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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第三章

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早起きは三文の徳だけど普通に寝たい

 波は硝子片が擦れるように引いていく。

 霜月絢華は夜の浜辺を散歩しながら、浅く息を吐いた。



 満天の星とはこのことを言うのだろう。表現は悪いがまるでカビだ。空一面に蔓延る星々の輝きが、人間の存在がどれだけちっぽけなものなのか教えてくれる。



 薄暗い、漆黒の天幕のごとき空に張り付く光の中に、欠けたように滑る物があった。流れ星だ。

 消えた後に理解できるほどの刹那、大気圏に突入した塵は燃え尽きる。



「願い事を言う暇、なかったわね」



 人生で初めて流れ星を目撃した絢華だが、予想だにしないタイミングで出くわしたものだから、事前に願望など用意していなかった。



 ぼうと空を眺めるが、夜這星が再び現れることはない。

 仕方がないかと肩を竦めて、ざりざり音を鳴らしながら散歩に戻る。



 ラバーのサンダルで踏みつける砂浜は、何処からか流れ着いたらしい珊瑚の欠片に覆われ、波打つ音も相まって、涼しげな薄暗闇に染まっていた。



 雲一つない夜空。

 ぽっかりと輝く白い穴。

 絢華はその巨大な月を見上げ、横顔に影を落とす。



「──何をしているのかしらね、私は」



 誰に聞かせるでもない囁きは、遠く夜景に溶けて消えた。



     ◇



 じりり。

 じりりり。

 じりりりり。



 枕元でうるさく喚くスマホを止めると、俺は掠れる視界を理由に、ベッドから起き上がることもなく二度寝を敢行することに決めた。



 壁一面と見紛う大きさの窓からは、そんな怠惰を許さないと言わんばかりに日差しが差し込んでいる。



 しかし俺は布団を被ることによって正論光線をガード。

 完璧な二度寝体勢に入ったのであった。



 ──どんどんどん。



「んぁ……」



 扉がノックされる。

 時間的に掃除には早すぎるから、きっと紗英たちが来たのだろう。



 さすがに来訪者を放置して二度目を決め込むほど落ちぶれてはいないので、頭痛を伴う倦怠感を引きずりながら、最低限の身繕いをして応対した。



「……おはよう」

「おはようございます。眠そうですね」

「昨日少しね。それより六人揃ってどうしたのかしら」



 廊下にはCRYSTAΛの四人とASTRA//CODEの二人が勢揃いしている。

 アイドルを目指しているだけあって、みんな顔面偏差値が高い。

 うおっ眩しっ! 視力ないなった!!



