知らない世界の現実、小さい頃の希望
「―――――カリスタ・アルブレヒト、君は他人に期待をし過ぎているんじゃないかい?」
僕がそう質問すると、彼女はあからさまに不快な表情を微塵も隠さずに、こちらに向いた。
「⋯⋯それは、どういう意味?」
カリスタの目が鋭くなり、僕を貫く。
「いやね、もしかしてだが君は、自分が可能な出来事全てが他人にも出来るとも思っているのかい?」
「⋯⋯当たり前でしょ?私は天才ではないし、ただ計画を立てて日々努力をしているだけなんだから」
カリスタが杖を握る手が強くなり、少しずつだが声が大きくなる。
「そうは言うがね、それは非才の証明にはならないんだよ。君は自らのことを天才とは思っていないみたいだけれど、それは自身の才能が凡才であるとは限らないんだ」
「⋯⋯そんな筈がっ――――――」
「まぁ待ちなって、そう急くのは良くないぜ。じゃあここは一つ、先生が前職で世界各国を回って見てきた話をしようか。といってもそんな面白い話ではないのだけれども」
なにしろ前職は暗殺者兼傭兵だったものだから、必然的に世界各国を回る必要がある。
当然、裏稼業の人間というのは否が応でも人間の負の側面を見てしまうが道理だ。なにしろ人間の嫌な部分で飯を食うのだから。
「北の寒村で今日の食料にも悩む子供、南の都市では金と利権しか考えていない貴族主義者、東の戦場では獣のようになった兵士、西で戦争によって両親を亡くした孤児、そういうものを嫌と言うほどに見てきた」
「っ⋯⋯⋯⋯」
彼女の表情は語るまでもない。
少なくとも、それは決して良い感情ではないと断言しておこう。
「それに比べてこの学園は遥かにマシだろうね、君は自分の環境が普遍的でよくあるものだと思っているだろうけれど、それは違う、弱者からすれば喉から手が出る程に幸運でかけがえのないものなんだよ」
そこまで言うと、彼女は酷く大きいため息をついてから口を開く。
その声は震えており、明らかに動揺や困惑をしていることが理解できるだろう。
「⋯⋯結局、何が、言いたいの?」
声と腰の羽を震わせて彼女は問いかけるが、つまるところ、そう。
「自分と他人を同じ物差しで図るなってだけだよ、長々と話したけれど要点はそれだけだ」
「⋯⋯私を助けてくれるの、助けてくれないの」
「それを決めるのは先生の仕事じゃないね」
僕が聞くのは君が助かりたいのか、そうでないかでしかない。
前を向いて歩くのか、前を向かずにその場に留まるか。
「説教みたいな言葉だけどね、君は他人に、いや世界そのものに期待をし過ぎている。君は君自身がかなりの才能と努力家であり、恵まれた環境にいることを自覚した方が良い、そして人間というものに失望し絶望した方が良い」
「他人に期待をするなってこと?」
「そうは言っていないんだがね、まぁ結果的にはそうなるわけだが。なにしろ期待というのはプレッシャーになるものだ、そして誰もが君みたいに期待の重圧に押しつぶされず、上等な結果を出せるというわけじゃない」
だからといって、彼女は「はいそうですか」と素直に納得するような性格じゃないだろう。
だからこそ、徹底的に人間に失望させなければならない。
人間というのは絶望的にどうしようもなく、そしてくだらないものであると理解させなければならない。
「なぁカリスタ、君は自身のことを天才だと思っていないみたいだけど、それは謙遜じゃないし、卑屈かもしれないぜ?どうして自身のことを天才じゃないと卑下するんだい?」
「っ⋯⋯意趣返しのつもり?」
「そんなつもりはないとは言わないけれど、なぜそこまでして自身を天才ではないと拒絶するのかが気になるのが道理だろう?はっきり言って、君の才能は平凡とは言い難い、天才と言っても良い。それだというのに天才と呼ばれるのを拒絶するのかが気になってね」
まるで尋問のように、矢継ぎ早で問い立てると、彼女はまるで英雄でも見たかのような瞳で話し始めた。
「⋯⋯私がまた子供だった頃に親に連れてきてもらった発表会でね、本当の天才を見たの、今はもう朧げだけどね。その日は魔術学会の発表で色んな魔術を見たの、火炎で形作られた龍、水で作られた空を舞う魚、そのどれもが面白可笑しくって笑っちゃいそうなほどに楽しかった」
――――――あの魔術を見るまでは。
