強者の理論と弱者の感情
――――シモン中央学園・食堂/昼――――
広い部屋にガチャガチャと食器とカトラリーがぶつかる音が響く。
それもそのはず、ここは食堂である。
あのような騒ぎはあったが学園は平穏そのものだが理由は単純、あれくらいの騒ぎは日常茶飯事だからだ。
⋯⋯いや、まぁ、死人が出る規模はめったにないのだけれど、一ヶ月に一回くらいしかないのだけれど。
それはさておき、シモン中央学園の食堂の良い点は量が多いのが良い、それが良い。
味に関しては僕はあまり文句を言えない体なため語らないが、栄養価も考えられているのも素晴らしい。
それに加えて生徒と教師はおかわり自由だ、これは良い、悪くないどころかかなり良い。
風呂が心の洗濯なら、食事は内臓の給料だ。
僕は上機嫌になりながら席につくと、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「⋯⋯うわ、何その組み合わせ」
そう言ったのは、僕のランチプレートが調子に乗った馬鹿のバイキングみたいな状況を見た女生徒、カリスタ・アルブレヒトだった。
先ほど喧嘩をして、危うく訓練室内の殆どを消し飛ばしそうになった少女でもある。
彼女の驚愕と不理解の視線に対して、僕はこう返す。
「何言ってるんだい、体が資本なら食事はパトロンだよ、まぁ先生の場合は単純な癖みたいなものなんだけど、過去の習慣ってやつだね」
「へぇ⋯⋯まぁ、いいや、ちょうど話したかったし」
そう言って彼女は、手に持っているプレートを机においてから僕の前に座った。
カリスタの食事は様々な具材が挟まれたサンドイッチ、それに加えて紅茶だった。実にアルビオン人らしい昼食である、些か量が少ないのが気になるが。
「ねぇ、なんで私を助けたの?」
彼女はサンドイッチを一口飲み込んでから、僕に質問した。
ここで僕が不思議に思ったのは言うまでもないだろう。
なぜ『彼ら』ではなく『私』なのか、なぜ罵詈雑言を投げかけた生徒らを助けたのを聞くのではなく、なぜ己を助けた理由なのか?
普通ならば喧嘩した相手を恨むのが筋というものだろう、それが子供同士ならばなおさらだ。だからといって彼女が大人しい性格かといえば、それはこれまでの行動から考えて違う。
「その言い方じゃあ君は罰されたいみたいに思えるね、被虐趣味っていうわけじゃないんだろう?」
「⋯⋯でも、私は感情に身を任せて魔術を使った、それは罰されるべきことじゃないの?」
「それはそうだけど、流石にあの規模と火力だったら君は死んでいただろうからね。流石に生徒が死ぬような状況は見逃せないんだよね、ほら、一応教師だからさ」
「一応って⋯⋯学園長から推薦状まで貰っておいて適当すぎない?」
それを言われたら何も言い返せないのである。
「というか前々から気になっていたけれど、よく推薦状のこと知っていたね?」
「勿論、というか当たり前でしょ?新任講師が学園長直々に推薦状を貰っただなんて、むしろ噂話にならないほうがおかしいんじゃないの?」
「それはまぁ確かに⋯⋯ちなみにどのくらいの規模で噂に?」
「著名の教授陣が話すくらいには」
「⋯⋯⋯⋯」
僕は頭を抱えた。
比喩表現とかではなく、行動として。
やっぱりあの推薦状は僕みたいな、僕のような木っ端傭兵なんぞに与えちゃいけないモノだろうに。なんで与えたんだセフィラ後輩、それとも本当に頼れる人物が僕以外いなかったのか?実践経験のある人物がほしいなら軍部にでも頼めば良いものを。
詳しいことは知らないが先輩は魔術学会から追放されたらしいから仕方がないとはいえ、セフィラの学園長の地位や権力を活用すればどうにかできると思うが。
まぁ、こちらとしては仕事が貰えるのは嬉しいことこの上ない、給料も良いし命の危機も殆ど無い。
「⋯⋯やっぱり、理解が出来ない」
