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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第一章

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3/15

闇堕ちアイドルのふりしてダンスする

 意外や意外、数日前に投稿した曲は結構な再生数を記録していた。

 コメントも何件か来ていたし、これも才能の為せる業だろうか。



 くつくつと喉を鳴らしつつ、俺はジムに向かって歩く。

 どうやら霜月(しもつき)絢華(あやか)は身体を鍛えるのが趣味だったようで、転生してから今日までずっと部屋に引きこもっていたら、身体が疼きだしてしまったのだ。

 面倒な焦燥感を抑えるためには仕方がない。

 絢華が契約してたジムに到着すると、高級会員制のお高く留まった雰囲気が出迎えてくれ、俺は肩身を狭くしながらトレーニングに励んだ。



「ふぅ……」



 首に下げたタオルで汗を拭う。

 時計を確認すると二時間ほどが経っていた。

 体力お化けなこの身体でも、百二十分ぶっ通しで筋トレをすれば、さすがに疲弊するだろう。



 さっとシャワーを浴びてジムを後にする。

 心地よい汗を流したあとだからか、不思議と日差しが気持ちよく感じられた。

 うーん、と背筋を伸ばし、視線を空に向け、それ(・・)に気が付く。



「ダンススクール、ね……」



 ジムの二階にはダンススクールが併設されていた。

 一階とは打って変わって入りやすいムード。

 この世界にアイドルが多い影響なのか、思い返してみると、街中には確かにボイストレーニングやらダンススクールやらが異常に多かった気がする。

 俺は口角を歪ませ、二階に繋がる階段を上った。



「くっくっく」



 内なる悪魔が囁くのだ。

 ダンススクールなんて遊べそうなアイドルの宝庫だろ! と。

 先程までの疲労感などなんのその、別腹的な体力が補充された俺は、のっそのっそと階段を上る。



『初心者大歓迎!』というプレートがぶら下がった扉を開けると、丁寧に清掃された内装と、薄っすらと聞こえてくる音楽が出迎えてくれた。

 受付の人は居ないのかな?

 と首を傾げると、奥からぱたぱたと誰かが走ってくる。



「すみません、向こうでレッスンをしていたもの、で……」

「ああいえ、お気になさらず。…………? どうかしましたか?」

「ひゃっ! な、なんでもないです!」



 何やら口をぽかーんと開けて固まっていたが、顔に変な物でも付いていたのだろうか。

 そう訝しんで尋ねると、彼女は背筋を伸ばして歩き出してしまった。



「?」



 困惑しつつ追従する。

 すると、今までレッスンをしていたのか、額に髪を張り付けた少女が、肩を上下させながらこちらに視線を向けてきた。



「……先生。まさか新しい人?」

「たぶん」

「珍しい。明日は雨が降る。外出時は折り畳み傘必須」

「私の教室に人が来るのは、そんな天候を左右するほど珍しい!?」

「だってボク以外に人を見たことがないもの。天変地異だよ、天変地異」



 彼女は息を整えて汗を拭く。

 部屋の隅に腰を下ろして、巨大な鏡の前を譲ってくれた。



「ボクは疲れたからしばらく休憩。その人の体験を優先していいよ」

「えっ……でもまだ時間が……」

「いちいち説明しないと分からない? お得意さんであるボクが許してあげるから、新しい金づ──お客さんを捕まえられるよう営業して」

亜咲(あさき)に同情されるなんて!」



 ダンススクールの人は目に涙を浮かべて叫んだ。

 亜咲、と呼ばれた少女は「ん」と得意げに笑う。

 髪を肩の辺りで切りそろえたボーイッシュな見た目だが、王子様的なのは外見だけではなく、中身も格好いいらしい。



 俺はスクールの人──先生の指示に従って、ダンスの基礎とも言えるアイソレーションに挑戦した。



「あ、あれ……?」



 先生は動揺する。

 おそらく、未経験と自己申告していた者が簡単にアイソレーションをこなしてみせたからだろう。

 かくいう俺も驚いてるからな。

 この身体、才能に溢れすぎだろ。



「その、何かダンスとか経験されてました……?」

「いえ。さっきも言った通り未経験です」

「未経験……未経験……?」



 初めて聞いた言葉のように先生は反復した。

 数秒ほど微妙な空気が流れて、



「よ、よし! アイソレーションは大丈夫そうなので、ステップに挑戦してみましょうか!」



 と手を叩いた。



「うそ……」



 先程の焼き直しと勘違いするくらい、同じ展開だった。

 この身体は実にスムーズにステップを踏む。

 初心者には難しい工程だろうと、上半身に簡単な振り付けを加えようと、なんてことないように成し遂げた。

 天才はいる。悔しいが。



 心の中で鼻を伸ばしていると、先生は興奮したように詰め寄ってきて、鼻息荒く提案してきた。



「す、凄いですよ! 凄まじい練度です! まるで何十年も血の滲む努力をしてきたトップアイドルを彷彿とさせる、恐ろしいまでの才能です!!」

「どうも」

「どうですか!? その、今からでもアイドルを目指すというのは!!」



 その言葉を聞いて。

 俺は、間髪入れずに答える。



「──いいえ」



 空気が凍った。



「私はもう、いいんです。アイドルは」

「え……もしかして……」

「ここに(いざな)われたのも、何かの未練かもしれませんね」



 意味深なことを呟いて悦に浸る。

 くーっこれこれ!!

