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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第六章

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挫折

 中郡智美は責任感の強い少女である。



 六人兄弟の長女という立場がそうさせたのだろうか、あまり裕福な家庭でもないから、食事をほとんど下の子に分け与え、彼女自身は、それこそ、ふとしたタイミングで倒れるほどの空腹が常だった。



 智美は家計に負担をかけないよう、勉学に励み、力の入らない身体で無理をして、なんとか東京都第二アイドル育成高校に特待生として入学した。



 学費に関しては心配しなくてもよくなったが、アイドルの卵として活動していくにあたって、運動量が増えたのは、彼女の身体に如実な変化を現した。



 高校に進学するまでは耐えられる程度の空腹だったのが、運動量が増えたことで、気合だけではどうにも乗り切れなくなったのだ。



 ──で。

 以上の理由からAPEXIAに加入することになった智美だったが。

 最近、彼女は空腹に悩まされなくなった。



「美味しい?」

「……ああ、美味しいとも」



 ニコニコと、両頬に手を添えて、笑う絢華。



 見つめられながら食事するのは気が乗らないけれど、わざわざ自分のためにお弁当を作ってきてくれた恩人に「見ないでくれ」と告げるのは躊躇われて、智美は、居心地の悪さを感じながら箸を進める。



「その……なんだ、私を心配してくれるのは嬉しいんだが、食費も掛かるし、同級生に恵んでもらうのも申し訳ないしで、そろそろ、お弁当を作ってきてくれなくてもいいんだぞ?」



 重箱をすべて空にして。

 智美は、遠慮がちに呟いた。



「いいんだよ! 私はご飯作るの好きだし、また智美に倒れられたら、心配で私まで倒れちゃいそうだし!」

「……そう、か」



 ありがとう、と彼女は苦笑とも微笑とも取れない表情を作る。

 霜月絢華は友達想いの善い子だ。

 こうしてお弁当まで作ってくれて、異常とも呼べるほど、善い子なのだ。



 けれども。

 なんだろう。

 私たちの間に、大きな、分厚い壁があるような──。



「じゃあ練習再開しよっか!」



 無邪気な絢華の声。

 自然、震える指先。

 練習。

 その言葉を聞くと、気分が下がる。



「……ああ、次のライブも近いしな。頑張ろう」



 智美はすべての齟齬を飲み込んで、まるで気にしてないとでも言うように、毅然とした長女の仮面を被り、身体の問題ではない、力の入らない脚を叱咤して、ずるずると、絢華の背中を追った。



     ◇



 APEXIAが準決勝に勝った。

 一か月後、決勝のライブが開催される。



 東京都第二アイドル育成高校に激震とも言える興奮が走り、四人に無責任な期待が寄せられ、それは学生からのものだけでなく、むしろ教員さえも、十何年ぶりの優勝者を輩出したいと、無茶な期待を──レッスンを課していた。



 もちろん、初めは無茶なレベルではなかったのだ。

 ただ、霜月絢華に合わせていたら。

 基準がどんどん跳ね上がって、ついには、人間の壊し方を研究しているのかと疑われるような、そんな段階に進んでいた。



 ところが霜月絢華は涼しい顔で汗を流す。

 他の三人には目もくれず。

 いや、視界には入っている。

 理解ができないだけ。



 殺虫剤で死ぬ蟲の気持ちを理解しろと言われるようなものだ。

 殺虫剤は人間には効かない。

 効かないもので死ぬ奴の気持ちは、理解できない。



 自分にとっては妥当な量のレッスン──あるいは、物足りない量なのに、どうして彼女たちは苦しそうに喘いでいるのか。



 霜月絢華には心底、不思議だった。



 進学校には──アイドル育成高校を進学校と表現するのかどうかは議論の余地があるけれど──ままあるように、指導の基準は、往々にして一番上の生徒に合わせて調整される。



 霜月絢華に適切な量は、他の人間にとっては劇薬だ。

 毒にも薬にもならないと云う言葉があるが、彼女に付いていこうとすると、すべてが毒になってしまう。



 毒だと判っていて、周りの人間は、吞み込む。

 見たいから。

 霜月絢華の終着点を。

 歴史が変わるところを。

 隔絶した才能は嫉妬を超え、ある種の崇拝の域にまで達する。



 つまるところ、霜月絢華は。

 致命的なまでに──アイドルに向いていなかった。



 あるいは、向きすぎていた。



     ◇



「はあ、はあ、がっ、はあ……!」



 中郡智美は壁に手をついた。

 臓腑の底から不快感がせり上がってくる。

 胃がきゅうと締まって、喉が硬直し、思いのままに吐き出した。



「おえっ、え、おえええ」



 びちゃびちゃびちゃ。

 すえた臭いが鼻腔に充満する。

 それが神経に障って、余計に気持ち悪さが加速した。



 地面がすっかり胃液で染まった頃、智美は力の入らない腰をへたらせ、ついに膝を折ってしまう。



 もう、駄目だ。

 限界だ。

 付いていけない。



 身体は悲鳴を訴えているのに、調子だけは気味悪いくらいに洗練されていて、歌や踊りなんかは、たとえ初心者が見たとしても、数週間前とは別人のごとく成長していることが判るだろう。



 決勝は間近だ。

 そこまでは耐えよう。

 耐えて、絶えよう。

 終わりにしよう。



 理解した。

 心底理解した。



 近くで見ていたから解る。

 霜月絢華は別格だ。

 自分とは比べ物にならない。

 比較しようとするのすら烏滸がましい。



 彼女を太陽としたら、私はなんだ。

 地面に這いつくばる蟻か。

 目で見えないミジンコか。

 いずれにせよ、根本から違うのには変わりない。



 こうして、中郡智美の強い責任感は、ぽきりと、簡単に、音を立てて、折れた。

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