僕が思考を巡らせつつ食事を機械のように構内に運んでいたところ、カリスタは質問のように口を開いた。
「なんでアンタはそうやって自分の姿や才能を普通だと偽るの?私達を一瞬で殺せるくらいには強いのに」
「見栄を張ると面倒事がついてくることもあるんだよ。それに弱そうな見た目をしていたら、大半の相手は油断してくれるからね」
「それはただ自身の卑屈から目を逸らしているだけじゃないの?」
「過ぎた自信は傲慢と慢心になり得るんだよ」
「それに授業の内容も低レベル過ぎるし、なんであんな初歩からするの?」
「君は理解出来ているかもだけど、他の生徒は違うのさ。君は天才の区分に入れていい才能を持っているんだ、凡才と天才を同列に語るのは無理というものだろう?」
「私は天才じゃない!」
カリスタ・アルブレヒトは唐突に怒鳴った。
僕の発した天才という言葉が気に障ったのか、それとも単純に僕の態度が気に食わずにフラストレーションが溜まっていたのか。
だが彼女の怒号は騒々しい食堂の会話に紛れ、誰も気にやしなかった。
「私は天才じゃない、ただ努力してただけ、私なんかが天才だなんてのは、本当の天才に失礼なの」
カリスタは机に乗り上げ、強い意志かつはっきりと発言した。
まるで強迫観念のような言い回し、そして意志力ではあるが、彼女の瞳は正気そのものであり、狂気が介在する余地は見えない。
⋯⋯しかしまぁ、彼女の態度には引っかかるものがある。
というよりも気になるところがある。
なぜ彼女が教えたがりなのか、そしてそんなに真面目なのか。気にならないといえばそれは嘘になる。
あまりやりたくはないし得意ではないが、ココは一つ先輩の真似事をしてみよう。
「⋯⋯君から言わせてみれば、他の生徒は努力をせず怠慢な日々を送っていると言いたいのかい?」
「努力をしないで留まり続けるのは愚かで怠慢だし、不幸だからといって庇護されようとするのは卑怯で小賢しいと思わない?」
「そうだね、それに関しては同意だ」
「そう?じゃあならどうして――――」
「だけど、それは強者の生き方だ」
彼女の言葉を遮ってでも言う。
そうしなければ、そう言わなければならないというわけではないが、先輩ならばそうするだろう。
「カリスタ・アルブレヒト、それは強者の理論だよ、強い人間にしか出来ない生き方だ、それは先生のような弱い人間には扱えない」
「っ⋯⋯⋯⋯」
彼女が押し黙った理由はわからない。
脳が理解できなかったが故に閉口したのか、それとも語調が切り替わって面食らったのかもしれない。
だが僕はカリスタの両眼の間、眉間を指差して先輩の真似事を続ける。
「自分が出来るからって他人にもそれを強いるの、それは世間一般では傲慢と呼ぶんだ。驕り高ぶるだけが傲慢じゃない、他人が出来ないことを強いるというのも傲慢なのさ。つまり君は両足のない人間に対して歩けと言ったり、魚に対して陸で呼吸をしろと言っているようなものだ、無理難題を吹っ掛ける徴税人のように思われるのは仕方ないだろう?それに君は無自覚と来た、これはどうしようもなく度し難くどうにも出来ないね」
「⋯⋯っ、もういい!」
彼女は自暴自棄気味に僕の言葉を拒絶し、椅子から立ち上がりトレーを運んでいった。背筋はピンとしていたが、足取りは不安定でぎこちなく、この場から早く離れたいのか速く動かしている。
僕はその光景を見ながら、彼女の行動を考えていた。
次に彼女が行きそうな場所に行くために。
⋯⋯僕のような人間が行くべきではないし、本来の仕事ではないけれど。
『魔術適性』
文字通りに魔術の適正。
どれほど魔術に適正があるかを示すものであり、有名な手段は血液中の魔力量を調べるもの。
魔術学校ではこの検査をしてから基礎魔術を学び、その後は適正にあった学派などに歩んで行く。




