初手から最終決戦
大会のトーナメント表はスマホに送られてきた。定刻になると、会場のすべての人間が画面に釘付けになる。まるで怪しい宗教のイベント。
「CRYSTAΛ……CRYSTAΛ……あった」
「えーっと一回戦目の相手はぁ」
実千は「前回優勝者の鼻を明かしてやるわ」と犬歯をむき出しにしていたが、一回戦の対戦相手を見つけたらしい紗英は、特に気負うこともなく相手のグループ名を口に出す。
「──天喰伽藍」
グループ名ではなく。
個人名のみが記載された項目。
誰もが当たらないことを願い、忌避された名前。
「第一回の相手は、天喰伽藍」
紗英は泣き出す寸前の、細かに震える声で言った。
ふわふわしていた六人の雰囲気が。
途端、硬直する。
「はああああああああああっ!?」
「見間違いとかじゃなくて!?」
「本当にあの人ですわー!! ……きゅう」
「終わった。遺書は書いておく」
「やる前から諦めんなよ花凛」
地獄絵図、阿鼻叫喚とはこのことを云うのだろう。
絶望したり頭を抱えたり書をしたためようとする彼女らに、周りから同情の眼差しが注がれた。
まあ、初戦から前回覇者にぶつかる不運に見舞われたのだ。むべなるかな。
「優勝者だったらシードの特権くらい与えなさいよ……」
「公平を期すため、そういう特別待遇にはしないんだってさ」
「公平ってか平等の観点で話をしなさい……主に私たちみたいな理不尽に襲われる人間が出てくるわよ……」
つらつらと大会要項を読み上げる亜咲に、酷く肩を落として嘆息する実千が恨み言を漏らした。
「ボクに言われても」
「分かってるわよ。八つ当たり。ごめんなさいね」
「理解できるから大丈夫だよ。──というか」
ボクもいま暴れだしたい気分だしね。
と彼女は王子様チックに片目ウインクをした。
誰に向けたものなのかは一切不明である。
それを傍から眺めていた霜月絢華は、運命の導きなのかなー、と外見からは想像も付かない馬鹿な感想を抱いた。
しばらく陰鬱に臥せる六人。
けれども、ずっと落ち込んでいるわけにはいかないと一念発起、胸の前で拳を握り、紗英は闘志を燃やした。
「絢華さん」
「ん」
「私たちが全力で、本来のパフォーマンスを発揮できたら、伽藍さんにも勝てるかもしれないんですよね」
「まあ、そうね。最後の一滴、胡麻の油のように振り絞れば、あるいは、という感じよ」
絢華は素直な所感を語る。
CRYSTAΛの六人は顔を伏せ──反転、笑みを浮かべた。
限界ギリギリまで出さなきゃ勝てない?
絶望的だから諦める?
違う。そうじゃない。
私たちでも天喰伽藍に勝てる可能性があるのだから、たとえ燃え尽きても、全力を振り絞るんじゃないか。
先程の弱気はどこへやら。
彼女らはチャレンジャーとは思えない自信を宿していた。
◇
光芒が暗闇を切り裂く。他のアイドルたちは百花繚乱のペンライトに彩られるところ、私は毒々しい紫色のみが記憶に残っている。独りだけのステージ。孤独に犯された足取り。極彩色の劣等感が身体に巻き付いて、誰もが私を貶めようと画策しているのだ。
「CRYSTAΛか」
スマホの画面を叩く。
かちかち、かちかち。
爪を触れさせるたび乾いた音が鳴った。
「まさか最初から当たるとは」
泥棒猫──と呼ぶつもりはないけれど。
絢華さんの周りに憑いていた悪い虫。
あの六人が初戦の対戦相手。
所詮はどこにでも居る凡百のアイドルだろうけど、ただ一つ、唯一気になることがあるとすれば、彼女らが絢華さんと一緒に居たこと。
もちろん雑魚がどれだけ集まろうと雑魚であることには変わりないのだけれども、鶴の一声ではないが、絢華さんが指導しているなら……幾億の確率の向こうに、敗北の可能性があるかもしれない。
「負けない」
CRYSTAΛに。
彼女らに、才能があるとは思えない。
天才はどこまでも孤独で、どこまでも孤高で、どこまでも高潔でなければいけないのだ。
そうあるべきなのだ。
少なくとも、私はそう思う。
絢華さんに纏わりつく変な羽虫を追っ払って、本来のあの人に戻ってもらおう。
私は分かる。私だけは分かる。
今の霜月絢華は、何か違うモノに豹変してしまっている。
◇
鼻がむずむずして、俺は思いきりくしゃみをしてしまった。
周りを見回して目撃されていないことを確認。
ふー助かった助かった。闇堕ち天才アイドルごっこしてるのに、「ぶえっくしょん」なんてくしゃみしたら世俗的で仕方ないからな。
一回戦のライブが行なわれる会場へ向かう。
廊下を歩いていると、入り口の扉の横壁にもたれ掛かる影に気付いた。
仁王像のような荒々しい空気を放つ姿に、俺は迷いなく踵を返す。
「霜月絢華──」
「……奇遇ね」
「いや、必然である。我と貴殿には星の導きがある。いかな超常の介入があろうとも、我らを引き裂くことなどできまいよ」
天喰伽藍は今日も絶好調だ。
苦笑を浮かべつつ振り返ると、彼女はやたら決意のみなぎる瞳でこちらを貫いていた。
「……やはり、な」
「何かしら」
「奴らの存在が貴殿に悪影響を与えている。本来の霜月絢華ではない。謂わば冬虫夏草に支配された蜘蛛よ」
ガチで何を言ってるんだこいつは???
俺は中二病的思考が理解できないので、意味深にため息をつく伽藍に困惑することしかできない。
「待っていろ──我が、姫を救い出す勇士になってみせよう」
フッ……と颯爽と去っていく伽藍。
ぽつんと状況に取り残される俺。
廊下は痛いほどの静寂が落ち、なんだか、面倒な事態に巻き込まれた気がしてならなかった。