「九階で朝食のバイキングがやってるんです。行きませんか?」

「……せっかくだから、ご相伴に預かるわ」



 話をしているうちに眠気も晴れてきた。

 わざわざ高いホテルに泊まってるのに、贅を尽くした朝食を取らないなんて勿体ないし。

 俺は寝間着のネグリジェを脱ぎ、ぴょんぴょこ跳ねていた寝癖を整え、六人と一緒に九階へ向かう。



 エレベーターの扉が開くと、そこは海を臨む高級レストランという感じで、夜であれば大層ロマンチックな雰囲気であっただろう、と確信した。



「おはようございます」



 朝早いというのに、隙なく整えられたスーツに身を包み、柔和な笑みで以て俺たちを歓迎するホテルスタッフ。

 会釈を返し会場に入ると、そこには数え切れないほどの種類の料理が飾られており、空腹に喘ぐ胃袋が、きゅうと締まって鳴いた。



「うわぁ……!」



 瞳を輝かせてトレイを手に取る紗英は、いったいどれを食べようか、と子供のようにはしゃいでいる。



「あんまり食べ過ぎちゃ駄目よ」

「堅いコト言わないでよ実千。今日くらいは……」

「アンタねぇ……」



 呆れたようにため息をつく実千。

 その表情は母親さながらだ。



「これからトレーニングがあるのよ? 昨日は遊びつくしたから、遅れを取り戻せるくらいきつい奴」

「え~せっかくの沖縄だよ~?」

「合宿って名目でチケット渡されたんだから、サボってばっかりだと大目玉よ。紗英が反省文書きたいってんなら止めないけど」

「それはヤダぁ」



 紗英はべそをかきながらサラダをよそった。

 視線は明らかに揚げパンに向けられているが、自分のお腹を摘まんで、泣く泣くご飯に切り替える。



 カロリー制限のあるアイドルは大変だなぁ。

 なんて大人の余裕を見せつけながら俺が炭水化物爆弾を生成していると。



「──そういうわけで、絢華さん。今日はよろしくお願いします」

「あら、私もトレーニングに参加するの?」

「みんなのモチベーションも上がるでしょうし、何より絢華さんをお手本にすると、自分の実力がずっと高くなるような気がするんです」



 えーッひいこら言ってる六人を笑うだけのつもりだったのに!

 まさか俺まで練習に参加せにゃならんのですかァ!?



 鉄壁の無表情で内心の動揺を隠しつつ、俺は頷いた。

 さすがに期待の眼差しを断れないし、学校のチケットを利用して沖縄に渡ってきた以上、義理は果たさねばなるまい。

 いや可能なら全力でサボりたいんだけど。

 サボりたいんだけど、そういうわけにはいかないだろう。



 朝食後に運動すると分かっていて、胃袋の容量限界まで食べる馬鹿は居ない。

 ということで二度のおかわりだけで済ませ、俺たちはホテル前の通りで屈伸をしていた。

 どうやらランニングをするらしい。



「目的地は十キロ先のライブ会場よ」

「ん?」

「聞こえなかった? 目的地は十キロ先のライブ会場よ」

「聞き取れてはいるんだけどね。ちょっと意味が分からない」



 毅然と宣言する紗英。

 その勇気に拍手喝采を送りたい気分である。



「ランニングは心肺機能の向上に役立つの。アイドルは歌って踊るでしょ。だから体力はいくらあっても困らないし──」

「違う違う違う違う。そこじゃない。ランニングの意義を訊いてるんじゃない。ランニングの規模を訊いてるの」

「だから十キロって」

「それがおかしいの!!」



 紗英は地団太を踏んだ。

 足元に蟻が歩いていて、器用にそれらを避けて足踏みした。



「私たちが目指してるのは何?」

「アイドル」

「正解。よかった、理解してないのかと思った」

「私を馬鹿にしてるの?」



 実千は不満そうに頬を膨らます。

 そんな彼女に紗英は、



「馬鹿にはしてないよ。発言が馬鹿だと思っただけで。いい? 私たちが目指してるのはアイドルで、間違ってもマラソン選手じゃないの。体力向上を狙ってランニングをするのは賛成だけど、十キロってのはさすがに長すぎるよ」



 非常に真っ当な指摘をした。

 ミュージカルだったらスタンディングオベーションしてたところだ。



 紗英の言葉を受けて実千は考え込む。

 考えたのちにこんな回答を告げた。



「十キロ走ることによって消費されるカロリー量はご存じ?」

「え?」

「たぶん今日の朝食分も消費できないわよ」

「そんな……」

「夏休み最初のほうに付いた脂肪を、ここで落としておこうかなと思ったんだけど」



 俺と実千を除く全員が膝を折った。

 各々涙を流しながら自分のお腹を摘まんでいる。

 朝の紗英みたいな行動だ。よほどはっちゃけた食生活を謳歌していたと見える。



「まあ、私たちアイドルだもんね……」

「ボクたちアイドルだし……」

「わたくしたちアイドルですから……」

「私たちはアイドル、か……」

「別に体重とか気にしちゃいねぇけど、そうだよな、私たちはアイドルだもんな……」



 沈鬱な集団だ。野戦病院ってこんな感じなのだろうか。

 首を傾げて五人を眺めていると、やがて彼女らの中でなんらかの決意が固まったようで、背中に炎を担ぎながら、気炎を噴出した。



「十キロ、やってやろうじゃん!!!」



 俺はリタイアしてもいいっすか?

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