喧嘩と爆弾に火をつけてはいけない
――――シモン中央学園・特別対応教室/昼――――
さて、今の僕はセフィラから頼まれた本来の仕事をこなすために、広大な学園内をフラフラしていた。
シモン中央学園はヴィクトリアン様式で建てられた古風な城を中心に、増設に増設を重ねられている。人によっては迷子になるほど広い迷宮だろう。
大学時代はよく迷子になって直通ルートを生み出したものだ。魔術の暴走で施設が崩壊することは日常茶飯事だったり、魔術による修復の練習になるからギリギリ許されていたが。
いや、勿論叱られるべき悪事であることは理解しているけれど。
「ねぇ次の授業なんだっけ?」
「次は魔力制御の訓練じゃなかった?」
「じゃあ南西の訓練室か、ちょっと遠いな⋯⋯間に合うかなこれ」
視線があってしまったので軽く手を降ると、二人の生徒は僕に気づいた後に驚いたような表情をした後に軽くお辞儀をした。
まぁいきなり見知らぬ教師から手を振られたら驚くのも無理はない。
「南西の訓練室ならあっちの窓を通ったほうが近道だ、使うかどうかは君らに任せるがバレないようにすることだね」
僕がそう言うと、彼らはぽかんとした表情をした後に理解したのかハッとし、感謝しながら駆け足で窓に向かった。
こういった行為が教師らしさというのだろうか。
なにしろ自分が教師をするだなんて想定外も想定外だ。
マトモな学生生活を送ったこともなければ、普通の人生を送ったというわけでもない。だから自分の記憶の中で最も善良な人物である先輩の真似事をしているわけだが、如何せん主観だから上手く出来ているかはわからない。
精々上手く真似できていることを祈るばかりである。
その時、爆発音が学園中に響いた。
前述したように、この学園では爆発音や破壊音は日常茶飯事である。
しかし現在の僕は教師であり、生徒たちを心配する必要がある。
それがクビにされる恐怖による自己保身から来るものだろうと、純粋に子供を心配する親切心だとしてもだ。
僕は異音の発生源である南西の方向へと駆け出した、勿論近道を使ってだ。
――――シモン中央学園・南西の訓練室/昼――――
「さてはてどうなってるのかっと⋯⋯あぁ、なるほど」
訓練室は珍しく快晴であったが、それとは対象的な困惑している生徒が殆どだ。そしてその大半は憐憫や嘲笑の意を含んでいる表情をしている。
思わず訓練室を見回せば、爆発音が発生した理由は嫌でも分かった。
「だからさっきから言ってるでしょ!その制御のやり方じゃ非効率だって!」
「うるさい!教師ごっこもいい加減にしろよ!」
訓練室で一際大きく騒いでいたのは二人の生徒だった。
野次馬根性が芽生えている生徒に取り囲まれるように二人の生徒が喧嘩をしている。
片方はシモン中央学園の制服を身にまとった男子生徒、そしてもう片方も制服を身につける生徒、カリスタ・アルブレヒトだった。
「教師ごっこじゃない!ただアンタの魔力の制御が雑で非効率だから教えているだけ!」
「余計なお世話だっつってんだよ!」
会話内容から察するに、どうやら彼女は自身よりも不出来な生徒に対して教えようとしたが、拒絶されてしまい喧嘩に発展したのだろうと推測できる。
両者は感情の赴くくままに、激情をぶつけ合う。
「そんな考えだったらいつまで経っても変わらない!少しは人に教えられる態度ってものを学ばないの!?」
「お前みたいに上手くできるわけ無いだろ!?天才じゃねぇんだよ!!」
そのような光景を、僕はただ漫然と見ることにした。
助けに入ってもよいのだが、今現在の状況はごく普通の生徒同士の喧嘩である。
その光景は普遍的で普通な状況だ、諍い程度はよくあることだし、この学園はその喧嘩や争いを助長させるようなことがしばしばある。
そんな学園だからこそ、このような光景は日常茶飯事だ。
別に助けに入る必要は、今はないだろう
「■■■■!■■■■■!!」
「■■■■、■■■!!」
やがてそれらは皮肉だけでなく、罵倒や雑言、差別用語にすらなってくる。
そしてやはりと言うべきか、観客はその喧嘩を傍観するようなことはせず野次を飛ばす。
「■■■■」
「■■■■■■■!」
「■■■」
当然、そのようにヒートアップしたのならば、どちらかの堪忍袋の緒が切れるというのが道理だ。
「さっきから⋯⋯私の助言を⋯⋯馬鹿にして⋯⋯!」
