ほにゃらら・オン・ザ・ビーチ
「どうだったかな?」
「凄かったです!!」
「わ、予想外の反応。こりゃ嬉しいね」
興奮のあまり鼻先が触れ合うほどに距離を詰めると、紗耶香さんは苦笑して一歩下がった。
「お姉さんはリハーサルを全力で頑張ったので、汗が気になるお年頃なのだ。乙女に対して、無遠慮に近づくのはご法度だゾ」
「す、すみません……」
「あはは、いいってことよ!」
けらけら笑いながら肩を叩いてくる紗耶香さん。
先程は距離を取ったくせに、今度は自分から近づいてきて。
どうにも掴みづらい人だ。
漫画とかアニメでは、糸目は怪しさを醸し出し、裏切り者の記号として使われることが多い。
事実、私は紗耶香さんに初めて会った時、なんの疑いもなく、この人はいつ裏切るのだろうと素朴な疑問を抱いた。
もちろん現実において、目が細いから怪しいだとか、確実に裏切るとか──そもそも何に対して『裏切る』と評しているのか──はまったく関係ない。
紗耶香さんに懐疑心を向けたのが恥ずかしくなるほど、彼女は社交的で友好的であり、後輩想いの善い人であった。
しかし。
もしも紗耶香さんが関西弁だったら。
私は間違いなく、彼女を信用できなかっただろうな。
……なんて。
「ちなみに私、大阪出身なんだよ」
「へあっ!?」
「紗英ちゃん考えてることバレバレ。顔にでっかい文字で書いてあったもん」
──まあ出くわす人のほとんどに同じ感想を持たれるから、相当私が妙な雰囲気を放ってるんだろうけどね。自覚ないんだけどなぁ。……はっ! もしかして、裏切りそうな敵役アイドルとして売り出せば、今よりも人気が出るんじゃ!?
と紗耶香さんは大袈裟に胸を張った。
やっぱりこの人いつか裏切るんじゃないだろうか。
「……ま、それは置いておいて。本番も全力で演るからさ。今度は最前列で観られないだろうけど、楽しんでおくれよ。本番じゃないと感じられない空気とかもあるんだぜ」
ばちこりと古めかしいウインク。
昭和の香りが周囲に広がった。
「はいっ!」
……もちろん、本番のパフォーマンスがどれだけ素晴らしかったかなど、論を俟たないことである。
◇
どうにもLumièreのライブに触発されたようで、アイドル志望の卵ちゃん六人は、気炎の咆哮を上げながら、灼熱の砂浜を何十分も疾走していた。
適宜水分補給をしなければ、アイドル志望じゃなくてアイドル死亡と新聞の見出しになりそうな頑張りようである。
それで監督責任を問われた俺は涙の記者会見をおこない、惜しまれつつも業界を引退することになるのだ。
なんの業界から引退するのかは全然不明であるけれど。
「頑張るねぇ」
俺はビーチパラソルの下で寝転がりながら、南国の匂いがするカクテルを傾けた。ちなみに種類は「ほにゃらら・オン・ザ・ビーチ」である。
自主規制を入れたのは、名称が結構過激だから。
注文するときにちょっと恥ずかしい思いをした。
「はあ……はあ……」
「お疲れ様」
「絢華さん……ありがとうございます……」
傍らのクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出して、向こうから走ってきた六人に手渡す。
彼女らは氷を与えられたシャチのように一息でそれを飲み干すと、よほど冷たかったのか、甲高い悲鳴を上げて砂浜に倒れ込んだ。アイスクリーム頭痛。
「ぴぎゃあああああ」
「……先立つ不孝をお許しください」
「滅多なこと言わないでくれよ実千」
「わたくし、こんなところで死にたくありませんわぁ」
「……でも、沖縄の海辺というのは、最期にはなかなか相応しい絶景」
「私たちがスポーツドリンクが原因で命を落としたら、この飲み物を作ってる会社に甚大な被害を与えちまうぜ……」
ごろごろ転がる六人。面白い光景だなこれ。
デスゲーム主催者の気持ちがちょっと解った。
密かに喉を鳴らしていると、いち早く復活した紗英が、眦に涙を浮かべながら立ち上がった。
「今日が沖縄最後の日なんだから、悔いの残らないよう頑張らないと」
いくら東京都第二アイドル育成高校が大学並みの敷地面積を誇り、マンモス校を凌駕してシロナガスクジラ校くらいの学生を抱えていても、捻出できる費用には限りがあり、当然ながら、定期考査の褒美として与えられた合宿にも終わりが来る。
本日がその最終日だ。
今日の夜には、俺たちは東京の大地を踏みしめているだろう。
「でもトップアイドルを目前で観られたのはラッキーよね」
「絢華さんが居なかったら叶わなかっただろうね」
映莉子は自慢げに鼻を鳴らした。
「幸運を呼ぶ青い鳥ですわ。アオカさんですわ」
「……ネーミングセンスが壊滅的」
「言ってやるな。お嬢様だから、何かに名前を付ける機会に恵まれなかったんだろう」
