カリスタ・アルブレヒトの独白録
私が初めて橘 立花を見たとき、はっきり言ってしまえば、随分と冴えない人物だと感じた。
髪は整えていないし、使い古したアンティークトランクだし、ヘラヘラと貼り付けたような笑顔を常にしているし、どう見たって信頼に値する人ではない。
黒板に書いた文字は大文字と小文字が入り乱れ、教室に入ってくる歩み方は警戒心なんてものが微塵もなかった。
それどころかどうやってこの学園の教師として入ったのか、学園長から推薦状を貰っているような人間だとは当然思えないと考えるのは当然のことだった。
つまるところ、私は彼が学園長に取り入ってもらって、どうにかしてもらったと思っていたけれど、その推理は確定的に間違っていた。
橘 立花は紛れもなく、疑いようもないほどに、推薦状をもらえるほどの実力があった。
私達、特別対応教室が負けたのは出会った初日の一回だけではない。
その後の日々は数十回の仮想的死を経て、誰一人として彼に一撃を与えることが叶わなかった。
クラス全員が一斉に襲いかかったとしても、的確に誰から対処すればいいかを判断出来る。
落葉が舞い上がるが如く隙間のない魔術を、正確かつ的確な威力で隙間を作り回避する。
広範囲の魔術で袋小路にしようとしても、即座に見抜いて真っ先に狙ってくる。
でも、それだけならただの強者で、ただの古強者だ。
けど橘 立花は一切の容赦が無かった。
首をねじ切ったり、死体を盾にしたり、四肢を切り落として恐怖を振りまいたりと、はっきり言ってそれは行儀の良い戦い方とは言えなかった。
異常なまでに殺戮に対して効率的な手段を選び取れて、そしてそれを遂行できるほどの実力と非常さを持っていた。
彼自身も痛覚が或るはずなのに、必要とあらば平然と片腕を犠牲にして殺しにかかってくる。
肉と皮がねじ巻きのように引っ張られて骨が折れる感覚、肋骨を何本も折られて呼吸すらままならない焦り。
それらの仮想的死亡を終えて脂汗と怖気で震えている私達をよそ目に、淡々と改善策を提示して来る姿。
その姿は、悪意や憎悪すらない、最高効率だけを求める殺戮兵器といったような印象を受けた。
だというのに、彼は自身を平凡と偽っている。
非凡ではない、並々ならぬ実力と経験を持っているはずなのに。
だから、その卑屈に怒りを込めつつも私は質問したが、彼はへらりと笑った。
「なんでアンタはそうやって自分の姿や才能を普通だと偽るの?私達を一瞬で殺せるくらいには強いのに」
「見栄を張ると面倒事がついてくることもあるんだよ。それに弱そうな見た目をしていたら、大半の相手は油断してくれるからね」
「それはただ自身の卑屈から目を逸らしているだけじゃないの?」
「過ぎた自信は傲慢と慢心になり得るんだよ」
のらりくらりと返答を交わされたけれど、一つだけわかったことがあった。
あれは、どうしようもなく自分を嫌悪している。
諦観と自己嫌悪、自信がないどころの話ではない、表面的には一般人を装うことはできているが、その中身はコールタールよりも陰鬱で重苦しい深淵だ。
その思考は事実しか認識できないが故に、自身の腕前に一切の信頼も信用もなく、だからこそ全力で下準備をするのだろう。
それは或る種の機能美。
自身を殺戮兵器に落とし込んだかのような生き方と考え方だ。それは天才でもなんでもない、ただの狂人だ。
首をねじ切るのは、そこが致命的な部位と知っているから。
生徒の死体を盾にするのは、それが一番効率的だから。
四肢を切り落として恐怖を振りまくのは、恐怖で退く瞬間を生み出すためだから。
あの日見た、最も美しい魔術を作った天才のような才人ではなく、それだけを求めたが故に、それ以外を削ぎ落とした装置のような人間。
確かに、あれは非凡かもしれない。
だけど、私はあれを天才とは認めない、だからといって凡人とは認めない。
いったいどのような人生を送ればああなるのか、全く検討がつかない。というよりも、想像すらしたくない。
あんな人間が、へらへら笑っているのが、私は受け入れられないし認められない。
あれほどの強さを持つのならば、それらしく振る舞うべきだ。胸を張って示し、誇るべきだ。そうでなければ、真の凡人は他人との才覚の差に絶望することしかできなくなってしまう。
――――――だから、私はあの先生を認めない。




