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アイドルが群雄割拠する世界にTS転生したので闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブする  作者: 音塚雪見
第一章

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12/17

ほーん凄いライブやなぁ(傍観者)

 ステージに立つと、冷たい風が頬を撫でた。

 あるいは映莉子の錯覚なのかもしれない。これほどまでに熱気立ち込める会場で、空気が冷めるはずないのだから。



「うわあああああああああ!!」



 楽しそうな観客の歓声。

 しかし先のグループに向けられていたものと比べると、いささか見劣りする。



「──こんにちは、CRYSTAΛっていいます!」



 マイクを取って紗英が笑顔を浮かべた。

 緊張など感じさせず。

 ただ自然体で。

 これからのライブが心から楽しみだと言うように、満面の笑顔を浮かべて、ほとんど直角に腰を折る。



「ふぅ……」



 映莉子はそっと胸を押さえた。

 掌に心臓の鼓動が伝わる。

 彼女を襲うプレッシャーの大きさを物語るように、拍動もまた尋常でない。



 大丈夫。きっと大丈夫です。わたくしは胸を張れるくらい、萎縮する必要がないくらい努力してきました。だから自信を持って。観客に目を向けて。みんな期待をしてくれています。有象無象に向ける無垢な期待感かもしれませんが、それでも期待には変わりありません。



