夜凪ゆき
小和瀬麻美はとかく強引だった。
どれくらい強引かというと、授業の一環として行なわれた、仮のユニット決めで同じユニットになるくらいには。
それだけ? と思われるかもしれない。
しかし、それだけ、とは表現できない凄まじさだったのだ。
麻美の誘い──あるいは脅迫を断ろうものなら、早晩、悪夢にでも出てくるんじゃないかと、本気で疑うほどに。
霜月絢華は心なしか虚ろとした表情で、担任に配られた『活動名義』と書かれたプリントを見下ろしていた。
無論、隣には麻美が控えている。
隣というか横というか傍らというか。
見方によっては、同じ座標と言い張っても通じるかもしれない。
それくらい二人の距離は近かった。
「絢華ちゃん、悩んでるね。別に活動名義は本名でもいいんだよ? たぶん、本名で活動している人のほうが多いんだし」
「ああ、悩んでるのは名前じゃなくて、麻美の扱い方についてなんだけど」
「なんですってー!?」
反応が過剰すぎる。
往年のリアクション芸人でも、こうは激しくあるまい。
はあ、とため息をついて、絢華はプリントにペンを走らせた。
「『夜凪ゆき』……?」
「そ」
「いい名前だね。でも由来は?」
「うーん……まあ、お母さんがアイドルをしてて」
「もしかして〝夜凪ゆい〟?」
「うん」
元トップアイドルが親だと周りに知られないように配慮したのだろう、声を潜めて囁いた麻美に、絢華は素直に頷いた。
「へえ、それで絢華ちゃんもアイドルを……感動的だね!」
「感動的なのかな」
「……地雷踏んじゃった?」
「いやいや、なんでもありませんことよ。おほほのほ」
「絢華ちゃんのキャラ壊れちゃった」
絢華は微妙な反応を見せたが、変に同情を買いたくもないし、何より高校生になって初めての友達を失いたくなかったので、麻美の焦り混じりの問いに対し、慣れないキャラクターを演じることで、妙な空気を換えようとした。
「それで? 麻美は本名?」
「うん。私にネーミングセンスはないらしいし」
「ユニット名に『ときめき☆電波倶楽部』を選ぼうとする感性だもんね」
「いいと思うんだけどなー、ときめき☆電波倶楽部」
「もしも私がその名前を背負って活動するなら、腹を切るけど」
「切腹するほど酷いかな!?」
「酷いよ。酷すぎる。壊滅的」
「壊滅的……」
致命的で絶望的で目も当てられないセンスの持ち主である麻美は、わりと自信のあった提案をぼろくそに貶されて、結構本気で落ち込んだ。
絢華も絢華で、ときめき☆電波倶楽部とかいう、小学生が考えたユニット名のほうがマシだろうと断言できる看板を背負いたくなくて、普段は見せない必死さで喧呼し、全力で抵抗した。
もしお母さんが天国から私を見て、寿命を削ってまで生んだ娘が、ときめき☆電波倶楽部なんて末代までの恥みたいなユニットで活動していたら、滂沱の涙を流すだろうと思ったから。
絢華は割合毒舌であった。
「でもさー、じゃあユニット名はどうするの?」
「それなんだけど……実は、一つ案があって」
「よし採用!」
「まだ話してないよ?」
「絢華ちゃんのセンスなら信用できるし、それに私だと、適切な判断を下せそうにないから」
ときめき☆電波倶楽部の余韻が残っているらしい。
麻美は泣きゲーのスチルみたいな表情で笑った。
ふっ……と、フィルムグレイン効果が発動する。
絢華はそれをガン無視して、
「『APEXIA』って名前はどうかな」
「それって──」
「うん。お母さんが活動してたユニット。もう解散しちゃったけど」
「いいのかな、その、パクリとか批判を受けるんじゃ」
「調べてみたけど、名前被りってよくあるんだって。ほら、アイドルって数えきれないくらい居るでしょ? だからよほどのことがない限り、それこそ同じユニットが同時期に複数存在するとかじゃない限り、批判はされないと思う」
詭弁である。
如何な世間が被りに寛容だと言っても、さすがに元トップアイドルと同じ名前を使うのは、多少の反対意見を受けよう。
絢華がAPEXIAの名前を使いたいのは、ひとえに母親を想ってのことである。
気恥ずかしくて、正直には言わないが。
「うん! そういうことなら、APEXIAで行こう!!」
麻美に否やはなかった。
満面の笑みで首肯する。
「トップアイドルの名前を使うなら、私たちもトップアイドルにならないと駄目だよね! よーし、頑張るぞい!」
「努力するのはいいけど、麻美、勉強のほうは大丈夫なの? 噂程度だけど、小テストの結果、悪かったんでしょ?」
「……いやぁ耳が早いですな! 実はゼロ点だったのですぞ! あっはっはっはっはっはっはっは!!」
「ゼロ点って……あれ、中学校の範囲ができていれば、問題なく満点を取れるはずだよね」
まっとうな質問。
唖然とした顔の絢華に、麻美はニヒルに肩を竦めた。
「ふむ。絢華ちゃん。誰もが中学校の勉強を習得済みと考えるのは、優秀な人の傲慢というものだよ」
「反省の色を見せないのは、劣等な人の傲慢じゃないのかな」
「だって勉強とか楽しくないしぃ」
拗ねたように指を合わせる麻美。
彼女の姿は愛らしく、発言内容が終わっていなければ、誰しもが微笑を浮かべること必至だ。
しかし絢華はまったく頬を緩めることもなく、むしろ表情を消し、鬼神もかくやという気迫を発すると、顔を青ざめた麻美の肩に手を置いて、もしくは掴んで、握りしめて、決して逃げられないようにすると、がくがく震える哀れな被食者に、思わず見惚れてしまう笑みを向けた。
あるいは、それは、絶望が形を成したものだったのかもしれない。
「麻美」
「はい」
「勉強」
「はい」
「しようね」
「はい」




