上手に殺される授業
――――シモン中央学園・特別対応教室/午後――――
さて、斯くして僕はシモン中央学院の高等部教師を担う事になったわけだが、個人的に一番不安に感じていた面接試験等は免除されていた。
どうやらシモン中央学院の大学卒業実績とセフィラの推薦状により免除されたらしい。
さすが学園長直々の推薦状である、魔術学会ですら動くかもしれない推薦状なのは些か荷が重いが。
いや、本当に重い、信じられないほどにプレッシャーが凄まじい。
この推薦状、本来ならば貴族の子供とか稀代の天才とかが貰うものだろうに、なんて手段を選んだんだ。あの後輩は意地でも僕を教師にするつもりなのかもしれない、何が何でも逃さないつもりだ。
⋯⋯推薦状のおかげで座学試験しかやらなくて済んだのは感謝するが。
「⋯⋯さて、と」
僕は自身が担当する教室の前に立っていた。
閉められたドア越しでも認識できるほどに、騒々しい空気が伝わる、学生らしく子供らしい、非常に元気な声だ。
少し緊張しつつ僕は扉を開く。
「――――っ」
眼前に、握りこぶしほどの大きさをした火球が、迫っていた。
一歩前に出れば鼻先を掠めるほどの至近距離に、扉を開けた瞬間の光景がこれだ。
が、裏社会で培われた条件反射じみた反応速度でなんとか身体をねじり、体を後ろに曲げることで避けた。鼻先がひりつく痛みを覚える。
存外、裏社会の経験というのも役に立つらしい。
しかしイタズラはこれだけでは終わらない。
嫌な予感がして見上げると、人間の頭ほどの大きさの岩が落下してきており、姿勢を低くして駆け抜けることで避ける。
そして次は足を払うように触手が飛んでくるが、これは少し跳躍するだけでどうにかなる。
さらに次は刃物だ、しかもロングソードとかじゃなくて槍やハルバードといった危険物が回転しながら飛来している。だがこの場合はアンティークのトランクといった所持品で弾いてしまえば問題ない。
さてここまで前に注目させたのだから、今ここで後ろからなにか来るのかもしれないと嫌な勘繰りをして後ろを振り向くと、ちょうど顔を狙ってナイフが飛んでくる。
それを指で挟むようにして受け止めたところで、ようやくイタズラが終わった。
⋯⋯いくらなんでもやんちゃにも程がないか、これは。魔術によって作られたみたいだからの才能や能力はあるみたいだが。
そうしてイタズラ全てを対処して教壇に立つと、一瞬だけ教室が静寂に包まれる。
いきなり入ってきた教師に視線が集中するのはいつの時代も変わらない。
しかし、しばらくしてから生徒の大半は僕から視線を外した。
つまらなさそうにため息を付く生徒。
隣の席の友人と会話しながら横目で見る生徒。
一心不乱にノートに向かっている生徒。
両腕を枕にして惰眠を貪る生徒。
視線を向けた後に友人との会話を楽しむ生徒。
興味なさげに教科書に向かう生徒。
右を見れば不良生徒、左を見れば不良生徒、四面楚歌という言葉がまさに相応しい。
⋯⋯だがまぁ、あんな歓迎をされたとはいえ、自己紹介しないのも失礼というものだろう。
「⋯⋯えー、盛大な歓迎どうも感謝する。今日よりこのクラスの教師になった橘 立花だ。担当は基礎魔術論と実技、あとは学園の警備かな」
そう言ってから荷物を置いて軽く頭を下げるが、生徒から特に返答はない。
それもそのはず、先程まで大半の生徒が僕を見ていたが、今はもう一人も見ていない。
――――否、一人だけ見ていた。
茶色のをし、シモン中央学園の制服を着た綺麗に整えられた羽を生やしているエアロ。鋭い眼光でこちらを睨むようにして、僕に向かって歩いてくる。
そして僕の前で歩みを止めて、僕の顔色を窺うように、僕と視線を合わせようとした。
「ねぇ、アンタって本当に先生なの?」
「⋯⋯意味がわからない質問だね」
「あぁそう?それならもうわかりやすく言ってあげる。学園長に取り入って無理矢理この職業をもぎ取ったんじゃないの?」
⋯⋯そうだったらどれほど良かったか。
いや、あの後輩は桜に攫われそうな容姿で誤解されやすいが割と強かだから、そのような状況はないだろうけど。
むしろ桜を焼き払って生還してくるタイプだ。
しかしまぁ、随分ひどいことを言われたものだ。不快感を感じないといえば嘘にはなるが、僕は大人で先生で、相手は生徒で子供だ。
ここは笑顔で受け流すのが大人の対応というものだろう。
「いやいやまさか、確かに推薦状は貰ったけれどそんな狡い真似はしていないよ先生は」
