会議は踊る、重苦しく語り合う
――――シモン中央学園・会議室/昼前――――
ざぁざぁと、厚いカーテンで遮られた窓越しに小雨が降り注ぎ、湿った空気と古い木材の匂いが混ざり合う会議室は重厚で厳粛な空気で満たされていた。
それもそのはず、魔術学会における重鎮、五大学派の代表が集まっているのだから。
少しでも口を滑らしたりすれば、冷酷な視線が突き刺さるのは想像に難くない。
「それではセフィラ・ソフ・オウル学園長、なぜ彼を、橘 立花殿に推薦状を下賜したのかお聞きしても?」
元素学派代表の名誉教授、ファーヴニルのゲオルク・エルンスト・シュタール卿が私に質問する。
五大学派の中で最古参にして源流の学派、その代表。そして魔術学会だけでなく、議会やシモン中央学園に強い権力を持つ人物。
「⋯⋯優秀な人材を他所に取られるより前に引き入れるのは、当然の事だと思いませんか?」
「確かに彼はシモン中央学園を卒業しています。それは並大抵の才能と努力では成し得ないことですが、彼ほどの人材はないとは言えませんな。それは彼に固執する理由にはなりますまい」
シュタール卿は立派な白い顎髭を触りつつ、そう答えた。
その答えは最もであり、今出している理由ではこの会議室に座った重鎮の方々は納得しないだろう。
「十年ほど職歴が不明の人物に推薦状を下賜するのが、どれほど異例で異常な状況なのか、学園長はおわかりでしょう。推薦状は貴方の個人的な感情で送られるものではなかったはずですが?」
「えぇ勿論、理解したうえでの行動です」
裏社会の一員として働いていた先輩の経歴を詳らかにして入学させるのは不可能に近い。というか不可能そのものだ。
だがその真実を伏せた上で、不可能を可能に出来るほどの効力を持つのが、学園長の立場と推薦状だ。
本来ならば、入学前に常識を超えた子供や国家の危機になる才覚を取り込むための代物であり、そんな手段を使って十年ほど経歴不明の扱いの立花先輩を推薦したのだから、この反応は仕方ないとしか言えないだろう。
「ですが、この仕事は彼でなければいけません、彼にしかできません」
「⋯⋯それほどまでに学園長殿が仰られるのならば、清聴させていただきましょう」
私がそう断言すると、シュタール卿はどっしりと椅子にもたれかかった。
よし、勝負はここからだ。決して本心を気取られるな。大義名分と理由は作ってきた。
破裂しそうな心臓を抑えつつ、私は冷静を装って話し始める。
「シモン中央学園の問題生徒を集めたクラスがあるのは説明せずともいいでしょうし、その担当教師が中々決まっていないことはご存知でしょう?そのクラスの担当教師に良いと思いまして、雪杖の争いで殆どの教員が徴兵されて殉死しましたから」
「⋯⋯確かに、十年ほど前のロマノフ帝国との戦争によって教員が墓前に埋められる事となりました。だが、いないというわけではない、彼に拘る理由がわかりませんな?」
「では皆様があのクラスの教師になりますか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
会議室にいる誰もが閉口し、そして拒絶した。
例えるならば、問題児の中の問題児。
言い換えるならば、トラブルメーカーの中のトラブルメーカー。
好意的に言えば、一点にのみ特化したギフテッド達。
私もそんな生徒たちを指導したくない、出来ることなら他人に押し付けたいという心情は、理解出来ないと言えば嘘になる。
だからこそ、半ば立花先輩に押し付けるように任せたのだが。
しかしこれだけでは足りない。この理由だけでは足りないだろうし、納得もしてくれないだろう。
今この場で立花先輩を逃したのならば、私は有用な手駒を失ってしまうかもしれない。
だから、何としても逃すわけには行かない。
「――――現状の学園について、不足しているものとは何でしょうか?」
知識?魔術学会には各分野の専門家がいます。
時間?優秀な成績を残せば魔術学会で実験が出来ます。
予算?無限とは言えませんが少なくとも枯渇はしていません。
「では不足しているものとは何か?」
――――実践。
私の前に座った五人が端から端まで凍りつき、驚愕していたシュタール卿が口を開いた。
「⋯⋯まさか」
「そのまさかですシュタール卿、橘 立花さんは実践の経験者です。私が知る限り、十年間ほど命のやり取りを行っている生き残りです」
この場にいる誰もが不足している実践経験を。
卓上で理論理屈をこねくり回す研究ではなく、戦火が飛び交い一瞬の油断で生命現象が止まりかねない、灰色と鈍い赤色の実戦を。
「彼は十年ほど殺し合いをしてきた人物です。いくら魔術学会広しといえど、魔術学会は研究機関であるが故に、実戦の視座を持つ人物は片手の指で数えられる限りでしょう。まして十年など、少なくとも私の権限で確認してもいませんね⋯⋯それとも、皆々様の学派に彼を上回る実践経験を持っている方がいるのですか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
誰も彼もが口をつむぐ中、一番最初に口を開き片手を上げたのはこの場で一番若い二十代半ばの青年だった。