ASTRA//CODEの二人がひそひそ耳打ちする。
肩を小さくして、映莉子はショボショボしはじめた。
「と、とにかく! 沖縄でしかやれないことをやろう!」
「そうは言うけどね紗英。基本的に練習の場を変えるのはモチベーション管理のためで、そこでしかできないこと、なんてのは限られるのよ」
それに沖縄でしかできなさそうな砂浜ダッシュはさっき完遂したし。
と肩を竦める実千。
「うう……」
「あ、そうだ。絢華さんは何か案ありますか?」
「そうね──」
いきなり話を振られるとは思っていなかったが、ずっと視界に映っていたとある物があったので、俺はそれを指し示した。
「じゃあ……あそこで路上ライブでもしましょうか」
「あそこ、って──」
六人は指の先を視線で追う。
はたしてそこには、アスファルト製で、とりあえずの広さを持つ、路上ライブにぴったりな広場があった。
海水浴場で遊ぶ観光客も多いし、観客には困るまい。
「……そういうのって、事前に申請とかが必要なんじゃ」
冷静に問うてきた紗英に一言。
「疾風迅雷。怒られる前に撤収すれば、それはまったく問題ないのよ」
「問題大ありじゃないですか?」
常識的な指摘は完全に無視した。
◇
海水浴は人々から絶大な人気を誇る一大レジャーであるが、日頃の運動習慣がない人間にとっては、存外くたびれる遊びでもある。
すっかり眠り込んでしまった愛娘を脇に抱え、彼は浜辺からほど近い駐車場に停めた車へ向かっていた。
階段を上り、アスファルトの広場に辿り着く。
『どうも──CRYSTAΛと』
『ASTRA//CODE、です』
そこにはアイドルらしき衣装を纏った少女が六人、マイクを握って道行く人に声をかけていた。
どうやらゲリラライブを敢行するらしい。
「…………」
しかし男も相当疲れていたため、まだ高校生くらいの無名アイドルの路上パフォーマンスを鑑賞していくつもりはなかった。
さっさと車に乗り込んで、重たい瞼が引っ付く前にホテルに戻ろう。
そう思っていたのだ。
──そう思って、いたのに。
『──────』
瞬間、胸を貫くは絶叫のごとき歌声。
けだし興味とは予想を覆された際に発生するものであり、その意味では、彼女らの歌は男の好奇心を刺激するに充分であった。
無意識に足を止め、無名アイドルに心を鷲掴みにされる。
その様子を眺めていた霜月絢華は口元を歪めた。
予想通り、あるいは狙い通りといったところだろうか。
彼女がプロデュースすれば当然のことではあるが、現実に上手く行くとなかなか嬉しいものである。
「……んぁ」
鼓膜を叩く歌声に、彼の娘は眠りから覚めてしまったようだ。
瞼を擦ってきょろきょろあたりを見渡す。
「……おとうたん!!」
「ん、どうしたんだ?」
「キラキラしてる! キラキラ!!」
「ああ、アイドルだからな」
そして鼻息荒く六人を指差した。
アイドルが群雄割拠するこの世界でも、さすがに一桁の子供では、アイドルを間近に見たことはなかったのだろう。
初めての経験に興奮した様子で、彼女は六人を凝視する。
「わあぁぁぁぁ……!」
幼子の心に浮かんだのは感動か憧憬か。
いずれにせよ、彼女の将来に大きな影響を与えたのは確かである。
『──ありがとうございました! 私たちがライブをするときは、是非是非応援してくださいね!!』
六人のライブが終わり、ステージを観ていた人々が一斉に拍手した。
夢中になっていた男と娘は、いつの間にこんな集まっていたんだと、意識の外からの音に肩を跳ねさせる。
「CRYSTAΛと、ASTRA//CODEか……」
どうして異なる二つのグループが共演していたのか、しかも突貫のグループにしてはやたら完成度が高かったな……など考えるが、一介の観客である男にとって、そういう些事は大した問題ではなかった。
「今後の動向をチェックしておこう……」
アイドルが星の数ほど居るこの世界で、ファンという有限の狭いパイを奪い合わずに済むのは、ひとえにアイドルファンが異常に多いためであった。
男も例外ではなく、目の前で繰り広げられた圧巻のライブに、CRYSTAΛとASTRA//CODEの名前を胸に刻む。
そんな感動を差し置いて、
「──ちょっと、みんな。騒ぎが大きくなってきたわ。逃げましょう」
「なんか犯罪者みたいじゃないですかぁ!?」
いくら人々がアイドルに寛容とはいえ、法律までもがアイドル──というか無申告の路上ライブに寛容なわけではない。
道路の向こうから響いてくるサイレンに、霜月絢華は電光石火の逃亡を宣言した。
これにて第三章完結です。
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