Lumière誕生秘話(恥部)
Lumière所属のプロアイドル──になる予定の高校生、志波紗耶香は今日も怪しげな雰囲気を醸し出していた。
怪しげな雰囲気を生み出す原因の九割がその細い目である。
残りの一割は胡散臭い狐目。
つまり全部が目のせいだった。
「アイドルってなんなんだよもぅ」
「紗耶香。何をだらけているのです」
頬を机にべったり付けて、というか溶かして、散々な結果のテスト結果に頭を抱える紗耶香。
そんな彼女に荒岡花音は声をかけた。
「だってさぁ……アイドルに成績とか関係なくない?」
「アイドルうんぬんではなく、立派な人間になるために重要ですよ」
「アイドルは人間じゃなくてスターなんだよぉ! 場合によっては地球人じゃない可能性まであるんだから、勉強なんて必要ないよぉ!!」
紗耶香はがっくり項垂れる。
勉強の意欲は限りなく低いが、アイドルとしての成績はぴかいち。
ゲームのパラメータだったらかなり歪なステータスを持つアイドルの卵、それが志波紗耶香だった。
放置していてもいいのだが、花音の席は紗耶香の前であるため、放置はすなわち延々の騒音被害に繋がる。
ゆえに花音は頭痛を堪えながら、紗耶香の手に収まっていたプリントを奪い去った。
「まあこの学校では勉強の成績はそれほど影響しませんし、普通に進級できるくらいの学力があれば問題な……い……」
プリントに視線を落とし。
花音の目が丸くなる。
丸くなって、見開かれた。
「嘘……学年最下位……?」
「てへへ。サボりすぎちゃったのだ」
「サボってどうにかなる次元じゃないですよ」
「でも考えてみてほしい。点数を付けて順位を計算する以上、そこには必ず最下位の人間が出てくるわけだよ。必然なんだよこれは」
「紗耶香が最下位になるのは必然ではないでしょう」
「いんや? 入学してからこの方、一度も教科書を開いたことがないので運命です」
「貴女──」
花音は絶句した。授業中、やたら後ろから「むにゃむにゃ……」だの「もう食べられないよ……」だのテンプレートな寝息が聞こえていたと思っていたが、まさか教科書を開いたことすらなかったとは。
いくら東京都第二アイドル育成高校が勉強を重視していなくとも、さすがにアイドル活動が止められるレベルの成績である。
プロのアイドルを目指して邁進する者がこんなことでは、とても一流になれるはずもない。
くしゃりとプリントを握りしめた花音は、眠りの世界に逃避しようとする紗耶香の首根っこを掴み教室を後にした。
ずるずる廊下を引きずられる紗耶香が叫ぶ。
「な、何!? 何事!? 謀反、謀反なの!?」
「紗耶香の惨状を目の当たりにしては、確かにリーダーの座から引きずり落としたいところですが……残念ながら、そうではありませんよ」
花音が足を止めたのは生徒会室の前だった。
一体全体どうしてこんなところに。
困惑の表情を紗耶香は浮かべる。
「いくら私が新進気鋭のスーパーアイドルエッグ志波紗耶香さんだと言っても、さすがに選挙もせずに生徒会長になれるほどの権力は持ってないよ」
「貴女が生徒会長になった暁には、この学校の風紀もおしまいですよ」
失礼します。
花音はノックをしてから扉を開けた。
「……花音」
落ち着いた調度品の飾る机の向こう。
生徒会長、と刻まれたプレートの向こうには、膝の上に文庫本を置いた文学少女が座っていた。
彼女──稲庭斎は情動の薄い顔を顰める。
「……今日は仕事ないよ」
「まさか、御冗談を。今できましたよ」
「……その左手に持ってるのが仕事?」
「はい」
当然のように紗耶香は物扱いされる。
文句を言おうとすれば、花音の握力が強まって沈黙。
「……今日は朝から運が悪かった。星座占い最下位だったし」
「奇遇ですね。私もちょうど最下位の奴を連れてきました」
「……もしかしてそれが花音の相方で、学年最下位の問題児とかいう」
「ご存じだったんですか?」
「……悪い噂はすぐに広まる。職員室の悲鳴はすぐさま私のもとに」
はあ、と斎はため息をつく。
荒岡花音と稲庭斎は学年が違ったが、隣の家で育った幼馴染であった。
言葉遣いこそ丁寧な花音は意外と強引で、時々こうやって面倒事を運んでくる特徴がある。
面倒事こと紗耶香は流れに付いていけず、目を白黒させるばかり。
「……今回のお願いはそれに勉強を教えること?」
「はい。学年一位を一度たりとも譲ったことのない秀才、稲庭斎せんぱい──いや、お姉ちゃんの頭脳をお貸しいただきたいのです」
「……二度とその呼び方をしないで。許さない。黒歴史が蘇る」
斎は無表情を思い切り崩し、めちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
反対に花音は満面の笑みである。
これがプロアイドルユニットLumièreが結成される誕生秘話になるわけだが、あんまりにもあんまりな話なので、三人は誰にも教えたことがなかった。
たとえ取材などで訊かれたとしても、全員が口をつぐむ。
ゆえに『Lumièreには大きな秘密があるのだ』、とかなんとか噂が誕生してしまうのだけれども、だからといって真相を明かすわけにもいかず、三人は意味深に笑うのであった。
苦々しい顔で。




