分岐
APEXIAは優勝した。
呆気ない結果だった。
最後までAPEXIAは霜月絢華のワンマンチームで、限界を超えた練習で実力を伸ばしたといっても、やはり他の三人は急造の一年生であり、彼女らが採点の理由になることはほとんどなく、リーダーの、霜月絢華の活躍だけで、優勝した。
加えて、中郡智美がAPEXIAを辞めた。
実力不足を申し訳なく思ったのだろうか。
今となっては真相は闇の中である。
分かるのは、中郡智美がAPEXIAを辞めて、東京都第二アイドル育成高校の退学届けを申請したことだけ。
「なんでっ!」
「絢華!」
「なんで智美は、私たちに何も言わず、辞めたりしたの!?」
曇天の下。
四人がランニングをしたり、ダンスの合わせをよくしていた、河川敷にて。
閑静な空気を絢華の悲鳴が切り裂いた。
「悩みがあったら言ってくれればいいじゃん! 自分のことみたいに悩んだし、絶対に、なんとかするために協力した、できたのに! なんで、私たちには一言も告げずに──」
涙を浮かべる絢華。
その時、気が付いた。
小和瀬麻美と出射千絵は、黙り込んでいる。
唇を噛みしめて、拳を握って。
「……ねえ、待って。なんで何も言わないの? なんで知ってましたみたいな顔してるの? もしかして二人は事前に聞いてたの? 聞いてたうえで、智美を放っておいたの? 三人だけで秘密を共有して、私には何も言わずに、智美がAPEXIAを脱退して、学校を辞めるのを見送ってたの?」
二人は答えなかった。
静かに、絢華を見つめていた。
光のない、影のある目だった。
「なんで──」
「絢華っ」
麻美は絢華の肩を掴む。
苦しみとか同情とか哀れみとか値の付かない十把一絡げの意味のない感情がぐちゃぐちゃになった顔をしていて、真っ黒に染まっていた。
「なん、で……」
「絢華」
「なんで、なんで」
「絢華には分からないよ」
「麻美には」
麻美には分かるの?
見上げた横顔は。
色のない、知らない誰かのものだった。
◇
メンバーが一人減ったとしても、APEXIAは栄えある大会優勝ユニットだ。
のちにアイドルの甲子園と呼ばれることになるその大会で優勝したアイドルは、たとえ高校生だとしても、方々から声が掛けられる。
トップアイドルへの切符と言われる所以である。
テレビなどに出演するようになって、霜月絢華──夜凪ゆきの名声はさらに広がって、大会参加時には四人居たことなど知られず、たった三人で大会を勝ち抜いたと、事実とは異なる風評が流れるようになった。
しかし、それでも、霜月絢華は笑顔を浮かべ続けた。
その形の面を被っているように。
不変の、画一的な、いつ見ても金太郎飴を彷彿とさせる、無機質な、血の通わない、アイドルとして、理想的な笑みを。
「…………」
絢華は服を脱がぬままシャワーを浴びていた。
鏡を眺める。
能面のごとき無表情。
雫の滴る顔は、一切の人間らしい情動がない。
中郡智美が居なくなってからこっち、どこに送る当てもない独り言が、世迷言が、脳細胞に張り付いて忘れられなかった。
画面の向こうに居る自分が自分だとは思えなかった。
世間が求めるのは画面の向こうに居る自分だ。
では、ここに居る自分はなんだろう。
無様に、独りで、常識もなくしたように、着衣のまま濡れ鼠になった自分は。
◇
「よーし、切り替えて頑張ろうっ」
霜月絢華は満面の笑みで言った。
目の前には唖然とした二人。
麻美は、頬を歪めて、困惑したように、尋ねる。
「あ、絢華? その、だいじょ──」
「大丈夫だよ。ごめんね、私っぽくない振る舞いしちゃって」
「私っぽくない、って……」
「智美のことは残念だけど、きっと、智美にもどうしようもない事情があったんだと思うんだ。だから、悲しいけど、仕方ないって諦めた」
絢華は悲しげに睫毛を伏せた。
教科書どおりの悲しみ方だった。
「でもさ、私たちは、APEXIAは止まってちゃいけないんだよね。どうも世間ではトップアイドルって呼ばれることも多くなってきたみたいだし、せっかくここまで来たのに、止まってるわけにはいかないよ。智美の分まで、って言うと傲慢で烏滸がましいかもしれないけどさ。でも私たちには義務があるんだよ。智美がテレビを見てるか分からないけど、智美に届くくらい有名になってやろうよ。それが、きっと智美も喜んでくれることだよね。実はさ、そうやって決めてから、私すっごいやる気が漲ってるんだ。なんていうんだろう、心の底から湧き上がってくるっていうかさ、じっとしていられないくらい、モチベーションが爆発してるんだ。アイドルを志しはじめた時と同じくらいのモチベーションだよ。まさか自分がここまで熱い人間だとは思わなくて、少し恥ずかしいくらい。ほら、ミーハーな人間って居るけどさ、ちょうどそんな感じで、闘志に燃えているのでありました」
満面の笑みで言い切った。
何かに悩んでいるとか、そんな様子は一切なく。
少し前までの霜月絢華そのものだった。
まったく問題なく、何一つ欠けていない、完璧な、アイドルのお手本としての霜月絢華がそこに居た。




