて。

 彼女は逃げ出したのだ。



 最近の絢華は病的なまでに陽射しを嫌っている。

 一切の光が差し込まないように、厳重にカーテンを閉め切って。

 ステージのスポットライトを想起させる陽射しは、過去を思い出した彼女にとって、トラウマそのものであった。



「…………」



 今日も真っ暗な部屋で独りぼうとする。

 もはや小説も漫画も読む気が起きなかった。

 ただ、ずっと、安楽椅子に腰掛けて、壁を眺める。



 そんな死人のような生活を送っていた時である。

 こんこんと、扉がノックされた。



「──誰かしら」



 滲みついた口調は癖になって抜けず、いまだ大人の女性を演じている自分に嫌悪を抱きつつも、絢華は椅子から立ち上がった。



 ……いったい誰が私を訪れたのだろう。お父さんだろうか。突然アイドルを辞めたうえ、何年も引き籠もって、急に人が変わったように外出しはじめたと思ったら、また引き籠もりに戻ったから、いい加減にしろと言いにきたのか。



 扉を開けるのが怖かった。

 それでも、絢華は勇気を出して鍵を外す。



 はたして、そこには──。



「お嬢様に来客です」



 執事服を着た男性が告げた。

 それを聞いた絢華は首を傾げて、



「私に来客?」

「ええ。例の子供たちです」

「ああ──CRYSTAΛの」

「以前よりも数は増えていましたが」

「え」



 もう合わせる顔もないから帰ってもらおう、と考えていた絢華は、以前よりも増えているという言葉に困惑する。



 なんだ、増えてるって。

 少し見ないうちにメンバーが増えたのだろうか。

 それとも繁殖でもしたのか。蟲みたいなものなのか。



 なんて、思考からも混乱ぶりが伺える。



「ま、まあ関係ないわ。帰ってもらって」

「それが……お嬢様が出てくるまでは座り込みも辞さないと」

「いつか折れ──そうにないわね。あの子たちなら、雨の日も雪の日も続ける姿が目に浮かぶわ」



 アイドルとして、決して諦めない姿勢は非常に好感が持てる。

 克己心と挑戦心は魑魅魍魎の跋扈するアイドル界を生き抜いていくには重要なもので、しかしいま現在の絢華からすると、物凄く迷惑なものだった。



 彼女は額を押さえる。

 無理やりに解散させても、きっと翌日には復活しているだろう。

 結局自分が出ていくまでは終わらないのだ。

 終わらせて、くれないのだ。



「──分かったわ。行く」

「お嬢様……」

「心配しないで。少し話をしてくるだけよ。それで、おしまい」



 僅かに声を震わせる男性に、絢華は毅然として言った。

 ──私の蒔いた種なのだ。刈り取る責任も私にある。



 脚の骨のなくなったような感覚で、けれども彼女は玄関に向かった。



「…………」



 重厚な扉が普段よりも大きく見える。

 ドアノブに伸ばした指先が硬直し、まるで見えない壁が存在するように、届かない。



「ふう……いったい何を恐れているの」



 分かっている。

 自分が何を恐れているかなんて。

 自分自身が一番、分かっている。



 絢華の脳裏に浮かぶのはCRYSTAΛの顔ぶれ。

 彼女らが、軽蔑したように、己を見下ろす姿。

 かつての夜凪ゆきのように──霜月絢華が拒絶され、取り返しの付かないほど、心が折れてしまうのを恐れているのだ。



「そんなことあるはずないのに」



 紗英たちの優しさは身に染みて実感している。

 多少は強引なところもあるけれど、総体は人を気遣う心で出来ていると、実感しているのに。

 扉を開けるのが、怖い。

 ありうべからざる未来が眼球に張り付く。

 自然に身体が震える。

 呼気が凍って白く染まる。



 それでも──。



「終わらせなくちゃ」



 霜月絢華の物語を。

 CRYSTAΛの輝かしい歴史に、霜月絢華という汚点が残らないよう、自分自身の手で幕引きするのだ。

 それが現実逃避で彼女らに関わった私の責任だから。



 絢華は唇を噛みしめてドアノブを捻った。



「あっ、絢華さん──」



 十数メートル先の門扉越しに、紗英が呟く。

 相当な距離があるはずなのだが、不思議と耳元で囁かれたように、その声はしっかりと伝わった。

 絢華は動揺に瞳を揺らす。



 常日頃から自信満々で、弱いところなどまったく見せなかった霜月絢華。

 そんな彼女が双眸を濡らしていたために、思わず、紗英も動揺してしまう。



「久しぶり、ね……」

「はい……」

「…………」

「…………」



 微妙な沈黙が流れる。

 正門に集まった八人は、誰一人として、口を開こうとしなかった。

 しばらく会っていなかった家族との話し方を忘れるように。

 今まで自分たちが霜月絢華とどうやって喋っていたのか、まったく忘れてしまったのである。



 しかし、いつまでも黙っているわけにはいかない。

 絢華は終わらせに来たのだ。

 こほん、と咳ばらいを一つ。



「それで──何をしに来たの」

「話を……聞きました。絢華さんが、夜凪ゆきさんがアイドルとして成したことと、現在に至るまでの話を」

「そう。綾乃さんあたりが口を割ったのかしら」



 麻美たちは自分のことを思い出したくもないほどに嫌っているだろうし──娘の花凛に尋ねられて暴露したか。



 なんて推察して花凛に視線を向けると、彼女は形容しがたい表情をしていた。

 憧憬と恨みが一緒くたになったような。

 花凛自身も上手く噛み砕けていない感情が、双眸に宿っている。



「……で、私の過去を知ってどうするの? よくも騙してくれたなと、罵りにでも来たのかしら。ならおとなしく受け入れるわ。貴女たちにはその権利があるもの」

「罵るなんて──そんな」

「昔から、私の周りに居る人はみんな私のことを嫌いになったから。てっきり、貴女たちも同じなのかと」



 自虐的に笑う絢華。

 やはり認めがたい振る舞いに、紗英は胸が痛む思いがした。



「私たちは、絢華さん」

「ええ」

「貴女に勝負を申し込みに来たんです」

「勝負──?」

「はい。勝負です」



 絢華は夢にも思わなかった言葉に目を白黒させ、困惑を眉に表し、そっと首を傾げる。



「絢華さん。私たちと、アイドルとして勝負しましょう」

「アイドルとして──勝負。聞き間違い?」

「聞き間違いでも冗談でもありません。正真正銘、真っ向勝負です」



 いったい何を考えているのか。

 絢華はまったく理解できなくて、無意識に、一歩後ずさった。

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