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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第三章

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夏休みさいこー……えっ合宿!?

 夏休みとは学生にとっての天国である。

 小中高校生なら言うに及ばず、人生の夏休みと評される大学生にとっては、約二ヶ月という長期休暇は、学生の本分を忘れさせる過剰な存在だ。

 このあまりに長い空白期間に溺れ、単位を落とす人間も居るそうだが、なるほど確かにどうにかなってしまいそうなほど楽な毎日である。



 俺は冷房をガンガンに効かせた部屋で、お布団にくるまりながら、ポテトチップス片手に映画を鑑賞していた。

 ちなみに身体を覆うお布団は今回のために購入したものであり、普段使いのベッドではないため、汚れを気にせず楽しむことができる。



「自堕落さいこー」



 霜月絢華の家はよほどの金持ちであり、そういった家に往々にしてあるように、ジャンクフードなどの健康に悪い食べ物は、今まで一度たりとも用意されたことがなかった。



 ゆえに現在食べているポテトチップスは人生初。

 頭の悪い味付けにカロリーが脳天を直撃する。

 クラクラしたところに追撃、追撃。

 俺はすっかり満足して、おそらくパーティー用途の大容量サイズを単独で空にしてしまった。



「夏休みが始まってから……もう二週間くらいか。多少太ったかぁ? まあ学校が始まる前にダイエットすればいいだろ」



 霜月絢華の身体はたるんだ自分を許せないのか、微増する体重に運動を要求してくるのだが、自堕落に染まり切った俺がそんなことするはずもなく。

 運動どころか部屋からすらも出ない生活が続いていた。



 じゃあ次はアイスでも食べますかね──と。

 口笛を吹いていた時、ぴろりんとスマホが鳴る。

 非常に嫌な予感がした。



「…………」



 見なくてもいいかしら。

 見ないほうが精神衛生にいいよな。

 むしろ見るなんてあり得ないのでは?



 面倒くさそうな事態から逃れようとする本能が、全力でスマホから離れろと警告していた。

 しかし、俺に連絡をしてくる相手には心当たりしかなく、そんな彼女らを無視するのは躊躇われた。



「はあ」



 思い切りため息をつく。

 ため息をついて、スマホを取り上げた。



「何々──」



 画面に表示されていたのは雨森紗英の名前。

 その下にメッセージ。

 曰く、『合宿を開催するので絢華さんも参加しませんか?』とのこと。



「合宿ゥ?」



 耳馴染みのない単語に素っ頓狂な声を上げた。



     ◇



 私たちCRYSTAΛは直近の定期考査で一位の成績を記録した。

 フロックだとかズルだとか色々噂はされたけれど、以前のアイドルフェスも含めれば二連続で首位なのだから、それはもう実力ではなかろうか。



 なんて素直に言えば非難轟々を避けられないだろう。

 だから私は口をつぐんだ。

 けれど実千は納得できなかったようで。



「なんで私たちが責められるわけ?」

「責められる、というよりも嫉妬だね。ボクらの躍進が羨ましいみたいだ」



 コーヒーを啜りながら肩を竦める亜咲。

 実に王子様的な仕草だが、ほんの僅かな苛立ちが透けて見えた。



「わたくしも最近、妙なんですの」

「何かあった?」

「その……嫉妬の混じった眼差しを向けられると、どういうわけか、身体の奥が火照るというか……ゾクゾクしますの」

「単純に変な性癖に目覚めただけじゃなくて?」

「わたくしを変態呼ばわりしないでくださいまし」



 怒ったように映莉子が眉を上げる。

 でも、発言の内容的に変態の謗りは免れないような……。

 私は「あははは」と苦笑して、話を逸らすことにした。



「ASTRA//CODEはそういうこと大丈夫?」

「……問題ない」



 気まずそうに花凛が机に視線を落とした。

 その隣では結愛がトーストを齧っている。



 ここは日本最大の空港、羽田空港のとある喫茶店だ。窓の外に目を向ければ、キャリーケースを転がす人々の群れ。朝食にちょうどいい時間帯だから、店内にもたくさんの人がおり、賑やかな空気に包まれていた。