「それなら俺は学園長に賛同しますねぇ。生徒の実践授業が不足しているのは俺の目に見てもわかりますからねぇ?」
理論学派代表、ヴァラヌスのベンジャミン・オブライアンは軽薄な態度でそういった。
五大学派の中で最も新しい学派でありながら、最も学徒が多い学派。
魔術学会で百年余りほどの歴史しかないが、他学派よりも学問的に魔術を学べる学派の代表。
「オブライアン殿は一度魔術学会の歴史を学び直しては如何かな?魔術学会は学び舎であって軍隊ではないことを貴殿は理解していないのでは?」
「いやいやぁシュタール卿、逆ですよ、あんな戦争があったからこそ、何かがあった際に対処できるように生徒を強くするんですよぉ?」
その言葉を皮切りに、両者は席を立つ。
「その言い方だとまるで何かが起きるかのような言い回しだが、貴殿の学派は伝承学派の未来予知すら科学的に解析したのか?だとしたら詐欺師の真似事でも始めるのかね?」
「猿真似だろうと詐欺師だろうとどうぞご自由にぃ、我々は保守的で古いやり方に固執する元素学派と違って効率的かつロジカルシンキングに則ってやっていますのでねぇ?カビの生えた学派に固執する貴方にはわからないかもしれませんがぁ⋯⋯!」
「――――あの」
元素学派と理論学派による一触即発な皮肉の応酬は、二人の席の間に座っていた人物によって遮られた。
彼の机に置かれた名札には『ルーン学派代表:ベルトルド・シネルヴォ』と書かれており、三十代手前ほどの容姿をしているは片手を上げたまま紙面を見ながら質問する。
「⋯⋯そもそも橘 立花さんは生徒を指導できるくらいに能力があるんですか?基礎的な魔術知識は踏襲しているみたいですが、さっきの十年間の実践経験も学園長の推薦で座学のみとなっていますから分かりかねます」
「というと?」
「我々にも分かるような彼の実力や能力の裏付け⋯⋯師事していた人物や研究成果とかってありますかね。特に我々ルーン学派は技術を重視しているので、長年積み重なった技巧を判断材料にすることが多いんです。だから彼が大学時代に作った作品とかがあれば」
当然の質問と疑いが込められた視線が私に向けられる。それと同時にシュタール卿から、次はどのような言い訳をしてくれるのかという、子供の好奇心のような性格の悪い考えも感じ取れた。
そのような思惑を向けられたのならば、一泡吹かせてやりたいのが人というもの。
どうせなら特大の爆弾を落としてやろうとほくそ笑みつつ、私は爆弾を落とすことにした。
「――――彼はラプラス・マクスウェルの一番弟子です」
――――瞬間、部屋に静寂が満ちる。
否、それを静寂と言うにはあまりにも穏やかではない。
殺意や怒り、少なくとも負の感情が大半であり、それらはどう考えたって良いとは言えない、好意的ではない感情の発露だった。
⋯⋯ただ一人、理論学派の代表を除いて。
「――――へぇ?なぁ、おいおい、おいおいおいおい、マジかよ、なぁ、マジで言ってんのかよ?よりにもよってあの御方の一番弟子だってぇ?」
心底楽しそうに、もしくは嬉しそうに。
ニヤニヤと口角の上がった口元を押さえるようにして、オブライアン教授は笑った。
憧れの人物が話が出たファンのような表情で、まるで童話のヒーローでも見るかのような瞳をしている。
「⋯⋯彼女は魔術学会を出禁になったのでは?」
「弟子は出禁にされていないでしょう?」
「⋯⋯⋯⋯はぁ」
私が笑みを一切崩さずに圧をかけながらそう話すと、ようやく折れてくれたのか、シュタール卿はこれ以上の反抗は無駄だと理解したため息を一つ吐いた。
「まぁいいでしょう、彼女の弟子という点については学園長も同じですから」
「私のご理解頂けて嬉しい限りです」
私は心の中で安堵し、そして立花先輩を魔術学会に就職させることに成功したことに歓喜した。
現状、彼のような経験を持つ知り合いは彼自身しかおらず、かつ自由に動けるであろう人物は立花先輩だけだったからだ。
何よりも、私は立花先輩に弱みがある。
それはもう、惚れ惚れするほどにくらくらするほど、鮮やかに掴まれた弱みだ。
⋯⋯それを明かすことは、多分、いや一生、ないと思うけど。
私はそこで重厚な椅子から立ち上がり、退室の準備を進めた。
「――――では議論は回り終わった、ということでよろしいでしょうか」
「あぁそれと、彼の十年間の実践経験に疑いがあるのならば、午後から総合運動場で実践訓練を開始します。実のところ、この時間帯に会議を行ったのは学派代表の皆様にご覧いただくつもりでした」
この会議が終わった時間は、橘 立花の『殺される訓練』の数刻ほど前の出来事であった。
『シモン中央学園』
魔術学会直属の名門校。
ただでさえ魔術先進国のアルビオン王国の中でも、ぶっちぎり魔術名門校なため、所属している生徒は殆どが才ある人物。
かなり生徒の自主性に任せており、校舎内で魔術による爆破事故が絶えない。生徒の競争を進めているのでやってることがほぼ蠱毒。
現実日本でいうT大学とかK大学。
アルビオン王国のモチーフ元である英国の学年制度はさておき、日本で言えば小中高大まである、すごい。




