少年漫画みたいな展開になった
放課後になり、夕暮れに沈む校内を歩いていると、花凛と結愛にばったり出くわした。
何やら紙袋を持っており、心なしか緊張した様子。
「あら、何処へ行くの?」
「絢華さん」
「ちょっと……詫び入れに……」
敵の事務所に襲撃をかけるヤクザみたいなこと言ってる。
確かに結愛の見た目はいかついが、もしやそっち系の人なのだろうか。
そんな風に若干引いていると、勘違いされていると気付いたのか、わたわたと腕を振って結愛が叫んだ。
「ち、違いますよ!? 普通に謝罪しに行くんです!」
「私がCRYSTAΛの人に迷惑かけて……」
「CRYSTAΛ?」
聞きなじみのある名前だったので首を傾げる。
すると結愛は、
「え、知ってるんですか?」
「少し前のアイドルフェスで書き下ろし曲を提供したの」
「──それって」
無表情の花凛の顔が強張った。
がばっと距離を詰めてきて、何処か縋るように。
「ツキシモの正体は、絢華さんなんですか……?」
うーわ考え足らずだったァ!?
調子に乗って脳死でベラベラベラベラ余計なことを漏らしてしまい、まるで黒歴史ノートが同級生に見られた時のような、言いも言われぬ羞恥心が襲ってくる。
俺は全力で話を逸らすべく紙袋を指差した。
「そんなことより謝罪よ」
「そんなこと……」
「CRYSTAΛの四人に謝りに行くんでしょ? 早くしないと」
流れで追及をぶった切り、四人が根城にする音楽室を目指して歩き出す。
もちろん花凛は何か言いたげだったが、彼女が口を開きそうになるたび、見当違いな話題を出して相殺。
無事に音楽室に到着した。
「心の準備は大丈夫? 大丈夫そうね。じゃあ開けるわ」
「速いですって絢華さん──!」
間髪入れず扉を開け入室する。
音楽室の中にはやはりCRYSTAΛの四人が居て、急な闖入者に驚き、視線をこちらに向けていた。
「絢華さん?」
「お邪魔するわ」
「それはいいんですけど……後ろに」
不思議そうに呟く紗英。
背後に気まずそうな空気が発生する。
怒りを纏った実千が突撃してきた。
「よくもノコノコ顔出したわねASTRA//CODEッ」
「いや──」
「やってやるわ全面戦争よ生きて返さないから覚悟しなさい!」
「ちが──」
実千は冷静さを失っているようだったので、俺は彼女にすすすと近づき、思い切り力を込めた人差し指で以て、額に強烈な痛打──デコピンを敢行した。
「痛っ!?」
「落ち着きなさい。何もカチコミしに来たわけじゃないわよ。二人の持つ紙袋を見てみなさい」
肩を縮こまらせながらASTRA//CODEの二人は紙袋を差し出す。
半眼でそれを受け取る実千。
紙袋の中を覗くと、どうやら高級な菓子でも入っていたようで、片眉を上げて唇を尖らせた。
「……確かに謝りに来たみたいだけど。だからって全面的には許せないわよ。花凛が私たちのことを侮辱したのは変わりないんだから」
「……ごめんなさい」
「あら驚いた。貴女、謝罪なんてできるのね」
実千は目を丸くして呟く。
結構な言われようだが、花凛が否定しないのを見るに、彼女も自覚症状があるらしい。
というか今までの評価を考慮すると、三ヶ嶋花凛は相当な悪ガキなのでは……?
俺は訝しんだ。
「ところで、どうして彼女たちは謝罪をする羽目になったのかしら」
近くに居た紗英に尋ねると、彼女は困ったように頬を掻き、
「その……絢華さんにパイプを繋げてほしいと」
「私に?」
「はい。その時にずいぶんな言葉遣いをしたものですから、ああして実千は怒ってるんです」
「なるほどね」
対立している彼女らには悪いが。
こうして求められると、なかなか悪い気はしないな。
ゾクゾクして愉しくなってくるぜ。
「花凛」
「……はい」
「どうして私とのパイプが欲しかったのかしら」
単純に気になって訊いてみると、花凛は右に左に瞳を動かし、口をもごもごと言葉を噛み殺し、やがて睫毛を伏せた。
「……ASTRA//CODEが負けたのは、CRYSTAΛの実力じゃなくて、書き下ろし曲と振り付けのおかげだと思って。だから、私たちもツキシモさんにお願いすれば、一番に返り咲けると」
「ふぅん」
俺の力なんてのは極々些細なもので、例えるなら東京スカイツリーのネジの一本くらいの重要性だと思うが、花凛が勘違い、あるいは妄信しているのであれば、諭してもさほど意味はないだろう。
しかしこのまま彼女らを放置しているのも、自分が原因でギスギスしているようできまり悪い。
ゆえに何かできないかと思案を巡らせて、頭に浮かんだアイデアを口にした。
「じゃあ次の考査で点数が高かったほうに曲を作るわ」
「えっ……!?」
「もうすぐ考査があるんでしょう? ちょうどいいじゃない」
