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ふうけもんの街

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2025/10/12





俺たちはいつもの様に公園に集まって、音楽を流して踊っていた。

周囲に数組のカップルやスケボーをやっている奴らもいたが、そんなの関係ない。

俺たちはただ踊っているのが楽しいだけだ。


「ストップ、ストップ」


孝輔が手を叩いた。


「今んところばってん、将晴の入りがちょっと遅かとよ。そこば意識してもう一回最初からやろ……」


今日はこの公園で踊ってるが、普段はバスターミナルの横の銀行の前。

今日はそこに警察が沢山いて無理そうだったんで、この公園に来た。


「今日は和葉と謙太郎が来んね……」


踊りながら孝輔は俺に言う。


「何やろうね……。まあ、強制やなかけん」


俺は孝輔に微笑んで大技を決めた。


地区予選は二月。

そこで勝てば全国大会が五月にある。

そこでまた勝てば……ってそこまで行くのは夢のまた夢。

去年からその大会に出ているんだけど、去年は予選敗退。

それからかなり練習したから、今年は予選通過したいところ……。


ヒップホップダンスもどんどん変化していくので、今年はフォーメーションダンスで挑戦するつもりで練習している。


練習を終えて、自販機でジュースを買った。

十一月の寒空の下だけど、練習の後は冷たいスポーツドリンクがちょうど良い。


周囲を見渡すとカップルもいなくなり、スケボーをやっている少年が少し増えてきた。


九人で踊るヴァーシティー部門で参加する俺たちは、その九人のフォーメーションが命になる。

今日はその内の二人が来ていない。


「アイツらんとこ、カバーしながらやと難しかったい……」


将晴はスポーツドリンクを一気飲みして、二本目を買いながら言う。

俺はそれを見て笑った。

確かに将晴には厳しかったかもしれない。


汗も引いて俺たちは高台になっている公園の階段を下りた。


「もう渉の大技、完璧たいね……」


弘典が俺の肩を叩いた。

褒められるとやっぱり嬉しい。


「和葉と唯を持ち上げる練習、そろそろ始めないかんね」


リーダーの孝輔が振り向いて大声で言った。


和葉と唯はこのチームの二人の女子。

後半のクライマックスでその二人を持ち上げるシーンがある。

そこは弘典とタモツの見せ場にもなる。

後はチームで一番上手い、龍人のソロ。

龍人は練習しなくても一発で完璧に決める程上手い。


「来年は受験もあるけん。これが最後の大会になるやろうけんね……」


唯は一人、メロンパンをかじりながら言う。


「お前、また食うとるとか……。それ以上体重増えたらリフト出来んけんね」


タモツは笑いながら唯の頭を叩いた。

唯は頭を押さえて、逃げるタモツを追いかけた。


公園の階段の下に停めた自転車の辺りにスーツ姿の男が二人立っているのが見えた。


「おい……」


俺は孝輔に声を掛けた。

孝輔もそれに気付き、みんなに声を掛けて慌てて階段を下りた。


「すんません……。すぐどかせます」


俺は二人の男にそう言って自転車のチェーンロックを外した。


「待って。君たち西高の……」


一人の男がそう言った。

俺は振り返ってその男を見た。


「そうです……けど……」


二人の男は顔を見合わせて頷いた。






俺は家に帰り、シャワーを浴びた。

そしてそのまま部屋に入ってベッドに横になった。

バッグに入れていた携帯電話がSNSのメッセージを受信する度に音を鳴らす。


ダンスチームのグループSNSだった。


公園の下で会った二人の男は警察だと名乗った。

そして事件があり、それに和葉と謙太郎が巻き込まれたという。

それ以上の事は教えてくれなかった。

それ故にSNSで憶測が飛び交っている。


俺はそのSNSを見た。


