たぶんプロにお願いしたほうがいいっすよ
ぐだぐだと回転椅子を回して遊んでいたら自室の扉がノックされた。おそらく紗英たちが到着したのだろう。
しかし完全に油断していたために、俺の身体は椅子からずり落ちて、したたかに腰を打ち付ける。
痛みに涙を滲ませながら、「入っていいわよ」と精いっぱいの強がりをした。
「失礼しま──」
扉を開けて入室してきた紗英たち。
彼女らは口をあんぐりとして、こちらを見下ろしている。
「絢華、さん……?」
「何かしら」
「いや何かしらじゃ……え? 私がおかしいの……?」
いったい彼女は何を訝しんでいるのだろうか。
思い当たる節といえば床に寝っ転がってナランチャ・ギルガみたいなポーズをしていることくらいなのだが。
澄ました顔で立ち上がり、腰に付いた埃を払う。
普段から掃除を怠っていなくて助かったぜ。今着てるドレスは結構高そうだからな。汚したら怒られそうだ。
「さて、よく集まってくれたわね」
「え、いや、今ジョ──」
「紗英。忘れましょう。私たちはきっと夢を見てたのよ」
実千が紗英の肩に手を置く。
何故かやたら哀愁の漂う表情だ。不思議。
俺は首を傾げて、まぁいいやと部屋を出た。
CRYSTAΛの四人は奇妙な目くばせをしながら、無言で後を付いてくる。
「で、貴女たちのために曲を作ったわけだけど」
「……はい」
「あまり期待しないでね」
そうなのだ。まるで稀代の大天才、みたいな持ち上げられ方をしているけれど、俺はそんな大した器じゃない。
いや霜月絢華の身体はレオナルド・ダ・ヴィンチに肉薄する、あるいは凌駕する才能を有しているのだが、それを操作する部分が駄目駄目なのだ。
謂わば数世代型落ちしたコンピュータを搭載した最新型戦闘機。
性能はいいのに中心部分が足を引っ張っているから、暇潰しで作曲するのならばともかく、彼女らのために書き下ろしをするとなると、どうにも自信がない。
言い訳じみた台詞を聞いた紗英はにっこりと笑って、
「大丈夫です。私は絢華さんを心から信頼していますから」
「…………そう」
重い重い重い重い重い!!
信頼が重い!!!
足枷を着けて東京湾に沈められる人はこういう気持ちなんだろうな、と知りたくもない実感を得てしまった。
レコーディングスタジオに到着し四人を部屋に入れる。
「ふわぁ~」とか「凄い……」とか様々な感想を頂戴しつつ、俺はコントロール・ルームに移動した。
『じゃあ一度曲を流すから、通しで聞いてみて』
USBを機械に挿入し、ブースのスピーカーから曲を流す。
「…………」
ここで初めて知ったことなのだが。
俺は今まで誰かに曲を直接聞かせたことがない。
ゆえに気付かなかったのだけど、目の前で自分の作った曲を誰かが聞いている状況というのは、非常に小っ恥ずかしいものらしい。
視聴者の顔が見えないネットとはまったく違う。
『…………はい』
四分少々の羞恥地獄に耐え、さも何も気にしていませんよ、みたいな顔をしてブースに移動する。
CRYSTAΛメンバーの反応はどうだろうか。
謙遜はしたが、それはそれとして、「いやぁクソみたいな曲っすね!」とか言われたら世を儚んでしまうかもしれない。
「……す、凄いですよ絢華さん!」
「うお」
「なんというか『これぞCRYSTAΛ!』って感じがして、曲調もさることながら、特に歌詞が滅茶苦茶共感できました!!」
鼻息荒く、その生温かさすら感じ取れる距離まで詰めてきて、紗英は興奮気味に瞳を輝かせる。
褒めてくれるのは嬉しいのだが近すぎる。
俺は彼女の額を押して、腕一本分の距離を空けた。
「気に入ってくれて何よりだわ」
「これなら……映莉子のお父さんもきっと、納得してくれます」
「そうですわね。あの頑固親父──お父様も、さすがに折れざるを得ないでしょう。そんな未来が視えましたわ」
いつもはぽやぽやしている映莉子も、何処か高揚したように呟く。
「この曲を歌いこんで、あとはダンスを猛練習すれば、絶対目的を達成できるよ!」