「それにしても……」



 緊張が酷いときは聴衆を野菜だと思えばいい、というのはよく語られる話ですが、普通にそれは無理筋じゃないだろうか、と映莉子は文句を言いたい気分だった。



 ステージに移動する前、大真面目に亜咲が教えてくれたけれど。

 そんな彼女の脚もまた震えていたことを、映莉子は見逃さなかった。

 普段は王子様然としていて隙がないのに。



 結構可愛いんですが、揶揄うと怒るんですわよね。

 映莉子は「ふふ」と微笑む。



 愛らしいメンバーの姿を思い返して、彼女は詰まっていた息を吐きだした。

 心なしか身体も軽い気がする。

 うん、これだったらいいパフォーマンスができそうです。



「聞いてください。CRYSTAΛで、『絶対』」



 何度も聞いたイントロが、流れはじめた。



     ◇



 こういう場に足を運ぶのはいつ以来だろうか。

 熱狂の渦に包まれる観客たちを眺めながら、東恩納耕造(こうぞう)は娘の姿を思い出した。



『ええ、ええ、ええ。そうですとも、お父様。最後です。これは最後なのですよ。くだらない口論をするのはこれで最後です』

『……映莉子?』

『わたくしは貴方を説得してみせます。言葉ではなく、それ以上に雄弁な、わたくしのパフォーマンスによって』



 映莉子は従順な娘だった。

 優秀で、欠けるところなく、品行方正。

 東恩納家の娘として何処に出しても恥ずかしくない子供だった。

 ──いっそ、異常とも言えるほどに。



 生意気盛りの子供の聞き分けが良いというのは、大人あるいは親としては助かるものの、少々不自然に過ぎる。

 一般的な環境で育てていれば、程度の差こそあれど、いずれにせよ小癪な振る舞いをするものだろう。

 映莉子にはそれが一切なかった。



「……私が、抑圧していたのかも分からぬな」



 耕造はそっとシルクハットを脱ぐ。

 仕事に邁進し、家庭を顧みず、ここまで走り抜けてきた。

 そのツケが回ってきたのかもしれない。

 あの従順で──機械のような映莉子が、あんな反抗的な態度を見せるとは。



「聞いてください。CRYSTAΛで、『絶対』」



 曲のイントロが流れはじめると、あれほどまでに興奮していた観客たちが、示し合わせたように黙り込んだ。

 水を打ったような、とはこういう様を云うのだろう。

 ある種の異様な光景に耕造は目を見開く。



 そして、何より。

 ステージに立つその姿が。

 愛娘の姿が、輝いて見えたから。



『────!』



 パンフレットを確認し、CRYSTAΛの出番になる直前に会場へ足を運んだため、耕造の居る位置はステージから遥か離れている。

 ゆえに踊る彼女らの表情は見えず、かろうじて誰が誰だか判別つく程度のものだ。

 けれども耕造には分かった。映莉子がどれほど楽しそうに歌っていて、鳥籠から解き放たれた小鳥のように踊っているか。



「……私は」



 間違っていたのだろうか。アイドルなんて俗物的なものは、東恩納の娘に相応しくないからと遠ざけようとして。



 数え切れないほど多くの観客に囲まれているにもかかわらず、耕造は独り、枯れ果てた荒野に放り出された気持ちになった。

 呆然と突っ立って、光り輝くステージではなく、床を眺めて。



『──私を見て!』

「……っ!!」



 きっと偶然なのだろう。

 映莉子の声。それは定められた歌詞をなぞっただけだ。

 それは理解している。

 理解している、が。



 あまりのタイミングのよさに耕造は顔を跳ね上げた。

 ステージで衣装を翻す娘の姿。

 楽しそうにスポットライトを浴びる姿。

 汗を流し、喉を嗄らし、それでもひたむきに努力する姿が。

 万年雪のように凝り固まった耕造の心を、頑固さを、確かに溶かした。



「映莉子──」



 無意識に、彼は涙を流した。

 とうに枯渇したと思っていた雫に頬が湿る。

 反射的に掌を添えると、間違いなくそこには一滴の涙。



「認めざるを、得ないか……」



 耕造が小さく呟くと同時に、楽曲が終了した。

 僅かな空白ののち、観客が爆発する。



「うおおおおおおおお!!!!!!」



 先程までの漠然とした無関心は何処へ行ったのか。

 彼ら彼女らは興奮に血潮を滾らせ、唾を飛ばす勢いで歓声を上げる。

 アウェーの空気を吹き飛ばしたのは間違いなくCRYSTAΛの四人の努力で、耕造の気持ちを動かしたのも、彼女らが精いっぱい奮闘したからだ。



 耕造はシルクハットを被り、表情を見えなくした。

 されどその口元は確かに緩んでいて。

 周りの興奮に流されず会場を後にする背中は、「東恩納家の当主」ではなく、至る所に居る普通の父親のものだった。



     ◇



 ライブの興奮がまだ尾を引いている。



「わ、私たち凄かったよね!?」

「何言ってんの、凄かったなんてものじゃないわよ! 超超超超凄かった!!」

「だよねー!?」



 紗英と実千が熱烈に抱き合った。

 少し前までの軋轢など忘れたように、往年の幼馴染らしく、互いに頬を染めて鼻を啜りながらのハグ。

 普段であれば鬱陶しそうに、しかし微笑ましそうに眺めているはずの亜咲も、先程のライブを想起するように瞼を瞑っていた。



「……うん。上出来だよね」

「なーに格好つけてんのよ亜咲!」

「うわ!? 実千、鼻水が酷いことに!」

「乙女の尊厳を傷つけるようなデマは止めて!!」

「デマじゃないって、ボクの肩に鼻水がぁ!? 煌びやかな衣装がぁ!?」



 きゃあきゃあと年相応のはしゃぎようだ。

 さもありなん、絢華の曲と振り付けを携えて飛び出したステージは、予想以上の大成功だったのだから。

 ここで喜びを爆発させない者は、おそらく人間的感受性が欠落しているだろう。



「…………」



 そして、ここに一人。

 澄まし顔で着替えている少女が居た。

 人間的感受性が欠落しているのだろうか?



 ──否。

 彼女は、東恩納映莉子は、ひたすらに今しがたの舞台を繰り返し思い返していた。

 わたくしはお父様に認められただろうか。お父様に認められるだけの、特別な何かを見せられただろうか。



 歌い終わった後は自信満々だったが、時間が経つにつれて、どんどん灯が小さくなる。今では風前の灯火だ。掻き消えるのも間近。



 映莉子は沈鬱なため息をつく。

 そんな彼女の背中を、実千が力いっぱい叩いた。



「──えい!」

「痛ぁ!?」

「辛気臭い顔しないでよね。こっちまで気分が下がっちゃうわ」

「で、ですが……!」



 文句、あるいは弱音を紡ごうとした映莉子の唇に、そっと指を添える実千。



「大丈夫だって。安心して。さっきのステージは大成功だった。ううん、大成功って形容するのも足りないくらい。超超超超超超超……とにかく言葉が足りなくなるくらいの大成功だったんだから」

