引退アイドルみたいな言動してるけど普通に未経験
世はまさに大アイドル時代。
数え切れない綺羅星たちが群雄割拠し、歌って踊って覇を競う修羅の時代。
一般大学生だった俺は自分が転生者であることに気が付いた。
あと性別が変わっていた。
股座にあるべき相棒の姿はなく。
鏡に映る自分の姿は、恐ろしく美しかった。
かといって俺は人前に出るのも苦手だし、世の風潮に従ってアイドルを目指すのも憚られる。
この美貌が埋もれるのも勿体ない気がするけれど、致し方あるまい……。
と諦めようとしていたある日。
天啓が舞い降りた。電撃のように。
「そうだ、闇堕ちした天才アイドルみたいなムーブをして遊ぼう……!」
転生した身体の持ち主、霜月絢華は非常に金持ちであった。
あらゆるものが揃っているせいで、人生に張り合いがない。
彼女の意識は身体の中で眠っているようだが、鬱屈とした退屈だけは変わらず感じていた。
そこで思いついたのが闇堕ちした天才アイドルごっこである。
俺の見た目はアイドルも裸足で逃げていくほど整っているし、あとは意味深な言動にさえ気を付ければ、問題なく天才アイドル面できるだろう。
ということで早速行動開始。
部屋に仕舞いこまれていた黒のドレスを纏い、近所で開催されていたアイドルのフェスに参加した。
「…………」
アンニュイな雰囲気を醸し出しながら壁にもたれかかる。
へーあの子歌うまいなぁ。良し悪しとか分からんけど心に響くわぁ~(適当)。
馬鹿げたことを考えているとは悟られないように、見た目だけはクールビューティー。
そんなことをしていると、何番目かのアイドルグループの歌に紛れて、すすり泣くような声が聞こえてきた。
すわ心霊現象かしら。
と周囲を見渡すと、某ニチアサの女児向けヒーローみたいな衣装に身を包んだ女子高校生くらいの少女が、壁に額を押し付ける格好で泣いていた。
「えぇ……」
思わず困惑の声を漏らしてしまう。
その声を耳にしたのか、彼女は静かに顔を上げる。
「…………」
「…………」
まさにアイドル、という感じだった。
衣装は言わずもがな、纏う雰囲気もまた輝かしいもので。
涙でメイクがぐじゅぐじゅになってさえいなければ、ステージでスポットライトを浴びるに相応しい見た目だっただろう。
「……あっ、すみません。迷惑、でしたよね……」
黙って見つめていたのが勘違いを生んだのか、彼女は鼻を鳴らし、とぼとぼその場を去ろうとした。
ので適当に声をかける。
もちろん何を喋るかなんて決めていない。
俺は闇堕ちした天才アイドルごっこをしに来たのだから、こんな面白そうな現場を逃すわけにはいかないのだ。
「──貴女、さっきステージに出てたアイドルよね」
「は、はい。……私のこと、覚えててくれたんですね」
「これでも記憶力には自信があるの。ましてや貴女みたいな原石を見逃すほど、私の目は節穴じゃないわ」
「原石……?」
あかんミスったかもしれん。
調子に乗ってべらべら舌を回してみたのだが、目の前の少女は不思議そうに首を傾げている。
妙な発言でもしたかしら。
なんて振り返ってみるが、沈黙が続くと更なる違和感に繋がりかねん。
ここは強引に勢いだけで乗り切る……!!
「歌、自信がないの?」
「……っ」
ぴくり、と肩を震わせて。
「……お客さんに見破られるなんて、全然取り繕えていませんね。……はい。私、アイドル向いてないみたいで。小さい頃からきらきらしたアイドルに憧れてたんですけど、人前に出ると、緊張で喉が引きつるんです。脚が震えてまともに踊れないんです。さっきも失敗して……あはは、こんな私がアイドルを目指すなんて、烏滸がましいにも程がありますよね」
お、重~。
予想してたよりもだいぶ重い回答が来たな。
俺の予想では、
『いやーマジ今日喉がぴえんで! なんか調子? つーか風邪っぽくて! あちきなら余裕でアイドルできっしょみたいなノリでステージウェイしたんすけどォ、やっぱ歌とか無理っした!!』
くらいの軽めの相談が飛んでくると思ったのに……!!!