「その魔術は発表会の隅っこで展示されていてね、それだというのに私はその展示の前で足を止めた。両親が私に何故止まったのかを質問したり、他の展示を見に行かないのかと聞いたわ、どうやら私はその魔術の前で一時間くらい立ち尽くしていたらしくてね、息が止まるってのはああいうことを言うんでしょうね」
まるで昔見た絵物語を語るがごとく、少しだけ懐かしみながらカリスタは語る。
「それまで火竜や水魚の魔術を見て笑ってた子供が、ただ一つの最も美しい魔術を前にしても笑えなかった、笑っちゃうでしょ?あの魔術の作者に比べれば、私は天才なんかじゃないわ」
彼女は立ち上がり、僕の瞳を射抜くように視線を合わせた。
「ねぇ、教師なら教えてちょうだい。人を教え導くのは間違ってることなの?」
真摯な瞳だった。
率直な質問で、尚且つ実にわかりやすい問いだった。
震えた声で、己の内に秘められた激情を抑えながらの質問だった。
「⋯⋯耳障りの良い言葉が欲しければ教会にでも行って懺悔しなよ」
そういった視線は、僕にはあまりにも眩しすぎた。
「⋯⋯じゃあ、じゃあ、何で私に構うの?好き勝手言って、他人のことなんて興味がないくせに、教えてよ!?」
それに対して答えは、いつであっても変わらない
仕事だからという、身も蓋も無い簡潔な理由だ。
「⋯⋯⋯⋯は?」
先程まで激情で身を焦がしていた彼女は呆然とし、強く握っていたはずの杖を落とし、その指先が震える。
でも僕は呆けた彼女を放っておいて話を続けることにした。
「大学時代の後輩に半ば強制的に押し付けられてね、本当は根無し草のほうが性に合っているけど、まぁ任せられた仕事にはあまり手を抜きたくないタチだからこうやって君と話しているわけだ」
「⋯⋯⋯じゃあっ――――――」
僕はそこで彼女の発言を遮るように語った。
「でもまぁ、仕事云々以前に僕は大人で、そして仕事の内容に先生という役割がある」
騙った、というのが適切かもしれないが。
それでも語らねばならないだろう、教えないといけないだろう。
個人的感情云々以前に、教師としての仕事や役割というものがあるのだから。他者に物事の理非を教えられるほど、僕は上等な人間じゃないが。
「⋯⋯人を教え導くのは、存外難しいのだろうね。方向性を間違えてはいけないし、人に教えられるほど上手くなければならない。でも今回の話でなによりも重要な点は、天才には憧れてはいけない、それだけなんだ。向上心を持つことは良いことだけれども、天才になろうとしてはいけない。間違ってもそう考えてはいけないんだ」
天才とは生まれ落ちるものであって、なるものではない。
なろうと思ってなれるものでもないし、なりたいと思ってなれたら、それは天才とは言えない。
しかし、その悲観主義を他者に伝搬させるのは以ての外だ。
だから僕は、このように言うしかない。
このような戯言を嘯くしか、ない。
「⋯⋯それでも君が人間に絶望しないとなるならば、人を教え導きたいというのならば、唯一人だけで飛べ」
羽を持たない生き物と飛ぼうとしても地に落ちるものである。
どうせ羽を持つ生き物に生まれたなら、それが一人だとしても高らかに鳴くことをしたいものだ。
だがその姿を皆に見せて、皆を奮い立たせられるのならばこの上なく良いだろう。
「新しい選択肢は提示したよ、どれを選ぶかは好きにしなさい」
そう言って、その場から立ち去ろうとしたら、思っていたよりも遥かに彼女は選択肢を選び取った。
その速さは、彼女自身の性格か、それとも彼女自身の天才性をなのかはわからない。
だがカリスタ・アルブレヒトは、はっきりと断言した
「私はもう、他者に対して期待することをやめたわ」
才能という羽を持たない生き物と飛ぼうとしても、彼らは地に堕ちるしかない。
だけど私には羽があり、その羽を伸ばしたいと思っている。
ならば、共に飛ぶ友達がいなくても、私は飛ぼう。
そしてもしも、もしもの話だけど、誰かが私が空を飛ぶ姿を見て奮い立ったのならば。
それはこの上ない程に、私にとっての幸福だろう。
「――――私は、他の人と一緒に飛ぶことをやめて、唯一人だけで自由に飛ぶ姿を見せるわ」
小鳥が、エアロの少女一匹が、己の羽という才能をもとに、自身の新しい飛び方を覚えた瞬間だった。