「そう?じゃあアンタが私より弱かったら、教師の資格がないとしてこの教室から出ていってもらうってのは?」
自信満々で勝ち誇ったかのような笑みは、僕の精神を揺さぶるには十分だった。
⋯⋯彼女のその他生意気な態度に思わないところがないわけではないが、一先ずセフィラの手筈通りにしよう。
「では生徒全員、各自好きな武器を持って運動場に集合するように」
最初の授業は『上手に殺される訓練』だ。
⋯⋯決して、彼女の態度が癪に障った訳では無い。
――――シモン中央学園・総合運動場/午後――――
「ここも変わってないなぁ⋯⋯」
円形状の観覧席に囲まれた、さながらシチリアの決闘場のような風体をした空間に足をいれる。
ガラスのようなドームで包まれ、少し歩けば砂塵が巻き上がるタイルを歩いて真ん中に向かう。
シモン中央学園の総合運動場は少々特殊であり、危険な魔術の実戦などの際に用いられたり、学派の研究成果や作品を披露する場でもあるため観覧席がある。
そのため簡単に崩れたり欠けたりするような強度はしておらず、大学時代に壊そうとしていた人物がいたが傷一つ付かなかった。僕も挑戦したが無駄な試みだった。
そのため僕や生徒が暴れたとしても安心安全というわけである。
「さてまぁ、仕事の準備を始めるか」
常に離さず持っていたアンティークなトランクを地面に置いて開く。前職の仕事道具はあまり見せたくはないが、コレが今の仕事に必要であるならば仕方ないと自身に言い聞かせる。
取り出したのは、二メートルを超えるサイズをした無骨で大型のクロスボウ。
真っ黒に染め上げられたそれは闇夜の中に溶け込むために、そしてその巨大さは一撃で相手を殺すためにという職人の意思を感じる一品。
本来は人間を撃ち抜くのではなく、鋼のような皮膚を持つ獣や文字通り鋼の装甲である兵器に扱うものだ。
拾い物だったとはいえ、十分に整備はしている、それこそ今この場で襲撃されたとしても使えるほどに。
僕が手入れを終えてトランクケースを肩にかけて待っていると、定刻を十分程過ぎてから生徒が集まってきた。
先ほど教室で見たが、この場にはいない生徒もいる。セフィラから不良生徒の集まりと聞いていたので、集まってくれただけでも幸運と捉えておこう。
いつの間にか、観覧席では人が埋め尽くされており、その中には大学時代に見かけた顔もなくはなかった。
「では改めて、本日よりこのクラスの講師になったファミリスの橘 立花だ、どうぞよしなに」
トランクケースをわざとらしく地面において、片手に持ったクロスボウをしっかりと握る。
「自己紹介も終えたから、全員今から殺し合おうか。好きな戦い方をして殺し殺されるように」
僕のその発言に、生徒一同は困惑する。
否、困惑はしているが「何を言っているんだ?」といった冷笑や嘲笑に近い感覚を覚えた生徒もいるだろう。
どちらにせよ、緊張していないということは僕にとって有利に働く。
「では初回だからね、今回は優しくカウントダウンをしてあげよう」
3
片手に持った対物狙撃クロスボウを握りしめる。
2
両足に力を入れる。
1
そうして僕は思考を切り替えた。前職、裏社会の一員としての精神性に切り替えた。
「――――っ」
――――――――瞬間、一人のキーオンが悲鳴も挙げず後方に吹き飛んだ。
理由は単純、僕が足元に置いたトランクケースを蹴り飛ばして魔術で加速させた、砲弾とも形容できるその一撃を食らったからである。
恐らくだが、内臓が破裂して即死したことだろう。
「⋯⋯⋯⋯え、あ、死んで――――」
そして隣のクラスメイトが即死したことに呆然としているエアロにクロスボウを撃ち込む。
対物と銘打たれているように、並大抵の経験者ですら反応できない速度で発射されるそれに、彼女の頭蓋は霧散した。
撃たれた、というよりも消し飛んだというべき死に方だ。悲惨極まりない、遺族ですら顔を判別できないだろう。
だが心は痛まない、痛むための心は意識を切り替えた瞬間に捨てたし、これは仕事の一環だから。
「どうした、何を驚いている?反撃の構えを取れ、でなければ死ぬぞ?」
そこでようやく、生徒全員が今取るべき行動を理解したらしい。
『魔術学会』
アルビオン王国に本拠点がある、魔術研究の総本山。
世界中の魔術学者やが所属する組織であり、魔術の研究をしたいならとりあえずここにぶち込まれる。
なお実験による爆発が日常茶飯事、最早風物詩、季語。
実はアルビオン王国が建国される前から存在し、別にアルビオン王国の組織というわけではなかったり。