不良漫画ではないが、川辺で殴り合った者同士が友情を育むというのは王道中の王道である。
考査の点数を競うライバルになったら仲良くなってくれるかなと、考えなしに発言してみたのだが。
花凛の左足にちらりと視線をやった結愛が、焦ったように、俺に何かを告げようとしてきた。
「でも絢華さん。花凛は──」
「大丈夫。結愛、安心して。私はできる」
「花凛!?」
結愛の唇に人差し指を添える花凛。
彼女は瞳の奥に何か暗い物を隠しながら、CRYSTAΛの面々に眼差しを送った。
「今度こそ勝つ」
「いいわよやってやろうじゃない! 後悔しないでよね!」
「ちょっと実千!?」
明らかに断ろうとしていた紗英が、意気揚々と挑戦を受けた実千に駆け寄り、焦ったように叫ぶ。
「メリットないって!」
「メリットならあるわ。勝てば気持ちいいもの」
「それだけ……」
ふふん、と胸を張る実千。
がーん、と肩を落とす紗英。
あまりに対照的な二人だった。
◇
足を引きずりながら校舎を出ると、外はすっかり夕日が差していて、地面は茜色に染まっていた。
すでに結愛やCRYSTAΛの四人、絢華さんとは別れており、私は一人で帰宅するつもりだった。
怪我のせいで歩く速度は遅いし、そして何より、独りになりたい気分だったから。
「…………」
アスファルトを眺めながら歩く。
胸に去来するのは絢華さんに提示された勝負。
今回の定期考査は事前に知らされた曲を用い、しっかりお手本通りのダンスができるか、観客の心を震わせる歌が歌えるか、といったアイドルの基本を測るテストとなっている。
しかし私は疲労骨折のため激しい運動が禁止されており、病院から学校に通告が行っているため、隠して踊ろうとしても、間違いなく止められるだろう。
そうなると結愛ひとりにダンスを任せることになり、それ以外の点、つまり歌唱力や表現力で以て高評価を狙っていくことになる。
これでASTRA//CODEが六人グループだったりしたら、私が居なくとも、ある程度の点数が得られたはずで。
「私のせいか」
自分に付いてこられない者を、すべて努力不足と切って捨ててきた。
私を想って注意してくれた結愛の言葉も振り切り、走って、走り抜いて、結局こうして怪我に見舞われ。
なんともまあ自業自得だと自嘲したくなるが、今更三ヶ嶋花凛の生き方を曲げるわけにはいかないし、曲げたくない。
私は私のやり方を貫いて一番になる。
そうしなければ──。
「ただいま」
うだうだ考えているうちに家に到着し、郵便ポストの中に入っている鍵を取り出して、玄関の扉を開ける。
廊下にはテレビの音が響いており、醜悪な臭いを放つゴミ袋の横を素通りし、ゴミ捨て行かないとな、とか考えながら、煌々と光の満ちるリビングに顔を出した。
「お母さん、ただいま」
「…………」
母親は胡乱な眼差しでテレビを眺めており、娘が学校から帰ってきて、あまつさえ挨拶までしたというのに、一切の反応を示さない。
いつも通りだな、と肩を竦めて階段を上がろうとした時。
かすれた声が私の鼓膜を叩いた。
「花凛」
「……お母さん?」
「聞いたわよ。怪我したんですってね」
もしや心配してくれているのだろうか。
まだ人間的な優しさが残っているのか?
なんてずいぶん甘い希望を持つと、
「やっぱり貴女にアイドルは無理なのよ。私と同じ。才能なんてないの。絶対的な才能を持つ人間には、凡百の人間では叶わない。謂わば象と蟻。何千倍も強く光り輝く相手に勝てる道理はないわ」
またいつものお小言だった。
嘆息して階段を上る。
「認められない──」
数年前までお母さんは理想の母親だった。
アイドルを引退し、慣れない家事に苦労していたけれど、笑顔の絶えない家庭で私は育っていた。
しかし、ある日、お母さんは折れた。
ぽっきりと、確実に、大事な根幹がなくなった。
数年前、鮮烈に現れた綺羅星のようなアイドルを見て、元トップアイドルだったお母さんは才能の差を実感してしまったのだろう。
人生を懸けて努力してきたことが、圧倒的な天才にとっては取るに足らないことだと思い知ってしまい、ブリキ人形のようになってしまった。
それから私は家事のすべてを担い、例のアイドルの映像に取り憑かれたお母さんの世話をしながら、東京都第二アイドル育成高校に通っている。
「私が一番なんだ」
周りを焼き尽くす才能を持っていながら、あっさり表舞台から居なくなったあのアイドルなんて、私は認められない。
お母さんがあいつより劣っているだなんて、認められない。
お母さんの娘である私が一番になって、お母さんが誰よりも偉大なアイドルであると証明する。
だからASTRA//CODEが王座から転落するなんて認められないし、疲労骨折程度で諦めていられない。
「今度こそ勝つ」




