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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第五章

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ああ、私しか気付いてない

「……驚愕」

「……びっくりですね」



 斎と花音は愕然としていた。

 原因は掲示板に張り出されたテスト結果。

 二年生の順位は相変わらず稲庭斎が頂点を飾っているが、異変が起きたのは一年生の順位表である。



 三位、志波紗耶香。



 天変地異の前触れか。

 一年生はもちろん、職員室までもが混乱に見舞われていた。

 何度も採点ミスを疑い、何度も確認を重ね、最終的にはカンニングだと結論づけ再テスト。

 しかし紗耶香は似たような点数を叩きだしたものだから、この結果は彼女の実力によって果たされたものだと証明された。



「ふふんですのだ。紗耶香ちゃんはやればできる子ですのだ」

「……できすぎ」

「だったら初めからやってほしかったものです」



 腰に手を当て胸を張る紗耶香。

 心なしかその鼻が伸びているように見える。



 斎と花音は呆れたように言い、やがて苦笑した。



 学年最下位では満足なアイドル活動が行なえまいと、花音が紗耶香を引きずって生徒会室に連行してから二ヶ月。

 そこで憧憬を抱いた紗耶香は、これまでの不真面目さが嘘のように勉学に励み、正々堂々と学年三位という結果を残した。

 さすがにここまで努力を見せつけられてしまえば、誰も文句など言えない。



「これでアイドル活動できるね」

「ええ。モーマンタイです」

「……私もお役御免。静謐の読書に戻る」

「何を言ってんのさ生徒会長」

「そうですよ生徒会長」

「……嫌な予感がひしひし。三十六計逃げるに如かず」



 地震の前に鼠が逃げ出すように、斎はただでさえ小さい身体を縮こまらせて、その場を立ち去ろうとする。

 しかし二本の腕ががっちり肩を掴み、彼女を離さなかった。

 さながら墓の下から死体が蘇るような。

 ある種、猟奇的な光景であった。



「……セクハラは同性間にも成立する」

「やだなぁ私たちの仲じゃないっすかせーんぱいっ」

「そうですよ水臭いですよお姉ちゃん」



 駄目だ、逃げ出せそうにない。

 斎はがっくりと肩を落として諦める。

 強制水泳試験を課される鼠のような格好だった。



     ◇



 ──なんて事があって、今では私も立派なプロのアイドルだもんねぇ。まったく人生なにが起きるか分からないものだよ。



 沖縄の陽射しを浴びながら私は鼻歌を歌う。

 片手には氷の詰まった袋、もう片方にはハンディファン。

 灼熱の太陽なにするものぞ。私は最強だぁああーっはっはっは!!



 沖縄最大のドームでライブを開催するにあたって、私は会場の近所を散歩することにした。理由はない。楽しそうだから。もっと言えば、控室が緊張でぴりぴりしてたから居づらかったのもある。花音なんて抜身の刀みたいな目ェしてたしなぁ。



 ふんすこふんすこと歩きながら、木漏れ日の下で軽くボイトレをしてみたり、体温が上がりすぎないよう氷とハンディファンで涼んでみたり。



 ひとしきり散策を終えて、さて控室に戻ろうかと踵を返すと、会場前のベンチにたむろする七人組に気が付いた。



 おお、凄い汗。もしかしてランニングとかしてたのかな。このクソ暑い中お疲れ様だよホント。私だったら最初の一歩目で挫折して、病的なまでに涼しい、クーラーをガンガンに利かせた部屋でアイスでも貪っているだろう。とても灼熱の太陽のもと運動しようなんて殊勝な気にはならない。



 彼女らは見た目も整ってるし、もしかしてアイドル志望なのかな。

 無理して頑張りすぎるとアイドル死亡に変わっちゃうぞ若人たち~。



 と通り過ぎようとした時。

 電撃のような出会いが私の脊髄を痺れさせた。



「……夜凪ゆき?」



 小さな呟き。

 風に紛れて消えた。

 それほど小さな囁き。



 ベンチにたむろする七人組の中、一番年上であろう見た目の女性。



 夜凪ゆきを知る者は、むしろ彼女と夜凪ゆきを結び付けられないだろう。常にほんわかと笑みを浮かべていた夜凪ゆきと、能面のように無表情の彼女は印象が違いすぎる。



 加えて髪型も違うし、黒一色のコーデは、明るさの塊とも言える夜凪ゆきとは正反対にあるものだった。



 しかし私には判る。

 画面が擦り切れるまで夜凪ゆきのライブ映像を見て、観て、視て、そのすべてを脳髄に刻み込んだ私には。

 あれは間違いなく夜凪ゆきだ。

 消えた天才アイドルが、そこに居る。



「……ぁ」



 声をかけようとして、躊躇した。

 伸ばした指先が折れる。

 耳鳴りみたいな甲高い、鬱屈とした音が聞こえた。



 突然、表舞台から消えた天才アイドル。話題性に欠けない存在だ。誰もが彼女の行方を追って、分からなくて、諦めた。夜凪ゆきは消えたかったんじゃないだろうか。姿を消して、誰の記憶にも残りたくなかったんじゃないだろうか。



 時折、私もそんな欲求に苛まれる。

 誰も自分を知らない世界へ。

 ファンサを気にせず、身バレを気にせず、自由に外を歩き回りたい。



 ふと瞬きをしたら忘れてしまうくらいの夢だ。けれども、心のどこかに存在するのも確かで。



 夜凪ゆきが業界を去った理由かもしれない。

 そう思うと、私の脚は縫い付けられたように竦んだ。



「疲れたー」

「はあ、実千、はあ、ほんと馬鹿、はあ……」

「息切れの合間に罵倒するんじゃないわよ」

「正当な批判……」

「絢華さんも何か言ってやってくださいよぉ」

「アイドルには体力も必要よ。この炎天下、十キロを走破するのは少しやりすぎかもしれないけれど」



 ストーカーみたいに盗み聞きしたところによると、彼女の名前はどうやら霜月絢華というらしい。

 夜凪ゆきではない。でもあれは絶対に夜凪ゆきだ。私の魂がそう言ってる。全財産を賭けてもいい。



 ……だとすると、『夜凪ゆき』は芸名だったのだろう。

 あるいは、『霜月絢華』こそが芸名なのか。



 私は木の影から彼女らを観察した。

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