「……ふふふ。実千、なんだか馬鹿みたいですよ?」

「はぁ!? 私はアンタの心配をしてあげてるのに!!」



 あははははは、と映莉子は噴き出す。

 その肩にはもう固さは宿っていない。

 不満を漏らそうとしていた実千は、「まいっか」と苦笑した。



「安心なさいよ。絶対に映莉子のお父さんはアイドル活動を認めてくれるし、絢華さんだって……さすがに認めてくれるわ」

「後者は確信がないんですのね」

「絢華さんのハードルって高そうだもの。百点満点のテストで、常に百二十点を要求されるような恐ろしさがあるわ」



 腕を組んで震える実千。

 心底恐ろしい、と言いたげな格好だ。



「そうだよ。ボクたちは全身全霊のライブをした。結果は大成功だった。何も気にすることなんてないさ」

「亜咲……」

「うんうん! 私たち、限界の向こう側のライブができたよね!」



 がばっと紗英は映莉子の手を取った。

 輝く双眸には一切の心配がない。

 そんな彼女らを見ていると、なんだかこんなに不安に襲われている自分が馬鹿らしくなって、映莉子は涙を浮かべながら笑った。



「え、え!? ごめん、私何かしちゃったかな!?」

「うふふふふふ、心配しないでくださいまし。肩の荷が下りたというか、気が抜けてしまっただけですから」



 軽くなる空気。

 そこに、扉の開く音が響く。



 運営スタッフが来たのだろうか──と一同が振り向くと。

 はたして、東恩納耕造が立っていた。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



 唐突な闖入者に誰も言葉を発せない。

 地獄のような空気を作った張本人も話さない。

 ゆえに会場の喧騒からは遠く離れて、この控室だけが、氷河期のような沈黙に包まれていた。



「……お父様」



 ところが救世主現る。

 真っ先に思考が回復した映莉子が、おずおずと前に出た。



「先程のステージ……見ていて、くれましたか」

「ああ」

「──そうですか……」



 それだけ? それだけしか、感想はないの?

 感想とも表現できぬ相槌のみで終了した会話に、映莉子は歯噛みした。

 なんというか、この反応は駄目だ。

 大成功だと浮かれ騒いでいたけれど、認めてくれないかもしれない。



 映莉子は重たく眉を伏せる。

 ──しかし。



「私は勘違いをしていたようだ」

「お父様……?」

「アイドルなど東恩納の人間に相応しくない。ありふれたことだ。無駄に歳を食った老人が凝り固まった思想に固執する。そんな老人になりたくないと願っていたのだがな、どうやら、私はその類の人間になっていたらしい」



 白髪の増えた東恩納耕造。

 されど今の瞳には張りのある光が宿り、衰えを感じさせない力強さで、映莉子の身体を抱きとめた。



「……ッ!」

「認めよう、映莉子。お前はアイドルをやりなさい」

「お父様……っ」

「ただしやるからには全力だ。誰にも追いつけない、天上に光る星になりなさい。東恩納の名を背負って、歴史に名前を刻みなさい」

「もちろんです……っ!!」



 映莉子も耕造を抱きしめ返した。

 いったいどれほど久しい親子の交わりだろうか。

 記憶が薄れるほど昔のことだ。

 けれども、輝かしい今が灰色の道程を塗りつぶす。



「いい話だねぇ……」

「なんだか私、前が見えないわ……」

「ボクも涙が溢れてきたよ……」



 それを傍から眺めるCRYSTAΛの三人。

 ハンカチで以て涙を拭いつつ、たまに鼻をかむ。

 アイドルにあるまじき粗相だが、まあ、今回ばかりは許されるだろう。

 ここに広がるのは温かい家族団欒。誰が無粋に水を差せようか。たとえ悪魔でも気を遣って退散するだろう。



「…………」



 固く瞼を瞑った耕造。

 彼の脳裏に焼き付いたCRYSTAΛの『絶対』という曲。



「……あれは」



 何処かで聞いたことのあるような曲調だったような。

 数年前に耳にして、こびりついた。



「……いや」



 気のせいだろうな。

 誰にも聞こえないようひとりごちて、彼は腕の力を強くした。



     ◇



 いやー凄いライブでしたね(適当)。

 俺みたいな初心者には全然上手い誉め言葉が見つかりゃせんが、とりあえず感動したとだけ言っておこう。

 これで霜月絢華の才能ボディも浮かばれよう。



 会場を後にする観客の波に飲み込まれ、あれよあれよと運ばれるうちに辿り着いたは河川敷。

 現在地点が何処なのかまったく判らんし、道中でスマホを落としたらしく、救助を呼ぶことも叶わない。

 ひとまず大ピンチであることは確実なのだが、今は泣きわめく気分でもないし、堤防に転がって空でも見上げよう。



「……綺麗な空」



 吸い込まれるような青。

 ずっと眺めていると気が狂いそうだ。

 目を瞑って、深呼吸する。



「──あの子たちなら、成し遂げるかもね」



 小さく小さく、自分にすら聞こえないくらい小さく囁いて。

 俺は一発昼寝をかますことにした。

 河川敷で昼寝するとか全人類の夢だろ~?

これにて第一章完結です。

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