闇堕ちアイドルの朝は早い
俺はとんでもない事実に気が付いてしまった。
最近の自分はプロデューサーの真似事(アイドルの先達としてレッスンするのはプロデューサーの仕事ではないと思うが。あと未経験だし)をするばかりで、元来の目的である「闇堕ち天才アイドルごっこ」が疎かになっているのだ!
暇潰しをするだけなら先述の活動だけで事足りる。
事足りるけれど、どうも充足感がない。
なんかこう……心臓が甘く疼く感覚というか、純朴な少年少女を騙す背徳感というか。
とにかく刺激が不足しているのだ。
太陽が中天に上る頃、俺はベッドから跳ね起きた。
普段は惰眠を貪ってスマホぽちぽち、場合によっては作詞作曲をしている時間帯だが、闇堕ちアイドルを演じるには、街の寝静まった夜ではいけないのだ。
さっそく漆黒のドレスを身に纏う。
曰く付きの過去を持ってる風の雰囲気を伴って、いざ行かん昼の街。
◇
まあ考えてみれば当たり前の話なのだが、犬猫でもないんだから、その辺に騙しやすそうなアイドルなんて落ちているはずもなく。
夕暮れに染まるビル街を眺めながら、俺は重たいため息をついた。
屋敷を飛び出したのが昼の十三時過ぎだったから、現在時刻まで、都合五時間程度は東京の街を駆けずり回ったのか。
我ながら意味不明な行動原理だけれども、人生に退屈した霜月絢華にとって、チョロいアイドルを騙すのが生き甲斐なのだ。
……こう考えると生え抜きのろくでなしだな。
およそ他人に関わっていい人種じゃないぞ。
「ふぅ」
することもなく暇なので、俺はスカした言葉を吐くことにした。
「今日は……風が騒がしいな……」
黄昏に堕ちる東京の街並み。
とあるビルの屋上で、フェンスを掴む美少女が独り。
摩天楼の空隙を駆け抜ける風が、俺の黒髪を巻き上げる。
「でも少し……この風……泣いてます……」
「!?」
びっくりしすぎて転落事故を起こしかけた。
背中から投げかけられた言葉は、中二病まっしぐらな少年少女でも恥ずかしがるようなもので。
つーか他に人が居たのかよ。
誰も居ないことが前提で身悶えする発言をしたのに。
普通に黒歴史すぎて帰りたいんですけど。
しかし俺は澄ました顔で、「お前の存在など、とっくに気が付いていたさ」と言わんばかりに振り返った。
「……ずいぶん悲しそうな横顔ね」
「フッ……」
いや「フッ……」じゃねえよ。ぷっ(笑)ならともかく大真面目に微笑してんじゃねえよ。こっちが恥ずかしくなってくるわ。
ゆったりとした足取りで俺の横に来た少女は、左腕に巻き付けた包帯を見せつけるように撫で、緩慢とした仕草で天を仰ぐ。
「──貴殿と我が出会うのも、また運命の導きということか」
「……そうね。運命の悪戯、あるいは前世の呪縛といったところかしら」
圧倒的中二病空間。
だが、おもしろ劇場を始めてしまったのは俺なので、冷静なツッコミを入れるのはどうにも難しかった。
ゆえに適当言って彼女に合わせる。
「貴殿、今世の名はなんというのだ」
「私の真名は人間程度には発音できないわ。でも、そうね……ホモ・サピエンスの尺度に収めるのなら、霜月絢華といったところかしら」
「霜月絢華、か……いい響きだ」
たったいま気が付いたのだが、少女は真っ白な眼帯を装着していた。
ちらちら、ちらちら。
しきりに視線を送ってくる。
早く気付いてください、言及してくださいとばかりに。
「貴女……まさか、それは──」
「フッ……」
だから「フッ……」じゃねえよ。いちいち溜めが長ぇんだよ日が暮れちまうよ。
ただでさえ黄昏時、中二病的に表現すれば逢魔が時なのだから、彼女のペースに合わせていたら、すっかり夜になってしまいそうだ。
「語ることもない……単に、油断してしまっただけよ。我も錆びついたものよな」
「そんな……終焉を告げる黒翼の貴女が手傷を負うなんて……」
「その名は……とうに捨てた名だ……」
適当に言った二つ名が採用されてしまった。
なんか愉しそうにニマニマしている。
「教えて。貴女の──今世の真名を」
「ふむ……我の血塗られし歴史を、悪夢に苛まれ、悪寒に襲われる真名を、今ここに宣言しよう」
彼女は凛々しく指を立てた。
「我の名は──天喰伽藍……」
ねぇそれ本名???
