邯鄲の悪夢
――――シモン中央学園・総合運動場観覧席/午後――――
総合運動場の観覧席、透明な防壁越しに五人の学派代表と一人の学園長、そして観客席に座った衆目達は眼下に広がる惨劇とも言える訓練を観ていた。
衆目達の多くは、落ちこぼれの生徒たちを嘲笑するためか、新任教師に対する好奇心から席に座っている。
―――だが彼らの視界に入るのは、彼らを恐怖させるには十分な殺害行為だった。
生徒の殆どは一撃で殺害される。
内臓破裂、頭蓋の粉砕、肉盾にされて同士討ち、四肢切断による失血死、首を折られて即死、防御ごと貫かれて即死。
殺され方を詳しく書くとキリがない。
或る種の卓越した技術と冷徹なまでの計算による、最早芸術的とも言える一方的かつ効率的な殺戮ショーだ。
「⋯⋯これは」
「⋯⋯へぇ、効率的ですね」
それらを観覧している五大学派代表の反応は三者三様十人十色、人によって違った。
元素学派のゲオルク・エルンスト・シュタール卿は顔を顰め
ルーン学派のベルトルド・シネルヴォは効率的だと関心し
そして最も異色だったのが理論学派のベンジャミン・オブライアンだった。
「足元に置いたトランク蹴ると同時に魔術を使ったのか一般的な力学的エネルギー魔術にしては変換効率が凄まじい恐らく何らかの仕掛けがあるんだろうだがそれにしては変換効率がおかしいな固有魔術と言ってもいい位に最適化されているもしかしたら力学的エネルギー魔術だけじゃなく他の魔術も入っているのかもしれないあの御方はそういうことが得意だったから可能性はなくはない――――」
ぶつぶつと、隣に立っていたとしてもかすかに耳に届く声で、少しばかり薄気味悪さを醸し出しながらそう言っている。
その姿はある種の恐怖を抱くには十分であり、そして執着や狂気といったものを十全に感じ取れた。
眼下に広がる運動場では、たった一人だけしか立っていない。
立花先輩は自身の尻尾についた鮮血を煩わしそうに振るった。
その殺戮の時間は十分も続かなかった、精々三分どころか一分にも満たなかったかもしれない。
そのような光景を見て、シュタール卿は私に尋ねる
「さて学園長殿、我々に見せたかったのはこのような悪趣味な殺戮劇だったのでしょうか?」
「御安心を、私とてただ生徒を鏖殺にするつもりは微塵もありませんから」
「もしかして、邯鄲の夢かい?」
「御明察です、ドロシー婦人」
一人の老女、伝承学派代表のドロシー・フランク・ボームが楽しそうニタリとした表情で私に確認の質問をする。
先々代の伝承学派代表が作り出した夢オチの魔術。
明確に説明するならば、発動してから範囲内の発生した損害を『それら全ては実は夢の出来事であった』という事象にすり替えるという魔術。
こう見れば非常に便利そうではあるが、その制御難度や長期間の下準備が必須だったりと、様々な条件から致命的な試験でないと使用されない魔術。
そしてなによりも致命的なのは、その特殊な終了条件だ。
一度発動したら範囲内の全員が死ぬまで終了しない。
それ故に、精神的ショックは計り知れないためか運用されることは少ない。
だが、橘 立花先輩の地元である大八洲は、彼ほどの優れた武人ならば、自殺くらいはやってのけることでしょう。
あの人なら、私の立花先輩なら、私だけの先輩ならば、それくらいはやってのけることだろう。
「さて、と」
生徒全員を殺戮し終えた彼は一際大きく息を吐いた後に、手の甲にリボルバー弾倉のシルエットが刻印された黒い手袋を利き手の右手に嵌める。
そしてその右手で自身の首を掴んだかと思うと、次の瞬間には炸裂音が鳴り響き――――
――――炸裂音が聞こえなくなる頃には、彼の肩から上は真っ平らになっていた。
当然、観客席は困惑の声を上げる。
「⋯⋯え」
「今⋯⋯何が起きて⋯⋯」
「お、おい、これ保健室の先生呼んだほうがいいんじゃ⋯⋯」
「で、でも、あの怪我じゃ⋯⋯」
誰かがそう呟いた瞬間、邯鄲の夢はその役目を終えた
その瞬間、その光景を見ていた全員が同時に瞬きをした。
それは天文学的確率による幸運などではなく、この場で使われていた魔術『邯鄲の夢』の効果にほかならない。
瞬きをしたその後の光景は屍山血河が積み重なった地獄ではなく、全員が地面と平行になっている光景だった。
地面に倒れ伏していた生徒は悪夢を見ていたかのように飛び起き、自身の身体に刻みつけられた損傷を確認するが、文字通りに夢のように残っていなかった。
見世物小屋のように見ていた観客席の生徒も、瞬間芸のように殺された生徒も、悪夢でも見ていたような心地だったろう。
そんな中運動場の真ん中で立っている彼は、生徒全員を相手取って全員を殺した彼は、さながら授業のように平然と話し始めた。
「えー、今の魔術は邯鄲の夢という魔術で、発動してから範囲内の損傷全てを夢にすり替える魔術だ。これは先々代の伝承学派代表が生み出した魔術であり、龍宝の古い小説が元になっている」
淡々と、先程までの一方的な殺戮ショーを夢のごとく忘れてしまったのか、教鞭を執る教師のように魔術の説明をする。
地面に座り込んでいたり、倒れたままの生徒は先程の衝撃が大きすぎて、話を聞いている人物はいないだろう。
そして一通り話し終えた後に、彼は両手をパンと打ち合わせてこう言った。
「さて、これから長い付き合いになるから最初に課題を出しておこう、少なくとも一朝一夕で合格できるものじゃあないだろうけどね。身構えなくても結構、卒業論文じみた小難しいことじゃない、期間は卒業まで、時間や場所は関係なし、不合格になっても特に進路に影響はないから安心するように。それで、肝心の内容だが――――――
―――――先生を倒すこと。
「以上、これで本日の授業は終了だ、明日からは普段通りの授業をするから、そのつもりで頼むよ」
土作りの地面を歩く音が運動場に響きながら、彼はその場をあとにした。
運動場で呆然としていた生徒達は、彼の背を見ることしかできなかった。
『五大学派』
魔術学会における最大規模である『元素学派』『五行学派』『伝承学派』『ルーン学派』『理論学派』を指し示す言葉。
場合によっては水と油の関係性で一触即発だが、たまに学派の壁を超えてトンデモ実験をしでかすやつがいる。




