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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第四章

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燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや

 会場にはおかしな緊張感が漂っていた。

 参加者が顔を強張らせるのは至極当然ことであるが、それだけでなく、審査員席の五人もどこか落ち着かない。

 他の審査員と目くばせしながら、手元の資料をしきりに確認する。



「来た……」



 誰の呟きだったのだろうか。

 会場の扉から、漆黒の貫頭衣に身を包んだ天喰伽藍が現れた。

 眼帯によって遮られた瞳とは逆、抜身のナイフと見紛う鋭い視線に、誰もが沈黙を強要される。



 この会場で行なわれるのは第一回戦だ。

 間違いない。間違いない。

 間違っているのは、去年の覇者である伽藍が、とても緒戦だと思えない雰囲気を纏っていること。

 導火線の焼け切った爆弾のように、いつ爆発するか、何をしたら爆発するのか判らない恐ろしさ。



 周囲は皆揃って呼吸を浅くした。



 そんなことは露知らず、あるいは理解していて無視しているのか、腹の据わった伽藍はパイプ椅子に腰を下ろす。

 暇潰しにスマホを弄ることもなく、ただ目を瞑る。

 沈黙が沈黙を呼び、会場はまるで空気がなくなってしまったかのように、苦痛を覚えるほどの静寂に包まれた。



     ◇



「なにこれ……」



 私たちが会場に入ると、異世界にでも迷い込んでしまったのか、コールタールのように空気が粘ついて肌に纏わりついてきた。

 身体がここに居ることを拒否している。本能的な恐怖。



 第一回戦は五つのチームがそれぞれライブをし、審査員が採点をして、総合点の高かった上位一チームが次の戦場に駒を進める仕様上、この会場に居るチームは全員ピリピリした敵意を向け合っているはずだった。



 しかし、むしろ正反対に、彼女らは抱き合って肩を震わせている。

 理不尽に襲われる市民のように、双眸に涙を浮かべて。



 重たい空気の中心に座っているのはやはり天喰伽藍さんで、彼女が組んだ足を入れ替えたりするたびに、みんなの意識が集まった。



「ブラックホール……?」

「皇帝様って感じね……」



 なんとなく普段どおりの声量で呟くのが憚られて、私と実千は周囲に漏れないよう小さく囁き合う。

 にもかかわらず、伽藍さんは瞼を開いて、こちらに眼差しを向けてきた。

 底のない深い闇のような双眸。

 まるで絢華さんを彷彿とさせる、限りなく退屈げな。



「貴様らの実力、見せてもらおうか」



 ゆったりと立ち上がる伽藍さん。

 壁に掛けられた時計は初戦の開始を宣告していた。

 いつの間に。

 あまりの緊張感が時間感覚を圧縮していたらしい。



 彼女の声で審査員も理性を取り戻したのか、慌てて立ち居振る舞いを正すと、参加グループの名前を呼びだしはじめる。



 伽藍さんは無言でステージに上がった。

 もしや、あの格好のままライブをするつもりだろうか。

 確かに普段着ではなさそう──あるいは日常からああいう格好をしているのかもしれないけど──だが、アイドルに相応しい服装かというと、少し疑問が残る。



 それに彼女はたった独りだ。

 最大十人程度が縦横無尽に動けるステージに、たった独り。

 大海原にぽつんと浮かぶヨットのような、空間に溶けてしまいそうな淋しさ。

 とても人を夢中にさせる「アイドル」ができそうな雰囲気ではない。



 でも──。



     ◇



 会場が暗転した。

 雨森紗英たちはおとなしく席に座り、陰影に翳るステージを眺める。

 次第に空気が震えはじめ、やがて、それがバイオリンの音だということに気が付いた。



『────』



 静かな入り。

 アイドルの曲にしては珍しい、静謐を主とする曲だった。



『────』



 スポットライトに照らされた天喰伽藍は、夜に紛れる黒の貫頭衣も相まって、顔と手だけが宙に浮いている。

 表情は無。ひたすらに無。

 無色透明な声色と、一切の色のない面差し。



 ぜんまい仕掛けの機械が踊っているのではないだろうか。

 紗英はふと、そんな錯覚に陥った。



『────ぁ』



 黒に染め上げられた繭に籠って、安寧とした静寂に身を包む。

 伽藍のパフォーマンスは沈黙に終始していた。

 それが嵐の前の静けさだと観客が思い知ったのは、僅かなさざ波が起きてからだった。



『────!』



 反転。

 光の渦。

 爆ぜるようなドラム。

 大雨のごとく響くピアノ。



 一瞬にして光の支配するところとなったステージは、先程の閑寂との落差が大きい分、観客の意識を白く染め上げた。



 さっきまでは闇が主役だった。

 今は伽藍が主役である。

 主役の一挙手一投足から目が離せない。

 視線が奪われる。意識が飲み込まれる。



 これが優勝者のライブ──。

 紗英は息を呑んだ。

 はたして勝てるのだろうか、と当然の疑問すら湧いて。



 そうして、音が止まった。

 曲が終わったのだ。

 たった独りでステージに立っていたとは思えない、綺羅星のような存在感。



「…………」



 普通の大会ではパフォーマンスが終わってもペンが紙を滑る音しかしないが、伽藍の圧巻の演技はそんな常識を破壊して、他のアイドルだけでなく審査員にすら拍手をさせるほどだった。



 万雷の拍手が伽藍を包み込む。

 完璧なパフォーマンス。

 満点のライブ。



 しかし、会場の一番後ろ、壁にもたれ掛かっていた霜月絢華だけは、ずいぶんと退屈そうな表情をしていた。



 ──懐かしいものを見たわね。

 と囁きながら。

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