誰だって抱えるような感情
――――シモン中央学園・訓練室/夜――――
草木が布団に入るであろう深夜、頑強な石材で作られた訓練室。
もうすぐ夏だと言うのに、アルビオンは大八洲より春の寒さが残っている。
昼間ならば生徒が和気藹々としながら、魔力を練り上げて魔術を構築するが、夜闇を舞台に星空が議論し月が進行を司る時間帯では人っ子一人いない。
本来ならばの話であるが。
「⋯⋯っ」
制服を身に纏いピンと背を伸ばしている少女が一人、肘から手首ほどの長さをした杖を振っている。
勿論、こんな夜中にも勤勉に訓練をしているのはカリスタ・アルブレヒトに他ならない。
「やぁカリスタ、君は随分と勤勉だね?」
「⋯⋯最近の教師はストーキングも仕事なの?」
夜間校舎の見回りをしているところで、訓練室で勤勉に魔術の練習をしている彼女に声を掛ける。
皮肉を飛ばされるが、アルビオン王国でこのくらいは日常茶飯事だ。特に気にせず話を続けよう。
「いやね、こんな夜中に訓練をしているのは勤勉で結構だけど、夜の見回りをしている先生としてはいただけないというだけだよ」
「ふうん、でもそれがどうしたの?ここはシモン中央学園だし、生徒の警護なんていらないと思うけど?」
「ま、それを言われたらそうだけどさ、相手がお行儀よく攻めてくるだなんてことはないからね」
シモン中央学園は魔術学会の本拠地も兼ねているため、様々な警備用魔術が仕組まれている。
ゴーレム、遮断壁、アラームと監視システム、学者にとって研究は黄金よりも大切だ。創設されてから十重二十重にも重なったシステムは、そう簡単にすり抜けられるようなものではない。
もしも僕が魔術学会の研究成果を盗んでこいと言われたら、正面から盗むようなことはしない。そんなことは絶対にしたくないし、何が何でもしたくない。
したとしたら夜明けすら待たず物言わぬ躯となっているだろう。
「それにほら、大人ってのは外面があるからね、こんな夜中に訓練をしている生徒を叱らないのいけないのさ」
「大人って面倒ね」
「だろう?あぁでも、その訓練は止めはしないよ、一応この場にはいるけど好きなようにどうぞ」
そう言ってから僕は近くの横長の椅子に座る。
「⋯⋯そ、邪魔しないのなら別にいいけど」
カリスタはふいと訓練室の的に視線を戻し、杖を構える。
「生成と消滅のその先」
片手に持った杖を握りしめ、空中に文字を描くように振るうと、何もなかった空中に一つの赤い魔法陣が生み出される。
「揮発性の象徴かつ支え」
次に杖を振るうと、赤い魔法陣に折り重なるように緑色の魔法陣が作られる。
やがてそれらの魔法陣は身を抱き合うように完全に重なり合い、カリスタの一言で発動する
「―――――っ、行けっ!」
瞬間、魔法陣が鋭く光る。
まるでネオンライトのように綺羅びやかな光線は、的の頭を的確に穿つ―――だが、それだけでは終わらない。光はぐにゃりと真反対に曲がり、七度も曲がった後にようやく止まることを選んだ。
その破壊力は圧巻の一言であり、後ろで座っているだけの僕ですら空気が焼き焦げるような匂いを感じ取れた。
無論そんなものを向けられた的は耐えられるはずもなく、穴だらけになって破壊し尽くされている。
⋯⋯まともに受け止めたら負けるなぁ、あれ。
しかしこんな恐ろしくも素晴らしい、圧倒的な才能を見せられたら思わず拍手してしまうものだろう。
彼女のその才能と努力には、有無を言わさせず拍手させるほどの圧倒的な、かつ驚異的なまでの実力があった。
実際、僕は無意識に拍手していた。
「いやぁ⋯⋯随分とすごいなぁ、天才ってのはやっぱり一味も二味も違うみたいだね」
「天才、天才ねぇ⋯⋯」
しかしカリスタは称賛を受けたというのに怪訝そうな表情をしていた。
彼女は杖を持って掲げていた片腕をだらりとおろしてから一人で語り始める。
「いつもそう、周りの人達は私を天才だの何だのって持ち上げて⋯⋯私からすれば、きちんと計画を立てて日々努力をすれば出来る筈のことをしているだけなのに、それの何が天才なの?それがなんで天才と呼べるの?天才ってのはもっと凄くて、凄まじくて⋯⋯」
「⋯⋯君が特別対応教室に入った理由は知っているよ」
カリスタ・アルブレヒト。
元々は成績優秀で文武両道、科挙圧巻にして才学非凡な生徒。
テストでは学年上位どころではなく、文字通りに学年の一位や二位を争う程に賢く、そして才能溢れる、教師陣にすら匹敵する傑物にして俊傑にして怪物。
しかし彼女は今現在特別対応教室の生徒、即ち問題児として扱われている。
それはなぜか?
「君は他生徒に教えようとしたけれど、それが原因で沢山の諍いや喧嘩があったからね、問題児としては扱われるのは無理もない」
彼女は何度拒絶されたとしても、他生徒に教えるのをやめず、そのたびに諍いを重ねては返り討ちにし、そうして彼女は問題児として特別対応教室に組み込まれることとなった。
ついこの間も他生徒に教えようとしたら喧嘩に発展しそうになり、そして危うく訓練室を丸ごと吹き飛ばしそうになった。
「そしてそれを止めようとした教師も殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたり吹き飛ばしたりと、いやまぁ、そりゃあ問題児扱いされるよ⋯⋯」
「眼の前で不出来な生徒がいるのに、それを治すことなく放置する教師なんていらないでしょ?」
「⋯⋯まぁ、それは怠慢かもしれないけどさ」
しかし、生徒間の喧嘩を一回行った程度では問題児にはならない。
それが意味をするのは、彼女は何度も他生徒に教えようとし、幾度も拒絶されて喧嘩をしたということだ。
そしてそれを止めに来た教師や生徒を、幾度も返り討ちにしたからこそ問題児として特別対応教室に組み込まれることとなった。
ではここで当然の疑問が浮かぶ。
なぜカリスタ・アルブレヒトは他者に教えるのをやめなかったのか。
「―――――カリスタ・アルブレヒト、君は他人に期待をし過ぎているんじゃないかい?」
『期待』
他人が自身の思い通りに動くと思い込むもの。
どうしようもなく重たいくせして、勝手に背負わされるもの。




