主人公みたいなキラキラ女子に絡まれてる
俺は形容しがたい気まずさに苛まれながら、ロックフェスに参加していた。
「ねぇねぇ、どうしてあの人と?」
「霜月さんのことでしょうか? わたくしは現在進行形で、霜月さんに誘拐されている状態ですわ」
「霜月さんっていう名前なんだ……しかも誘拐されたんだ……」
彼女らはひそひそと何事か耳打ちし合っている。
内容は聞こえないが、たぶん俺に関することだろう。
数秒に一回くらいの頻度で視線も向けられてるし。
「ねぇ亜咲。私以外はみんなあの人のこと知ってるみたいなんだけど、誰なの?」
「ボクの憧れの人かな。一度しか会ってないんだけど」
「一度だけで憧れ、ねぇ……きっかけは?」
「ダンスが上手いんだよ」
「それだけ?」
ひそひそひそひそ。
ひそひそひそひそ。
傍から見れば五人組かもしれないが、実情は四人と一人である。
どうも彼女らは学校で同じアイドルグループを組んでいるらしく、かなりの時間を共有してきたのだろう、と思わせる仲の良さを披露してくれた。
君たちが如何に仲良しかは理解したから、帰っていいかね?
俺は宇宙を彷徨う小惑星のごとき孤独に襲われ、切に帰宅を所望した。
「あ、あの」
以前アイドルのフェスで遭遇した少女だ。
胸の前で指を合わせ、上目遣いを向けてくる。
「わ、私は雨森紗英といいます」
「……霜月絢華よ」
「絢華さん──」
何かを噛みしめるように目を瞑った。
後ろの三人も妙な雰囲気。
なーんか面倒事に巻き込まれそうだなぁ、と嫌な予感に襲われる。
残念なことに、こういう時の俺の勘はよく働くのだ。
「絢華さん。一つお願いがあります」
「……何かしら」
「私たちの先生になってほしいんです」
「は……?」
先生。
先生?
あの、誰かを教え導く存在か。
それを俺にやってほしいと。
誰の? 君たち?
頭の中にはてなマークが飛び回る。
意味の分からぬ展開に混乱がマックスだ。
ずざ、と無意識に一歩後ずさると、紗英は距離を詰めるように一歩踏み込んできた。
鼻先が当たりそうなほどの近さ。
両手を握られて、背中に壁が当たる。
「お願いします──絢華さんの力を貸してください……!!」
なんで、俺みたいな何処にでも居る一般転生者が、主人公みたいなキラキラした女子に絡まれているのだろうか。
心底理解できない状況に頭が真っ白になる。
真っ白になって、俺は、気が付けば首を縦に振っていた。
振ってしまっていた。
「……っ! ありがとうございます!!」
紗英だけでなく他の三人も感極まったように感謝を伝えてくる。
しかし俺は全然理解が追いついていないので、困惑で顔を顰めながら、掌越しの紗英の体温だけを感じていた。
◇
あの日、私を抱きしめてくれたあの人のおかげで、ステージに出て歌うときの緊張が僅かに緩和された。
私のパフォーマンスが上がったことで実千との関係も改善され、グループの空気もよくなった。
これから私たちのグループ──CRYSTAΛもいい方向に向かっていく。
そう思っていた。
「えっ、映莉子がアイドルを!?」
「うん。お父さんに辞めさせられちゃうんだって」
悔しそうに目を逸らす亜咲。
いつも王子様然とした態度をする彼女に珍しい表情だ。
でもそれより、聞き逃せない言葉に私は驚愕した。
東恩納映莉子。
CRYSTAΛの四人目のメンバーで、東恩納財閥のご令嬢。
ほんわかとした雰囲気が特徴で、ちょっと世間知らずなところもあるけど、むしろそこがチャームポイントの可愛い仲間だった。
映莉子のお母さんを説き伏せてアイドルをすることを許してもらったのに、ここに来てお父さんが反対するなんて。
「じゃあ昨日も学校を休んだのって……」
「十中八九、お父さんの言いつけだろうね」
「でも映莉子はアイドルをしたがってる!」