 先生を筆頭にして、壁際で目を見開く少女の驚愕が堪らねぇぜ!!

 闇堕ちしたアイドルムーブはこれだから止められないんだよなぁ!!!!



 意識的に顔に影を落とし、苦みのある笑みを浮かべる。

 俺は部屋の隅に歩いていき、三角座りをする少女の隣に腰を下ろした。



「──もういいわよ」

「え」

「休憩。もう十分? 私は満足したから、貴女の番よ。それとも今日は終わりにするの?」



 言われて気が付いたように、慌てて立ち上がる彼女。



「や、やります!」

「そう」



 壁にもたれて、意味深な表情を作る。

 昔を思い出しているような、過去を噛みしめているような。

 いずれにせよ俺にはまったく覚えのない感情を再現しているのだが、少女は狙い通り勘違いしてくれたようで、喉に小骨が刺さった時みたいに、顔の色を薄くした。



 これでよこれぇ!!!!!



     ◇



 ボク、蜂谷(はちや)亜咲は自分で言うのもなんだけど、相当な努力家だと思う。

 東京都第二アイドル育成高校はかなりのマンモス校で、アイドルを目指す原石たちが日夜しのぎを削っている。

 その中でも胸を張って「自分は努力している」と宣言できるくらい、ボクは年がら年中頑張っているのだ。



 成績は上から数えたほうが早く、グループ実習では他の子の働き次第で点数が決まるから、残念なのは仕方ないと諦めてたんだけど──最近は壊れてた歯車が直ったかのごとく、グループの空気がよくなった。



 ちょっと前まで緊張してお客さんの前では歌えなかった雨森(あめもり)紗英(さえ)ちゃん。

 そんな彼女に苛立って冷たい対応をする贄田(にえだ)実千(みち)ちゃん。



 二人の関係が改善したから、ボクたちのグループも円滑に活動できるようになったのでした。ぶい。



「…………」



 自分の手ではどうしようもできなかった足枷が外れた。

 ならば、これまで以上に努力を重ねるのは道理。

 以上の理由からボクは休日を返上して、懇意にしているダンススクールを訪れていたんだけど。

 そこに、台風みたいな人が現れた。



「……? 私に何か?」

「い、いえっ!?」



 声が裏返りそうになるのをなんとか抑える。

 学校ではやれ「王子様みたい」だの「格好いい! 彼女にして!」だの散々な美辞麗句を浴びてきたボクだけど、この人(・・・)を前にすると、恥ずかしくて称号を返上したくなる。



 触れれば壊れそうな沈黙を宿して、双眸は吸い込まれそうな漆黒。

 鼻筋は高く、睫毛(まつげ)は長く、唇に浮かぶ湿り気は妖しい。

 息遣いのたびに僅かな体温が襟に落ちて、近くに座っているだけなのに、何かとんでもない罪を犯している気分に襲われた。

 そこに在るだけで世界を変える物が芸術と呼ばれるのなら、彼女こそまさに芸術そのものだろう。



 霜月綾香、と名乗った女性は、さっき知り合ったボクを──何もしていないにもかかわらず──駄目にしてしまうくらい、魅力的な人だった。

 ファムファタール、とでも言おうか。



「…………」

「…………」



 加えて誰しもの目を灼く才能。

 数秒ばかりのダンスでボクは確信した。

 絢華さんは、きっと世界でも三本の指に入る天才だ。

 一度聞いただけのコツを掴み、昇華し、顕現させる。

 ボクが数週間かかった動きを十秒で会得し、普通なら嫉妬しそうなものだけど、それすら馬鹿らしくなるくらい、魅力的だった。



 魅力的、過ぎた。



「…………」

「…………」



 だからだろう。

 絢華さんは何も言わないけど、ボクには分かった。

 彼女は重大な秘密を抱えている。

 爆弾のような過去を抱えている。



 尋ねたい。

 訊いてみたい。

 そんな好奇心が首をもたげた。

 ──でも。



 きっと、それを訊いたら全てが崩壊するのだろう。

 影を落とした彼女の横顔は、ふっと掻き消えてしまうのだろう。



 言葉もなしにボクはそう確信して、何も言えなかった。

 ただ、練習の合間の僅かな時間、こうして絢華さんの隣に座っているだけ。

 それだけで何故か、幸せだった。

 初めて会った相手に持つべき感情ではないと、理解しているのに。

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