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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第五章

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小和瀬麻美

「綾乃さん綾乃さん!」

「落ち着いて絢華ちゃん。すでに私の背後には壁が控えているのよ。それ以上近づかれたら、ディベロッパー泣かせの光景が爆誕するわ」



 散歩に狂喜乱舞する大型犬のように、霜月絢華は恩師である三ヶ嶋綾乃に接近していた。

 接近というよりも、あるいは、捕食と表現したほうがニュアンスが適切かもしれない。

 後頭部の高いところで一本に纏めた髪──いわゆるポニーテールが、犬の尻尾のごとく揺れる。



「これが落ち着いていられますか! 先日のライブの結果、お父さんが東京都第二アイドル育成高校に進学することを許してくれたんですよ!!」

「よかったわね」

「はいっ!!」



 本当は綾乃も心の底から喜びたかったのだが、目の前に自分以上に興奮している人間が居ると、不思議と感情も落ち着くもので、普段なら感情を爆発させていること必至の綾乃は、地母神もかくやという微笑を湛えていた。



 しかし、先日のライブか──。

 綾乃は想起する。

 自分の教え子の晴れ舞台を。

 自分の教え子の成果を。



 確かに絢華のパフォーマンスは完璧だった。

 完璧すぎた。

 異常、と言い換えてもいいほどに。



 通常、アイドルを目指す場合は、成長の都合で、本格的に活動を開始したり、プロさながらのレッスンを始めるのは、高校生くらいからだと言われている。



 もちろん小学生や中学生から練習を積む者も多いのだが、成長効率というか、同じ量のタスクをこなして伸びる度合いというのが、高校生くらいから圧倒的に増大するのだ。



 怪我のリスクを考慮すれば、小中学生から本格的にレッスンをさせる指導者は居ないのである。



 身長の伸びる時期など、早熟の具合は個人差があるが、いくらなんでも中学一年生である絢華が、高校生と同等の成長スピードを持っているはずがない。



 つまり先日のライブで見せたパフォーマンスというのは、あくまでも小中学生の範疇に収まる能力だったわけで、高校生になり、東京都第二アイドル育成高校に進学して、本腰を入れてレッスンを重ねていったら──いったい、どれほどの高みに至るのだろうか。



 綾乃は自身の恐ろしい想像に身震いした。

 もしかすると、今までの歴史を塗り替えるような。

 私はパンドラの箱を開いてしまったのかもしれない。



「これでお母さんと同じ学校に通えます!」



 ……でも、まあ。

 笑顔でポニーテールを振る絢華を眺めていると。

 そんな考えが阿呆らしくなってしまう。



 綾乃は陽だまりの向日葵のような、と例えると手垢の付いた形容ではあるが、ともかく慈愛の漂う表情で、可愛い可愛い教え子を、憎らしい友達で親友で戦友の忘れ形見を、ゆっくりと撫でるのであった。



     ◇



 高校生となり、絢華は無事、東京都第二アイドル育成高校に進学が叶った。

 彼女はきらきらとした目で周囲を見渡し、厳粛な入学式の空気の中、ただ一人ほんわかとしている。



 ──ここに居る子、みんなアイドルを目指してるんだよね。



 アイドル志望の人間が多いのは周知の事実であるが、広々とした体育館が埋まるほどの人数が集まると、やはり壮観というか、プレッシャーに強い絢華でさえも、思わず緊張してしまう雰囲気であった。



 入学式が終わり、弛緩した空気が流れる。

 絢華はパイプ椅子の背もたれに体重を預けた。



「ねえねえ、貴女!」

「うひゃっ!?」



 そこに隣から声。

 きゅうりを目撃した猫めいた悲鳴を上げて、絢華は声の主に視線を向けた。



「うふふ、面白い反応するんだね」

「……ま、まさか、いきなり声を掛けられるとは思ってなかったから」

「隣に貴女が座った時から、ずいぶん可愛い子が居るな、って気になってたの!」



 明朗快活。

 天真爛漫。



 寒がりなのか、制服の上から薄手のパーカーを羽織り、メイクに詳しくない男にはすっぴんで通せそうなほどのナチュラルメイクをし、艶やかな長い睫毛を持つ少女は、向けられたほうが思わず委縮してしまうくらい、それはもう満面の笑みで、絢華に手を差し出した。



「私は小和瀬(こわせ)麻美(あさみ)! 貴女は?」

「……霜月絢華、です」

「もうやめてよ敬語なんて! 私たち同級生、つまり同い年でしょ!? ……あっ、高校は義務教育じゃないから、もしかすると私は貴女よりも年上の可能性があるのかしら!?」



 いやでも私は十五歳よー!?

 と騒がしく目を白黒させる麻美。

 あまりの勢いに絢華も目を白黒させた。



     ◇



 なんの因果か、小和瀬麻美は隣の席だった。



「…………」

「うふふ」



 にっこにっこと。

 それはもう、にっこにっこと視線が注がれている。

 意識的に絢華は彼女を無視していた。

 なんというか、一度でも関わってしまえば、なし崩し的に長いお付き合いを強制されるような予感がしたのだ。



 まあ、そういう意味では、すでに絢華は手遅れなのかもしれないが。

 入学式で対応したのは間違いだったかも。

 しかし、どちらにせよ、教室で隣の席になってしまえば、声を掛けられるのは避けられなかっただろう。

 要するに回避不能のギミックである。



「あ、や、か、ちゃん」

「……何」

「末永くよろしくね」

「……なんで」

「私、貴女に運命を感じるの」



 勝手に運命を感じられていた。

 当たり屋よりもタチが悪い。



 絢華は無意識にヒクつく口端を抑えながら、背中に汗を滲ませ、距離を詰めてくる麻美から視線を外した。

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