「精々頑張りなさい」
「それで絢華さん! 振り付けは!?」
「……?」
「え、絢華さん?」
いったい紗英は何を言っているのだろうか。
俺が求められたのは作曲だけで、ダンスは埒外なのだが。
「もしかして振り付けまで私が担当するのかしら」
「絢華さんの曲に一番合うのは、絢華さんの振り付けだと……」
「たぶんプロにお願いしたほうがいいわよ」
つーか振り付けとか考えたことねーし。
漁師に山のこと訊くようなもんですよ。
「え、でも絢華さんダンス凄いキレキレでしたよね。ボク見惚れちゃいましたよ。しかもあの時は即興で踊ってて──むごむご」
余計なことを言う王子様の口を塞ぐ。
亜咲は不満げに上目遣いを向けてくるが、こっちもこっちで労働量が増えるか否かの瀬戸際なのだ、全力で抵抗させてもらう。
しかし耳ざとく聞きつけた紗英は両目を燃やし、胸の前で手を合わせて、膝にデコが付くんじゃないかってくらい激しく腰を折った。
「お願いしますっ!!!」
残りの三人からも期待の眼差しが降り注ぐ。
表現こそ可愛いが威力が尋常でない。
それはもう、流星群の雨のようだ。
「…………はあ」
俺は思いっきりため息をついた。
嘆息くらいしか、取り得る抵抗の手段がなかったとも言える。
◇
わたくしは悠然と廊下を歩く。
目的地はお父様の部屋。
瀟洒な意匠の扉を視界に収め、深呼吸を一つ。
自分の内側に意識を向けると、心臓がどくどくと大きく波打っていました。
きっとこれからの行動に対する緊張と──期待ゆえに。
大丈夫。わたくしは、わたくしたちは血の滲むような努力をした。
それはあのお父様の考えすら変えられるほど。己を信じずして、何ができましょう。
口角を上げ、わたくしは扉を開きます。
ノックもなしに。
「──映莉子?」
いつの間に白髪が増えたのか、記憶の中よりも老けた印象のお父様が、丸眼鏡の位置を調整して嘆息しました。
「部屋に入るときはノックくらいしなさい。……最近のお前は東恩納家の者としての自覚が足りなすぎる。アイドル活動はもう辞めたのか」
「それについてです。お父様」
「む?」
ポケットから丁寧に折りたたまれたパンフレットを取り出します。
つかつか机まで歩いていって、力強く叩きつける。
淑女らしからぬ所作にお父様は目を白黒させていましたが、パンフレットに書かれた情報を読み取ると、表情を硬くしました。
「……なんのつもりだ」
「書いてある通りですよ」
「アイドルフェスだと? くだらない。そんなイベントに足を運ぶ暇が、この私にあると思うのか」
「あら。何事も直接その目で確かめるのが、お父様の流儀ではなくって?」
「……口だけは達者になったのだな」
はあ、とため息をつくお父様。
先程よりも更に年嵩を増したような。
パンフレットを手に取り、目を細めます。
「明後日か……たまの休みだと思っていたのだがな」
「娘の成長を見守れるなんて、素晴らしい休日の使い方だと思いますけれど」
「悪い男に染まった愛娘を目の当たりにする気分だよ。まったく」
疲れたように椅子から立ち上がり、お父様は窓の外に視線を投げました。
「最後だ」
「…………」
「これを最後に、アイドル活動は辞めなさい」
今まではなぁなぁで許してきたが、最近は言動にも影響が及んでいる。さすがに捨て置けないぞ。
とお父様は沈鬱に呟きます。
「最後、ですか……」
わたくしは復唱して。
──にぃ、と頬を緩めました。
「ええ、ええ、ええ。そうですとも、お父様。最後です。これは最後なのですよ。くだらない口論をするのはこれで最後です」
「……映莉子?」
「わたくしは貴方を説得してみせます。言葉ではなく、それ以上に雄弁な、わたくしのパフォーマンスによって」
言うべきことは言ったので部屋を後にする。
背後からは訝しげな眼差しが刺さっているような気がしましたが、振り返る必要もないでしょう。
再びお父様と顔を合わせるのは、アイドルフェスの日。
感動に涙を流し、わたくしの活動を許可する時なのですから。




