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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第六章

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軋轢

 霜月絢華はメンバーの脱退を乗り切った。

 乗り切ったことで、以前よりもレッスンが増えた。

 ただでさえ限界を超過していたのに、少なくなった一人分を背負うように、昼も夜もなく努力するようになった。



 もはや、努力などではなく、自罰とも言える域にまで。



     ◇



 出射千絵はあまり真面目な生徒ではなかった。

 授業は昼寝の時間。

 レッスンはサボるのがデフォルト。



 それで結構な成績を残すものだから、教師にとっては頭痛の種であり、もしも本気で頑張ったのならば、今よりも遥かによい結果を叩きだせるだろうと、期待の星でもあった。



 はたして、彼女は期待を叶えた。

 APEXIAとしてトップアイドルに限りなく近づいた。

 同時に。

 限界にも、近づいた。



「……うわ」



 足首が青黒く変色している。

 常の無表情を崩して、千絵は顔を顰めた。

 あるいは、彼女がサボっていたのは、本能的に自身の限界を悟っていたからなのかもしれない。



 最近のAPEXIAは異常だ。

 異常なほど、出世街道を驀進している。

 トップアイドルに至る者は常識で語れないことが多いが、平均を取ると、その地位に達するまで六年から八年程度が平均になるだろう。

 しかし、彼女らは、活動を始めてから半年足らずで、トップアイドルと呼ばれるようになった。



 凄い、とか。

 天才、とか。

 そんな言葉で貶めていい結果ではない。



 APEXIAの並外れた躍進は、ひとえに霜月絢華という特異点が居たことによる、副次的なものであろう。

 仮に小和瀬麻美が居なくとも、出射千絵が居なくとも、霜月絢華ただ一人さえ居れば、彼女はトップアイドルになれた。



 暴論を言ってしまえば、独りだけでもいいのだ。

 むしろ他の人間は邪魔者でしかない。

 荷物を抱えた状態で、絢華はここまで辿り着いた。



 もちろん周囲もそれを分かっている。

 分かっているから、千絵たちのことを「お荷物」と呼んで、噂して、嫉妬した。



「……私も、終わりかな」



 線香花火を暴風の中に放り込んでしまった。

 本来ならば、身体で風除けをして、細く長く燃やすべきだったそれを。

 霜月絢華という竜巻の傍で燃やして。

 燃え尽きて、しまった。



 お荷物と囁かれて、黙って足手まといの立場に甘んじるわけもなく、千絵たちは以前よりもいっそう努力して、血を吐いて、無駄なものを切り詰めて、なりふり構わず、遥か先を行く絢華に追いつこうとした。



 しかし、それも終わりだ。

 エンジンが焼き付いた。

 タイヤは動く気配を見せない。

 風船が割れたように。

 やる気というものが、決定的に、消え去った。



     ◇



 小和瀬麻美はおずおずと告げた。

 出射千絵が、APEXIAを辞めるということを。

 智美の時とは違い、退学こそしていないようだが、直接顔を出してこないということは、もう会いたくないと言っているに等しいだろう。



「そっか」



 霜月絢華は笑った。

 微笑んで、眉を下げる。

 子供がおいたしたのを目撃したような。

 些事に困る表情だった。



「ねえ、麻美。やっぱり私が悪いのかな」

「……絢華は──」

「こう何度も続くと、そうなんだろうね。私には言わずに、そっと、麻美にだけ教えてさよならだもんね。私に原因があるんだろうね」



 絢華の手が震えていた。

 しかし本人は気付いていない。

 もしくは、気付いていて放置しているのか。



「私はアイドルに向いてなかったのかな」

「そんなこと、ないよ」

「でもメンバーがどんどん抜けていく。きっとリーダーの私のせい。結果は残してるから、人格的な問題かな。あは、自覚ないや。それが駄目なんだろうね。ねえ麻美、私のどこが悪いのか教えてよ」



 縋りつくように、絢華は麻美の肩を掴む。

 ぎりぎり。

 爪が繊維を捻じ切って軋む音。

 麻美は、痛みに顔を歪め、口を開いた。



「絢華」

「…………」

「絢華」

「…………」

「絢華っ!」



 びくり、と。

 絢華は視線を上げた。



「ごめんね」



 私たちが、貴女に付いていけないから。

 貴女を独りにしたくないのに。

 ごめんね。

 本当に、ごめんね……。



 謝罪の意味は、ついぞ分からなかった。



     ◇



 天井のタイルの数を数えた。

 数えるたびに数が変わった。

 安楽椅子がぎこぎこと鳴る。

 血管に凍らせた鉄が流れている。



 私はバルコニーに出た。

 三日月が夜空に浮かんでいた。

 他の星はなかった。

 月の明かりにすべてが塗りつぶされていた。



 雲はない。

 冷えた空気が肌を冷やす。

 三日月の黒いところ。

 あれはなんだろう。

 黒い星だ。

 月の上に黒い星が重なっている。



 どこからか鐘の音が聞こえてきた。

 鈍い音だ。

 寺のそれではない。

 定期的に響く。



「あ」



 私は気が付いた。

 それは鐘の音ではなかった。

 自分のうちから聞こえていた。

 心臓の音だった。

 死んだ心臓が生き足掻く音だった。

 鼓膜を内側から叩く。



 舌の上には砂の味がした。

 最近は泣くこともなくなった。

 塩の結晶となって心のいずこかに消えた。



 鮮明に輝いていた思い出が薄くなる。

 鮮烈に光っていた憧れが色褪せる。



 アイドルってなんだっけ。

 私が目指していたものだっけ。

 今の私ってなんだろう。

 トップアイドルとか呼ばれている。

 じゃあ今のが目指した姿なのか。

 こんなのが目指したものなのか。

 こんなものがお母さんに。



 誰かが私を見ている気がした。

 遠くの空から。

 目を細めて笑っている気がした。



「さむい」



 私は部屋に戻ることにした。

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