貴女たちには、負けない
卓越した達人は一瞥するだけで能力の底を測ると云う。
天喰伽藍もその例に漏れず、壇上からアイドルを見下ろしただけで、彼女らの実力を看破していた。
──今年も、私が優勝か。
去年、伽藍に苦汁を飲まされた三年生から恨みの眼差しを向けられても、一切表情を動かさず答辞を読み切る彼女。
相変わらず常人には理解しがたい格好だが、実力が実力なだけに、誰も文句を言えない。
「ありがとうございました」と短く呟いて、伽藍は壇上を下りる。
その時だ。
会場の隅に、見慣れた影を発見した。
「…………」
「…………」
視線が交錯する。
間違いない。
あそこに居るのは絢華さんだ。
数日前の記憶と承認とが蘇り、伽藍の心臓が大きく跳ねる。
彼女は今すぐにでも絢華の元へ駆け寄りたい心地だったが、さすがに開会式の空気をぶち壊す勝手をするほど理性を失ってはいなかった。
眠たくなる退屈な大会規則を聞き流す。
説明が終わると、熱気に似た緊張感が会場に浸透し、巨大生物の胎動のようなざわめきが広がった。
蹴り上げるがごとき勢いで椅子から立ち上がると、伽藍は壁にもたれ掛かる絢華に声をかけようとして。
「──絢華さん!」
「いよいよ始まるのね」
「はい、優勝目指して頑張ります!」
「力みすぎじゃ駄目よ」
知らない少女が喋りだした。
ずいぶんと仲良さげに。
無意識に停止する伽藍。
止まったのは脚だけでなく、思考すらも。
脳髄が空白に支配される。
──は? 誰あいつ。
普段は中二病的な言動に終始し、乱暴な言葉遣いは品性を損ねると控えている伽藍も、さすがに納得いかない光景にキレかけた。
というかキレていた。
◇
おー凄い熱気。サウナかな?
アイドルの甲子園と呼ばれる全国高校生アイドル選手権大会がついに始まったわけだが、壁際で後方腕組みをしているだけの俺のところにまで、参加者たちの興奮が伝わってくる。
アイドルが群雄割拠する世界のせいか、この大会に挑む人数も尋常でないようだ。
結構な規模のドームが会場になっているにもかかわらず、足の踏み場がない、とまでは言わないが、それに近しい密集具合。
もし自分が参加者としてあそこに居たとしたら……。
想像するだけでぞっとしないな。
鳥肌の浮いた腕を擦る。
そうこう考えているうちに開会式が終わったようだ。
静寂が喧騒に変わり、向こうから見知った姿が走ってくる。
「──絢華さん!」
「いよいよ始まるのね」
「はい、優勝目指して頑張ります!」
「力みすぎじゃ駄目よ」
興奮に頬を染めた紗英が笑った。
遅れてCRYSTAΛ──いまだに花凛たちはこのチーム名が腑に落ちていないようだ。俺が彼女らを纏めて呼ぶと、あからさまにむっとする──の五人が現れる。
「そうよ紗英。子供みたいにはしゃいじゃって」
「実千だって昨日は『眠れない~』って電話してきたじゃん」
「はあっ!? 信じられない、なんで絢華さんの前で暴露するの!?」
「私だけお子様扱いされるの納得いかないもん」
「この……っ」
ぽかぽかと肩を叩く実千。
攻撃を受けながらも紗英はしたり顔だ。
意識的にかは判らないが、このやり取りが彼女らに蔓延していた緊張の毒を抜いてくれたようで、先程まで固かった六人の動きがいつものそれに戻っている。
素人料簡の予想では、CRYSTAΛは伽藍に勝ち得るポテンシャルを秘めているはずだ。
もちろんその道の専門家がどういう判定を下すかはまったくの未知数である。
しかし、俺の目には伽藍と同等がそれ以上に見えたのだ。
あるいは判官贔屓かもしれないが。
緊張で変な失敗さえしなければ──。
俺が僅かに頬を緩めた時、こちらに向けられる鋭い視線に気が付いた。
「あら」
「数日ぶりだな……霜月絢華よ……」
左手に巻き付けられた包帯に、邪気を封じ込める眼帯。
意味深な言葉遣いに隠された意図とは。
押しも押されもせぬ中二病、天喰伽藍である。
伽藍は「左手が……疼く……」とかなんとか言って手首を抑えつつ、こちらに近づいてきた。
「嘘」
「去年の優勝者」
「天喰、伽藍……!」
「ですわ」
見事な連係プレイで(本来の)CRYSTAΛが驚く。
省かれた二人は不満そうに頬を膨らませた。
「──問おう。汝らは絢華のなんなのだ」
「え」
「貴様らも知っておろう。あるいはそれすら伺い知れぬ愚鈍か? 霜月絢華は常人には比肩できぬ天賦の才を持つ。その絢華の傍に居るのだから、貴様らも相応の何かがあると思うたが……」
舐めるように観察する伽藍。
その双眸は、退屈そうに細められていた。
「駄目だ。滑稽だ。自らを過信し、高嶺の花に玉砕する有象無象だ。貴様らではとても絢華に相応しくない」
「黙って聞いていれば」
喧嘩っ早い実千が袖を捲る。
焦った様子の紗英が彼女を羽交い絞めにする。
既視感に苛まれているらしい花凛が、遠い目をして苦笑した。
「去年の優勝者だかなんだか知らないけどね、初対面の相手に失礼な物言いするのはどうなのかしら。評価が悪くなるわよ」
「関係ない。我は絶対である。凡俗の好悪に左右される相対的価値観に染まってなどおらんのだ」
「むきーっ強情!」
実千は口惜しそうに、地団太踏んだ。
ものも言いたくなくなったらしい。
「──貴女たちには、負けない」
去り際に放った伽藍の小さな呟きは、俺の耳にだけ届いた。




