深夜、二人、密談
「さて、もう夜も更けたし部屋に帰りな、夜更かしは明日に響くからね」
「先生は夜更かししていいの?」
「先生は、ほら、まだ仕事あるから、ね⋯⋯」
「あぁ、そう⋯⋯頑張って」
僕が諦めを込めてそう言うと、カリスタは哀れみの視線を向けながら応援してくれた。うん、憐憫だとしても嬉しい。
「そういえばカリスタ、一ついいかな?」
「なに?長い質問なら答えないけれど」
「簡潔だし変な質問じゃないから安心しなさいな、君が見た天才について聞いてなかったけど、一体誰のことなんだい?ほら、昔の魔術学会で最も美しい術式を作ったっていう」
こんな天才少女が憧れた真の天才がいるというのなら、噂好きでもない僕といえど興味が湧くというもの。
「⋯⋯かなり昔だから朧げだけど、名前は、ええと――――――」
カリスタは少し考えた後にその名前を思い出した。
少なくともその時の僕は、あの人物の名前がカリスタの口から語られるとは微塵も思ってもいなかったし、そしてあれの心酔者だなんてのは、考えたくもなかった。
なによりも、あの人の功績の一つを自分が忘れているだなんて、自らに正気を疑いかけた。
――――――ラプラス・マクスウェル
その名前は、僕の先輩の名前だった。
――――シモン中央学園・学園長室/深夜――――
「さてセフィラ後輩、これはおまけの報告書だ、読み終わったらシュレッダーにかけて魔術で焼却処分して灰を暖炉に混ぜるか撒くように」
「お疲れ様です、処分に関しても了解しました」
シモン中央学園の学園長室は重たいカーテン越しに降り注ぐ雨音が聞こえ、古時計が時刻を刻む音が静かに部屋に響き、古木の匂いが実にリラックスさせられる部屋だ。
深夜なこともあり実に眠気を誘う部屋だ。よくもまぁセフィラ後輩はこの部屋で仕事をしておきながら眠らないと感心させられる。
「しかし、思っていたよりも素晴らしい手際ですね。てっきりもう少し時間がかかるものかと思っていました」
セフィラが僕を頼った理由は別にあり、それは学園内にいるセフィラの敵対派閥の調査である。
アルビオン王国は他に類を見ないほどに魔術が発展した国家であるが、だからといって権力者が欲望を止めることはない。
其れが意味するところは、魔術学会にも陰謀が渦巻いており、策謀が敷かれていると言う事に他ならない。
暗殺者としては食いっぱぐれないのは嬉しいが、世界が平和にならないのは些かどうかとは思う。だがそういったのは政治家や指導者の仕事だ、一介の凡人が関わる事柄ではない。
つまるところ、セフィラは裏切らない手駒が欲しかったのだろう。
「これでも仕事には真面目なつもりだからね、たとえ億万の金を積まれたとしても最初に受けた方の仕事を優先するつもりだよ」
「良かったのですか?私が詳しい事情を話しても良かったのですけれど」
実際、僕はセフィラから詳しい事情を聞かされていない
何故こんなことをしているのか、なぜ手駒がほしいのか、そもそもの最終目標は何なのか、それら一切を僕は知らない。
知らないが、それでもセフィラのことは知っている。
「僕は君を信頼しているし信用もしている、それで十分だと思わないかい?」
「ではその信頼と信用の対価として、私の目的を2つ明かすこととしましょう」
「おや優しいね後輩、一体どんな話なんだか恐ろしくて震えるよ」
セフィラは片手の人差し指を立ててから話し始める。
「まず1つ目は単純、私達の先輩であるラプラス・マクスウェルを呼び戻すことです」
僕は飲もうとしていた紅茶を吹いた。
「⋯⋯は、え、あ、ま、マジで言ってる?本気と書いてマジかい?」
「マジと書いて本気ですよ先輩、まぁこれには2つ目の目的が原因でしてね、或る噂話なんですが――――――」
セフィラは一口紅茶を飲んでから語り始める。
その噂は生徒間で、もしくは学外で、はたまた巷で話題になっている噂話の一つらしい。
曰く、その怪猫は神出鬼没でふらりと現れる。
曰く、その怪猫に出会ったら人物は狂う。
曰く、その怪猫は災禍を求めている。
「ヘンウェンから生まれ落ちた子猫、ローザンヌ湖の悪魔猫、[[rb:シャパリュ > 猫]]の淵源にして原種、先輩も名前くらいは知っているでしょう?」
――――――キャスパリーグ
「とんだ大層な名前が出てきたものだね、だがそれはあくまでも噂話で、この国のとても古い伝承の一つだろう⋯⋯とは言わないさ。僕は君の性格を知っている、知っているからこそ、君がそこまでやるのならばそれなりに信頼も信用もできる話なんだろうね」
「占星魔術や未来視の魔術師が見たようでしてね⋯⋯なによりも魔術学会の会長が保証しています、これは機密ですがね」
愕然とした。
更に言えば口に含んでいた紅茶を再度吹いた。
「⋯⋯⋯⋯とんでもない事件に巻き込んでくれたね、セフィラ後輩」
「見返りは大きいですよ、立花先輩」
魔術学会の会長。
其れが意味するところはただ一点である。
魔術学会という研究組織の総帥にして頭領。
魔術学会という魑魅魍魎な学者だらけの首脳にして首魁。
魔術学会という好奇心のためならば万象を使い潰す連中の頭にして長。
魔術学会が設立されてから代替わりしていない、不老不死の可能性すら候補に挙がる存在。
様に様をつけてもなお足りない、敬語に敬語を重ねてもまだ足りない、頭を垂れても垂れ足りない。
神様や仏様のような存在だ、いや、それ以上かもしれない。
「つまるところ、その怪猫を対処するためにラプラス先輩を呼び戻すってわけか」
「えぇ、それに私の立場を守らなければラプラス先輩を呼び戻す事はできないので、敵対派閥の牽制や調査もお願いしたくてですね」
⋯⋯面倒くさくないか?この仕事。
いや、仕事を放り出すような真似はしないが本当の本当に面倒くさい。本音を言うなら今にも逃げ出したい。
逃げ出したいが⋯⋯逃がしてくれないだろうなぁ、この後輩。
そう思いつつセフィラを見ると、彼女は小首を傾げ微笑を浮かべた。
学生時代と変わらず、実にポーカーフェイスが上手い、貴族であるセフィラにとっては必須技能かもしれないけれども。
「まぁいいさ、後輩の頼みだっていうならそれに答えるのが先輩の努めだろうからね⋯⋯」
そう言ってからいつまでも腰掛けていたいくらいにふかふかなソファから立ち上がり、重厚な扉のドアノブに手を添える。
「それじゃあいい夜を、後輩」
「それでは悪くない夢を、先輩」
そう、言葉をかわしてからその場をあとにするが、脳内に残っていたのは本来の仕事のことばっかりだった。
『魔術学会における追放』
倫理的観点や『禁忌』を破った際に行われる処罰。
それは魔術の研究が出来なくなると同義であり、学者においては死よりも辛いとされる。
なお『先輩』ことラプラス・マクスウェルは倫理にも違反せず禁忌も破らずに追放された。
おかしい。