彼女は両肩をブルブルと震わせてから両腕を頭上に上げると、両手の間に魔法陣が作られる。その魔法陣はさながら原子模型のように二重で、赤色と緑色をしている。
恐らく赤色は炎の魔術で、緑色は風の魔術だろう。
その2つの要素で真っ先に思いついたのは火災旋風だ。文字通りに、字面通りに、大火事が発生したときに風車のようにぐるぐると回って大きく燃え上がる致命的な旋風。
1000度をゆうに超える温度を持ち、内部は秒速100mをも超えるという、簡単に人を殺せる事象。
そのような災害を、彼女は感情に身を任せて使おうとしているのかもしれない。
そこでようやく焦った僕は動くことにした。というか動かなければいけなかった。事前に喧嘩を止めればよかったと後悔した。
⋯⋯まぁ喧嘩を止められるような言葉なんて持ち合わせていないが。
その場でクラウチングスタートのような姿勢になり片足を壁につけると、事前に足元と壁に構築した加速のルーン魔術と運動エネルギーの魔術を起動し、さながらパチンコ玉のように僕の体は吹っ飛ぶ。
吹っ飛んだ先は勿論、カリスタ・アルブレヒト。
「逆巻く――――――ぅあっ」
「――――――っ、やっぱりか」
カリスタの腰に抱きつくようにホールドし、そのままの勢いでゴロゴロと地面に転がって、壁にぶつかってからようやく停止した。
普通ならばカリスタの心配をするが今はそんな暇はない、今はカリスタが生み出した魔術をどうにかしなければならない。
なにしろ魔術とは感情に身を任せて使うと暴走するものであり、暴走した魔術は術者の想定すら超えるものである。
魔術とは術者の想像力を大切にするが、それ以上に感情の側面も重要であり、興奮状態で爆破魔術など使おうものなら簡単に部屋が吹き飛ぶ。というか僕は吹き飛ばしたし吹き飛ばされた経験がある。
魔術の才能があまりない僕ですら部屋一つなのだから、学年一位を争う彼女が癇癪を起こして構築した魔術の被害規模など想像に難くない。
想像もしたくない。
赤色と緑色の魔法陣が湾曲し、歪な形になったのを見た瞬間、僕は背中に手を回し壁に触れてから、真黒で手の甲にリボルバーの弾倉がデザインされた手袋に魔力を流し込む。
事態が事態だから今は詳細に語れないが、この手袋は特注の武器で特別な武装のようなものであると考えてほしい。今はそれだけで十分だ。
「っ――――――」
再度、己が肉体が魔法陣に向かって加速する。
少々無茶な加速であるためか肉体に負荷がかかるが、それでも十分に許容範囲内だ。
最早パチンコ玉というよりもピンボールやビリヤードのほうが正しいかもしれないが、今はその速度が何よりも必要だ。
湾曲し融合しかけている魔法陣に加速を衰えさせることなく近づき、その速度のまま僕は魔法陣を殴り飛ばした。
⋯⋯念の為に語るが、通常なら魔法陣は触れることはできない。なにしろ魔力という不定形のエネルギー、気体のようなものを他のエネルギーに変換するための代物である。そこにあると認識はできても触っているという実感はないだろう。
だが魔力同士ならばどうだろうか?
火のついたダイナマイトの如く、今にも爆発しそうな魔法陣を殴り飛ばすと、そらにひゅるるるる~~~、と間抜けな音を発しながら打ち上げられる。
高く、尚高く打ち上がったそれはやがて――――――
――――――どかんと、花火のように大きく弾けた。
「⋯⋯⋯っはぁぁ~~~~~、あんな荒技で行けるのか⋯⋯先輩の妄想も聞いとくべきだなぁ⋯⋯」
その場で尻餅をついて、大きく息を吐く。
汚い花火とまではいかないが綺麗とは言えない、なにしろ簡単に人間を焼き殺せる炎なのだから。
⋯⋯それは普通の花火も一緒だな。
あの規模の爆発がこの訓練室で起きていたのならば生徒の半分は死亡、もう半分は大火傷だろう。大火傷を治せる方法、人物は少しは知っているが、この人数では先に死ぬ可能性がある。
生徒たちの騒めきや話し声は耳に届いていないし、聞いている暇もなかった。
それどころじゃなかった。
いや、本当に、誰も怪我人が出なくて良かった。
――――――カリスタから、不可思議な視線が向けられていることを除けばだが。
『魔術』
学問の延長線上にあるものであり、認識と解釈による限定的な現実改変技術。
過程は学派ごとに違うが、学会の定義としては『術式に魔力を流し込んで現実を改変する技術』とされている。
構築や演算を間違えると行き場のない魔力が循環して最終的に爆発する。
魔力の制御も間違えると爆発する。
間違えると爆発する。