返答に困って押し黙る。
見ず知らずの相手に心情を吐露した彼女も押し黙る。
結果として、固有結界じみた沈黙の空間が形成された。
音楽鳴り響くアイドルフェスのはずなのに。
「……だから、私もう諦めようと思って」
「諦める?」
「はい。アイドルなんて向いてなかった。だから、もう辞めるんです」
──今日が最後のつもりでステージに上がりました。それであんな失敗をしちゃったんですけどね。
と彼女は自嘲するように苦笑した。
思わぬ展開に思考が止まった俺は、何か彼女を励ます方法はないかと一瞬で頭を回して、閃いた作戦に考えなしで飛びつく。
「……っ!?」
一言で表すと、ハグ。
俺と彼女とでは身長差がかなりあるから、俺の胸あたりに彼女の顔が来る形だ。
長い黒髪が二人だけを分かち、世界を遠ざける。
「お、お、お姉さん……?」
「緊張。溶けたかしら」
「あ……」
あかん考えなしに抱き着いてしもた。
これってセクハラとかになるのかな。
いや同性だし犯罪にはならないか?
でも元男だってバレたら捕まるかも……!!
「ふふ、私も昔、そういうことがあったから」
「え……?」
「貴女は、アイドルを諦めないほうが輝けるわ」
焦りで背中に汗が滲みまくる。
例えるならばナイアガラの滝。
今すぐここから逃げ出したいという思いでいっぱいで、自分が何を喋ってるのかも意識していなかった。
「じゃあね」
「あ……」
ぱっと離れて会場を後にする。
彼女が放心している間に逃げなくては……!
「ま、待ってください!」
それなのに後ろから声をかけられた。
さすがに無視するわけにもいかないから、嫌々振り返る。
「あ、貴女は! どうしてそんなに、つまらなそうにしてるんですか……!?」
はぁ~? つまらなそうだと~?
元々そういう顔なんだよ文句あるか。
というか逃げ出したいんだから足止めしないでね。
「私、もう嫌になったの」
「え……」
「だから、さようなら」
私、(この場に居るのが)もう嫌になったの。
だから(これ以上話しかけないでねお願いします)、さようなら。
呆然とした表情の彼女を置いて、俺はなんとか会場から逃げ出すことに成功した。
危ない危ない。
ちょっとした暇潰しのために人生棒に振るところだったぜ。
◇
小さい頃からの憧れだった。
画面の向こうでスポットライトを浴びる姿。
汗が輝き、それ以上に「彼女ら」が輝いて見えた。
アイドル。
私の夢の結晶。
──そして、私を縛り付ける呪い。
各都道府県に数多く存在するアイドル育成学校。
私、雨森紗英は憧れのアイドルになるためにそこへ進学して、どうしようもない現実を目の当たりにした。
両親から天才だとおだてられていたダンスは、クラスでは下から数えるほうが早かった。
歌だけは自信があったけど、それも人前で披露するとなれば、緊張に喉が震えて実力が出せない。
お情けでグループに所属できるようにはなったけど……空気が私を拒絶していた。
解るのだ。誰も私を必要としていない。
むしろ、嫌がって押し付け合いをしている。
アイドル育成学校に進学すれば、勝手にアイドルになれると思っていた。
なんともまあ、都合のいい妄想だこと。
私は姿見に映る自分を眺めて嘲笑する。
双眸に浮かぶ雫には気づかないふりをした。
今日は課外授業でとあるフェスに参加している。
練習の成果を見せる機会にして──私の最後の舞台。
「ねぇ紗英。アンタ向いてないよ」
舞台袖で声をかけられた。
振り向くと、グループのリーダーである贄田実千が腕を組んでいる。
「……分かってるよ」
「分かってないでしょ。本当に理解してんだったら、のこのこ顔なんか出せないもん」
悔しさに拳を握りしめて……力を抜いた。
そうだ。実千の言う通りだ。
私にはアイドルの才能がなかったし、こうしてグループに迷惑をかけることだけが能。
だからこそ今日を以て夢を捨てて……学校を辞めることにしたのだ。
「今日はさ、私らにとって大事な日なの。知ってる? トップアイドルのお眼鏡にかなうチャンスなんだよ。それが紗英のせいで潰されるなんて堪ったもんじゃない。お客さんの前で歌えない奴が、アイドルになれるはずない」
「…………」
「はっ。文句も言わないんだ。いつもそうだね。アンタはいつもだんまり。『気が小さいんです~』って小動物みたいに丸くなって、ステージでもマイクを握ったままだんまり。震えるばかりで声も出さない」
吐き捨てて、実千は髪を翻した。
それ以上は何も言わずステージへ足を運ぶ。
他のメンバーも私を放置してスポットライトの下に出ていった。
反してカーテンの裏、暗闇に紛れる自分。
幼少期に思い描いていた将来とはかけ離れた現実だった。
──そして、案の定。
私はステージで大失敗をやらかし、逃げるようにその場を走り去る。
本当はきちんとみんなに話をしようと思っていた。