本名だとしたら、娘に伽藍とか付ける親のセンスを疑うんだけど。
だって伽藍って寺院という意味だろう。
「いやぁ娘の名前は『お寺』なんですよあっはっは」とか人に言えないだろ。
少なくとも俺がそんな名前を付けられたら、社会と運命を呪って家に引きこもるぞ。
ツッコミたい気持ちをグッと堪えて、俺は不敵に微笑んだ。
「素敵な名前ね──」
「えっやっぱりそうですよね!?」
「ん?」
「あ」
ごほんごほん、と少女改め伽藍は咳払いをする。
その頬は夕暮れでない朱に染まっていた。
「揶揄うな……忌み呪われた名だ……」
「フッ──貴女なら、そう言うでしょうね」
完全に初対面なのに、私は事情をすべて理解していますよ、みたいな顔して頷いてみると、彼女もまた訳知り顔で暗黒微笑を浮かべた。
「ここからの眺め……あの時を思い出すな」
「ええ……」
とりあえず同意してみたが、〝あの時〟ってなんすか? 存在しない記憶を無計画に生やすのは止めてほしい。俺もさすがに対応しきれないぞ。
「貴女の、その鎧の下──」
伽藍はまあお約束通り真っ黒でゴテゴテした服装をしていたのだが、その下に見覚えのある制服が垣間見えた。
あれは東京都第二アイドル育成高校の制服ではないか。まさかこの面白中二ガールもアイドルの卵なのか?
だとしたら懐が広すぎるだろ。限度ってもんがあるぞ限度ってもんが。
「……やはり、見破るのだな」
「当然よ。私の神の眼は万物を見通すわ」
「さすがだな──」
苦笑を浮かべて、昏くなりつつある空を見上げる伽藍。
確かに堂に入った言動なのだが、おそらく入る堂を根本的に間違えてしまっているので、何処まで行っても共感性羞恥を湧き起こす仕草だった。
「……我は、進むべき道を誤ったのかもしれぬ」
「つまり──」
「そうだ……偶像という航路を歩み、下々の者にとっては破格の成功を成し遂げた我でも、この掌から零れ落ちる物を掬えなんだ」
何言ってんだお前。
そう素直に指摘できたら、どれだけ楽であっただろうか。
乗りかかった舟とは云うけれど、この状況は乗りかかったどころか自分で造り出した嫌いがあるので、いまさら流れをぶち壊す発言は不可能であった。
俺は京都人や英国人を心の師とする紳士系淑女であるが、ツッコミたい衝動をグッと堪え、歯にオートクチュールを着せて嫣然とした。
「いいえ……貴女のその血塗られた道程は、決して忌むべきものではないわ」
「霜月絢華──」
お前、東京都第二アイドル育成高校の生徒ってことは高校生だろ。年下だろ。あんまり舐めた口利くなよアーン?
なんて勘違いしたチンピラみたいな振る舞いは慎んだ。
「確かに周りの人間にとって、貴女は異端に映るかもしれない。マジョリティにとって伽藍のようなマイノリティは恐怖そのものだわ。ホモ・サピエンスは太古からイレギュラーを嫌ってきたから。本能と言い換えてもいい」
けれどね──と俺は口の端を歪める。
もう自分が何を言ってるか分からなかった。
「同時に、異端者は革命児でもあるの。種が大規模な変革を起こすのは、いつだってイレギュラーが爆誕した時。丁度……貴女のような。大多数の人間は異物を嫌うけれど、あまりに光が強ければ、誘蛾灯に惹かれる羽虫のように、双眸を灼かれ焦がれてしまうものよ」
一息に言い切ると、何故か伽藍は涙を流しはじめた。
怖い。もう俺はこいつが怖い。
理解の及ばないエイリアンを相手にしてる気分だ。
「我は……私は……間違ってないんですか……?」
「ふふ。面白いことを言うのね。貴女が間違ってる? それは誰が言ったの? 貴女以外の誰が、貴女を否定できるというの?」
「──ッ!!」
「私は貴女のすべてを肯定するわ。失敗の過去も、取り繕いたい過去も、全部含めて現在の貴女を構成する大事な記憶。欠片を取り零すようじゃ、未来の勇者に辿り着くことはできないわ」
マジで俺、何を言ってるんだろうな。
気分に酔って〝それっぽい〟ことを敷衍しているが、肝心の自分が発言の内容を噛み砕けていなかった。
謂わば教科書の文章を意味も解らず朗読する小学生だ。
ノリと勢いでなんとかしているものの、冷静になって俯瞰してみれば、身悶えすること必至である。
「私は……間違ってなかったんですね……っ」
と伽藍は涙を流し、俺の胸元に飛び込んできた。
本当にこいつは何を言ってるんだ? というかなんで泣いてんの? 俺のせい? なんか変なこと言っちゃった?
罪悪感が首をもたげるが、どうにも彼女は俺に感謝しているらしく、「ありがとうございます」だとか「救われました」とか怪しい宗教に騙される不幸な人みたいなことを呟いている。
なんだか怖くなって、俺はひとしきり伽藍を慰めたのち、逃げるようにビルの屋上を後にした。