 東京都第二アイドル育成高校はその名の通りアイドルを育てるための学校で、生徒を奮起させるため、定期考査などで優秀な成績を残した者には、様々な特典が贈呈される。



 私たちが羽田空港に居るのもそれが理由だ。

 今回、学校から貰った沖縄行きのチケット。

 どうやら学校が沖縄に持っているホテルに泊まれるらしく、合宿に是非と言われたのだ。



「……ところで、なんで私たちまで?」



 花凛が不思議そうに、あるいは疑わしそうに首を傾げた。

 まったく当然の質問だ。

 私はチケットをひらひらさせて、



「アイドルグループは基本的に六人から八人構成のところが多いでしょ? だから八人まで連れていけるんだよ」

「……それは納得できる、けど」



 腑に落ちないという表情の花凛。



「私たちASTRA//CODEを呼び寄せたのはどういうわけ?」

「せっかくなら友達と一緒に行きたいなって」

「……友達?」

「うん。友達」



 賢いインコみたいな感じで言葉を反復する彼女に、私は同じく賢いインコみたいに繰り返した。



「ほら、少年漫画では殴り合ったら友情が芽生えるでしょ?」

「知らない」

「実はそうなんだよ。で、私たちは定期考査で殴り合い……ではないけど、正々堂々戦ったわけです」

「だから友達?」

「そう。友達」



 やはり花凛は納得いかないようだった。

 店員さんが運んできたプリンを凝視し、上に乗っかったさくらんぼを指で摘まんで口に放り込む。



「実千はそれでいいの?」

「何よいまさら」



 いきなり抱き着いてきたのは何処の誰かしら。

 とそっぽを向いて唇を尖らせる実千。

 ツンデレのお手本みたいな仕草だけど、本人が自覚していないようなので指摘するのは差し控えよう。

 いつか自覚した時に散々揶揄ってやろうとほくそ笑みながら、私はパフェの攻略を始める。



「自慢じゃないけど、私は心が広いことで有名なの」

「初めて聞いた……」

「何か文句がお有り? 紗英」

「一切ございません」



 睨まれたので丁寧に頭を下げた。

 ふん、と彼女は鼻を鳴らす。



「だから貴女の発言なんて気にしていないし、それが原因で友達になれない、なんてことはないのよ」

「……そう」



 花凛は小さく呟いて、やがて微笑んだ。

 近頃の彼女は表情豊かだ。もちろん通常状態は無表情だけど、こうして時折、つぼみが開くように笑うようになった。

 それが精神状態の変化ゆえなのか、はたまた私たちに心を開いてくれたからなのかは不明。

 いずれにせよ好ましい変化だと私は思う。



「飛行機の出発まであと一時間半……絢華さん、本当に来るの?」

「一応メッセージは来たんだけど」



 ミステリアスな絢華さんの姿を思い描く。

 普通にドタキャンとかしそうだ、あの人なら。

 そして澄まし顔で現地で遭遇しそう。不思議の塊だ。不思議の国の絢華さん。



 結構失礼なことを考えていると、喫茶店の扉がカランカランと開き、真っ黒なワンピースに身を包んだ人物が入店してきた。



「あら。私以外全員揃っているのね。お待たせしたかしら」

「いえいえ」



 キャリーケースも持たずに現れたのは絢華さんだ。

 彼女は相変わらず感情の見えない表情で、こちらを睥睨する。



「……もう一度訊くのだけれど」

「はい」

「お友達水入らずの合宿に、私が参加してもいいのかしら」

「はい」

「──そう」



 間髪入れない即答に面食らったのか、絢華さんは額を押さえた。



     ◇



 持ち込んだ小説を読んでいたら、いつの間にか沖縄に到着したようで、『シートベルトを装着してください』というアナウンスが機内に響いた。



「…………」



 胸元に下げていたサングラスを着け、飛行機を降りる。

 ギラギラ眩しい太陽の光。

 風に紛れる海の匂い。

 肌に纏わりつく湿気の空気。

 ビバ沖縄!



「うわぁ~!」

「凄いわね」

「ボク初めて来たよ」

「わたくしは六度目ですわ~」

「……結愛は?」

「花凛と同じく初めてだよ」



 空港内を移動しながら、慣れない雰囲気に歓声を上げる六人。

 身長と年齢的に俺が保護者のようだが、そんな責任ある立場には相応しくない人間なので、できれば先頭にしないでほしい。

 しかし彼女らは雛鳥のように俺の後ろを付いてくる。



「はあ……」



 仕方がないので、諦めて最前列に殉じた。



「あっ! お土産がたくさん売ってるよ」

「到着早々買うものじゃないわよ」

「帰る時いくらでも時間があるから」

「あ~ちんすこう~」



 ずるずると引きずられる紗英。

 実千と亜咲は呆れたような表情だった。



     ◇



 モノレールからタクシーに乗り継ぎ辿り着いたホテルは、紗英たちが何度も住所を確認してしまうほど、それはそれは立派な外観であった。

 海を臨む立地に、天を貫かんばかりの高層。近くにはコンビニを始めとして、バーベキューができる広場など、遊ぶには十分な施設がある。



 絢華を除く六人がおずおずとしながらエントランスに入り、フロントの女性に名前を告げると、石製のストラップが付いた鍵を渡された。



「鍵は三つ……」

「つまり三部屋……」

「ここに居るのは七人……」

「どう分かれるかが重要……」



 ごくり、と六人が固唾を呑む。

 絢華は面倒くさそうに顔を顰めていた。



「わたくし絢華さんと一緒がいいですわ」

「あっズルい! じゃあボクも!」

「……私も」

「私は別に何処でもいいかな~」

「ええ!? どうする実千!?」

「なんでそんなに焦ってるのよ……」



 女三人寄れば姦しいとは云うが、三人どころか六人寄ってしまっているので、廊下は喧騒に包まれる。

 しばらく傍観していた絢華は、事態が収拾つかなそうだと認めて、適当に鍵を一つ拝借した。



「あっ」

「大人が高校生の輪を壊すわけにもいかないわ。私は一人で過ごすから、残りは若い者同士で選びなさい」



 と残してさっさと消えていく絢華。

 六人は呆然として、



「まあ……これが最善手か……」

「解決しなさそうだったもんね……」

「ですわ……」



 などと仲良くじゃんけんを始めた。

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