それなのに、目頭がカッと熱くなって、こめかみが重くなり、気が付けば身体が勝手に動き出していたのだ。
「はぁ……ぐすっ、はぁ……」
息を切らせて辿り着いたのは会場の壁際。
ステージからは遠く離れており、周囲に人影はない。
ここならば涙を見られることはないだろうと、壁に額を押し付けて──。
「えぇ……」
誰かの声が鼓膜を叩いた。
気のせいだろうか、と顔を上げると、先程まで誰も居なかったはずなのに、確かにそこに女性が立っている。
「──────」
死神。
私の胸に最初に浮かんだのは、その言葉だった。
「…………」
「…………」
艶やかな真っ黒のドレスに身を包み、切れ長の瞳で世界を睥睨する姿は、まさに神聖で不可侵な聖女──あるいは誰しもに絶望を与える死神のようだ。
視線が交わっているはずなのに、顔に色はない。
氷のような表情に意識を奪われていると、私は「はっ」と意識を取り戻した。
「……あっ、すみません。迷惑、でしたよね……」
いけない、いけない。
死神なんて非科学的な存在が居るはずもない。
ということはこの人はフェスに来たお客さんで、私は楽しい気分に水を差す妖怪泣き虫女になってしまっているということだ。
ステージは遥か遠く、アイドルの姿はおろか声も聞こえない可能性がある壁際に立っているのは不可思議だが、彼女の纏う雰囲気が妙にマッチして、不思議と納得していた。
「──貴女、さっきステージに出てたアイドルよね」
えっ、と。
立ち止まる。
「は、はい。……私のこと、覚えててくれたんですね」
いや、まあ、そうか。
ステージで立ち尽くしていたアイドルなんて。
記憶に残って当然か。
「これでも記憶力には自信があるの。ましてや貴女みたいな原石を見逃すほど、私の目は節穴じゃないわ」
「原石……?」
鼓膜を甘く揺らす声に意識が遠くなりそうになりながら、私は不可解な発言に首を傾げる。
「歌、自信がないの?」
「……っ」
見破られてしまった。
それも一切の躊躇をせず、ぐじゅぐじゅになった傷口に、ナイフを突き刺された。
本来ならば憤る場面だろう。反論すべきだろう。
しかし私は無意識に、この人にならば弱音を吐けると口を開いていた。
「……お客さんに見破られるなんて、全然取り繕えていませんね。……はい。私、アイドル向いてないみたいで。小さい頃からきらきらしたアイドルに憧れてたんですけど、人前に出ると、緊張で喉が引きつるんです。脚が震えてまともに踊れないんです。さっきも失敗して……あはは、こんな私がアイドルを目指すなんて、烏滸がましいにも程がありますよね」
でもいきなりの話に彼女は困ってしまったみたい。
静かに目を細めて、何も言わない。
ああ、困らせてしまった。
申し訳ないな。
「……だから、私もう諦めようと思って」
「諦める?」
「はい。アイドルなんて向いてなかった。だから、もう辞めるんです」
──今日が最後のつもりでステージに上がりました。それであんな失敗をしちゃったんですけどね。
私は自嘲するように苦笑する。
そう呟くと彼女は一瞬まつげを伏せ、
「……っ!?」
抱きしめてきた。
むぎゅ、と柔らかい感触に身体が包まれる。
深い夜のような香水が鼻腔をくすぐって、彼女の黒髪が真っ白な顔を縁取り、彼女のことしか目に映らなくなってしまった。
私はカマキリの捕食を想起して、自然と身体を委ねそうになり、慌てて理性を取り戻す。
「お、お、お姉さん……?」
「緊張。溶けたかしら」
「あ……」
なんだ、私を気遣ってくれていただけだ。
それなのに失礼な想像をしてしまって恥ずかしい。
「ふふ、私も昔、そういうことがあったから」
「え……?」
「貴女は、アイドルを諦めないほうが輝けるわ」
貴女は、って……それはいったい。
尋ねようとして、彼女に伸ばした手は霧を掴むように宙を掻いた。
「じゃあね」
「あ……」
駄目だ。
私の勘が囁いている。叫んでいる。
彼女とここで別れてはいけない。
私を救おうとしてくれた人が、あんな退屈そうな顔をしているなんて!
「ま、待ってください!」
小さくなっていく背中に声をかける。
果たして彼女は足を止め、静かに振り返った。
「あ、貴女は! どうしてそんなに、つまらなそうにしてるんですか……!?」
……あ。
これってずいぶん、失礼な物言いじゃない?
切羽詰まっていたから考えなしに発言したけど、冷静に俯瞰したら。
サーっと顔が青くなるのが感じられた。
私はなんということを。
──その時。
「私、もう嫌になったの」
「え……」
「だから、さようなら」
意味深な言葉を残して、あの人は去っていった。
もう嫌になったの。
全然説明が足りないけれど。
たぶん、あの人の笑顔を奪うだけの「何か」があったんだろうなってコトだけは。
なんとなく、理解できた。
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