そんなわけないじゃない
霜月絢華の信用を向けられたCRYSTAΛの六人は天喰伽藍への恐怖も忘れて、本来の実力を発揮するべく舞台袖で深呼吸をしていた。
もちろん絢華の発言は純度百パーセントの適当なのだが、外見を取り繕うのだけは上手い彼女の本性を見抜ける者は誰も居ない。
「紗英、アンタ顔が強張ってない?」
「そう言う実千こそ。脚が小鹿みたいだよ」
「というかボクたちみんなガクブルだよ」
「わたくし、こんなに緊張したことありませんわ」
「……ふっ。これだから真っすぐな志のない人間は」
「花凛も顔真っ青だけどな」
彼女らは一様にプレッシャーを感じている。
しかし、萎縮はしていない。
おそらく六人の震えは武者震いなのだろう。これから最強のアイドルに挑戦する。勝てないかもしれない。けど、あの霜月絢華が自分たちのことを信じてくれたのだから。
口元に浮かぶは柔らかな微笑。
ほんの僅かに開かれた唇からは、鋭い犬歯が覗いて。
「さあ、行こう──!」
六人は、暗闇のステージに駆け出した。
◇
「…………」
「…………」
どうしてこんなことになっているんだろう。
俺は困惑を隠しきれず、十数秒に一度脚を組み替えていた。
隣に座っているのは天喰伽藍。
生え抜きの中二病で、さっき煽り散らかしてしまった気まずい相手だ。
「ふふ……霜月絢華よ。そんなに動揺せずともよい。親鳥が子供の羽ばたきを見送るのは世の摂理。CRYSTAΛの面々に不安を感じるのは理解できるが、貴殿がそう動揺していたら、まるで様にならんぞ」
訳知り顔で囁く伽藍。
いったい何を言ってるのかまったく分からなかった。
とりあえず意味深に頷いてみる。
なんらかの電波を受信したのか、彼女は頬を緩ませた。
「貴殿は我のために好敵手を用意しようとしてくれたのだろう」
「…………」
「えっ、あっ、違うんですか?」
「そうよ」
「だろうな」
伽藍は「むふーっ」と鼻を鳴らす。
とても否定はできない空気だった。
もちろん好敵手だとか訳の分からない意図は存在しないわけだが、どうやら彼女は心底妄信してしまっているようで、水を差すのは難しそう。
俺にできるのは、ただ知ったかぶって話を合わせることだけだった。
「あ、出てきたぞ」
「そうね」
中二病ふうの口調と本来の──おそらくそうなのだろう──口調が混じりあっている。彼女は自覚していないらしい。
「ほう……失禁寸前に錯覚するほど緊張しているかと思うたが、何、意外と気丈なのだな」
ステージに上がる六人は堂々としているように見えた。
「言ったでしょう。CRYSTAΛは貴女に匹敵するのよ」
「我に──なぁ……」
伽藍は腕を組んで天井を見上げる。
もごもごと喉元で言葉を紡ぎ、首を傾げた。
「ならば貴殿はどうなのだ?」
「私?」
「ああ。CRYSTAΛは霜月絢華に匹敵するのか?」
◇
「ああ。CRYSTAΛは霜月絢華に匹敵するのか?」
それは天喰伽藍にとって特に意味のない問いだった。
強いて言えば、話題を繋げるための物だろうか。
だが。
ぞくり、と。
彼女の肌が粟立つ。
「そうね──私に……」
考えたこともなかったわ。
霜月絢華は淫靡に微笑む。
藪をつついて蛇を出す、あるいは地獄の釜を開いてしまったかのような、鬼哭啾啾の居住まいだった。
抜身の刃物のごとき鋭い笑み。
嗜虐心に細められる瞳の奥には、捉えようのない闇が隠れていた。
「貴女はどう思う?」
「……そんな態度を見せておいて、我に訊くか?」
「ふふふふ、意地悪だったかしら」
「意地悪どころではないぞ。性悪だ性悪。おっかなくて仕方がない」
伽藍は両手を上げて背もたれに沈み込む。
言外の敗北宣言だった。
どうやら霜月絢華にとってこの話題は地雷らしい。
「────」
けれども、考えてしまう。
CRYSTAΛは天喰伽藍に匹敵して、霜月絢華には……言葉にこそしなかったが、彼女の振る舞いからして、勝てないと思っているのだろう。
要するに天喰伽藍は霜月絢華に勝てないというのと同義。
なんともまあ、挑発的ではないか。
「くっくく、くふふふふ」
面白い。確かに霜月絢華は才能の塊だ。傍から眺めているだけで解る。天は二物を与えずとは云うものの、伽藍や絢華の例から判るようにそれは嘘だ。持たざる者が自らの心を守るために流した真っ赤な嘘である。
では時代の寵児ふたりを比べてみよう。
片や圧倒的実力を発揮し一人だけで全高校生アイドルの頂点に立った怪物。
片や言動の節々から闇と才能とを滲ませる化け物。
ライブをしたらどちらに軍配が上がるのか?
霜月絢華は「自分だ」と暗に宣言した。
天喰伽藍は──。
「まあ、CRYSTAΛ程度には勝たねば、勝負の土俵にすら立てんか」
唇を尖らせて、ずるずると背もたれに体重を預ける伽藍。
無論自分が負けるとは露ほどにも思っていないが、霜月絢華がここまで買っているのだ、取るに足らない醜態を晒すほど無様ではあるまい。もしそんなみっともない真似をしたら喉笛を掻っ切ってやるぞ、とまで息巻いていた。
『──!』
薄らと曲が流れはじめて、ライブが幕を開ける。
さあ、我に匹敵するとかいうアイドル共よ。精々その実力を見せてもらおうか。
伽藍の口元は暴力的なまでに歪んでいた。