「自分の都合を全部通せるほど、お嬢様ってのは簡単な立場じゃないんだよ」
亜咲は固く瞼を閉じた。
震える拳を見れば、素直に認めているわけじゃないのが分かる。
でも諦めたように俯いているのは、きっと、私たちにはどうしようもできない現実なのだと、痛感してしまっているからなのだろう。
「何、そんなすぐに諦めちゃうんだ」
実千が機嫌悪そうに腕を組んだ。
普段はつっけんどんな態度をとることが多いけど、メンバーのことが大好きなのが隠しきれていない。
「諦める、って……」
「そんな流れだったじゃん」
「ち、違うよ」
「なら映莉子の家に行こうよ。全員の熱意を見せたら考え直してくれるかもしれないし」
実千の提案に乗り、私たちは三人で映莉子の家を訪問した。
相変わらずお城のような豪邸。
しかしチャイムを押すと、返ってきたのは『旦那様ならびにお嬢様は本日外出をしておられます』という冷たい言葉だった。
とぼとぼ歩いていると実千が、
「ずっと落ち込んでちゃいいアイデアも出ないし、近くでやってるフェスに参加しよう」
とスマホを持ち出した。
フェス……? と首を傾げるも、実千は得意げに笑う。
「最近、流行りじゃない曲調にハマってるの」
「流行りじゃないって……クラシックとか?」
「私がクラシックを嗜めると思う?」
「思わない」
「……即答されると、それはそれで複雑ね……」
彼女は微妙そうな顔になった。
「で、フェスって?」
「これよ」
画面が差し出され、亜咲と一緒に覗き込む。
なるほど会場はここから数駅先で、『ロックフェス』と書いてあった。
「ロック……」
「ロックってあの激しめの?」
「激しいだけがロックじゃないけどね」
そういうわけで、私たちは会場に出発したのであった。
◇
彼女らがフェスに現れた顛末を聞き、納得に鼻を鳴らす。
現在地点はステージから僅かに離れた喫茶ブース。
俺はビールを傾けながら──もちろん四人にはジュースだ──片眉を上げた。
「で、どうして私なのかしら」
「絢華さんは……その、思わず目を奪われてしまう魅力があります」
うんうん、と他三人が頷く。
魅力って言われてもなぁ。
自覚がないことを褒められたもので、どんな反応をすればいいのか分からず困ってしまった。
「きっと──アイドルとして、凄い経験があるんですよね」
「ん?」
「人に話せない過去なのは解ってます! でも、お力添えいただきたいんです!!」
お願いします!!!!
と四人が改めて頭を下げる。
ビールを噴き出しそうになるのを我慢して、俺は思い切り言葉を呑み込んだ。
──いやアイドルだった過去なんてねぇよ!!?
確かに闇堕ちしたアイドルみたいなムーブをして遊ぼうとは思ったが、まさか本当に勘違いされてしまうとは。
それが原因で〝先生〟とか呼ばれることになったし。
自分の演技力に感心するべきなのか、恨むべきなのか。
とにかく面倒な事態に巻き込まれたのだけは確実だった。
「私に何を求めるの」
かといって今更「いや実はまったく経験とかなくてぇ、貴女たちを揶揄うために演技してたんですぅ」とかふざけたことを抜かしたら、硬くて鋭い石を投げつけられても文句は言えまい。
嘘がバレないように嘘を塗り固める。
しかし手が震えまくっているせいで、グラスからビールが滅茶苦茶こぼれていた。
「きっと……私たちCRYSTAΛが立派なアイドルなんだって示せれば、映莉子のお父さんも認めてくれると思うんです。だから、トップアイドルだった絢華さんにアドバイスを貰いたいんです!」
「…………」
いつの間にかトップアイドルだった過去を生やされていた。
歴史小説もびっくりの捏造設定だが、訂正するのも難しそう。
俺は冷静な表情を作りつつ、約束を放り投げて逃げられないかと、逃走経路の模索に入った。