「銀行のところの警察はその事件のせいか」


「アイツら銀行強盗でもしたんか」


「おいおい、事件なんて起こすと大会出れんやん」


みんな、それぞれに勝手な話をしている。


俺は呆れて、


「今は二人の心配してやろうや」


そう書いたが、その文章を消した。

そして、携帯電話の電源を切ると、部屋を出て、ダイニングテーブルに座った。

ラップを掛けられた晩飯があり、俺はそれをレンジに入れて温めた。


ご飯を茶碗によそっているとダイニングのドアが開き、親父が入って来た。


「親父……。おかえり……」


俺はテーブルの上を見た。

俺の向かいに親父の飯も置いてある事に気付いた。


「飯、食う」


親父は上着を脱いで椅子に掛けながら、


「ああ、頼む……」


とだけ言った。

俺は俺のおかずをレンジから出して、親父のおかずをレンジに入れ、温めた。


親父は冷蔵庫から缶ビールを出してグラスに注ぎながら座った。


「何か、市会議員の藤坂公次郎が殺されたらしかぞ……」


親父はビールを飲みながら言う。


「藤坂……」


何となく記憶はあった。

確か、若い二世議員で、高校の先輩にあたる筈だ。


「何で……」


「知らん……。でもラブホテルで刺されて死んどったらしかけん……」


「犯人は捕まっとらんと」


温まった親父のおかずを親父の前に置いた。


「まだらしか……。ばってん、ホテルで殺されたっちゃけん、犯人は女たいね……」


俺は黙って座り、晩飯を食った。


親父はビールを飲みながらおかずを食う。

二本のビールを飲み終えるまで飯はいらない。


「女癖は悪かって噂やったけん……、罰が当たったたい」


俺は親父の話に頷きながら夕飯を食べた。


まさか……、あの二人が巻き込まれた事件って……。


嫌な予感がして、食っている夕飯から味が無くなった。

その俺の様子を親父は見上げる様に覗き込む。


「どげんしたとか……」


親父は空になったグラスにビールを注ぎながら言う。


「何もなかよ……」


俺はそう言って飯を食った。


親父は地元の新聞社に勤務している記者だ。

どんな記事を書いているのかは知らないが、事件が起こると疲れて帰って来る。

まあ、そんなに事件の起こる街でもないけど……。


俺は食べ終えた食器を流しに置いて、冷蔵庫からコーラを出した。


「和江と日南子は……」


親父は二本目の缶ビールを開けながら訊いた。


「お袋はカラオケ行くって言うとった。姉ちゃんは部屋やろ……」


俺はコーラのキャップを開けて一口飲んだ。


「俺も寝るけん……。お休み」


「ああ、お休み……」


親父は俺の顔も見ずにそう言うと、またビールを飲んだ。


部屋に戻り、俺はベッドに横になった。

そして投げ出していた携帯電話の電源を入れた。

SNSでのやり取りは収まっていたが、その代わりに不在着信の電話が二件入っていた。


一つは孝輔からで、もう一件は知らない番号だった。

誰かが自宅の電話からでも掛けてきたのだろう。


俺は壁の時計を見た。

既に十時を回っていて、孝輔に電話ではなくSNSで話し掛ける事にした。


「電話くれた」


俺はそう書いて送信し、返事を待った。

もう寝ているかもしれない。

しかしすぐに既読になり返事が返って来る。


「起きてたか」


会話は方言だが、SNSでのやり取りは標準語だったりする。


「うん。飯食ってた。何かあった」


既読にはなったがなかなか返信が来なかった。


「謙太郎……。捕まっているみたい」


俺はそのメッセージに驚いてベッドに身体を起こした。


一体、どういう事なんだ……。






翌朝、俺は少し早めに家を出て、孝輔とコンビニで待ち合わせた。

俺がコンビニに入るのと同じ時間に孝輔の自転車も入って来た。

俺たちはコンビニの端に自転車を停めて、とりあえず缶コーヒーを買った。


「何かわかった……」


俺は孝輔に訊いた。

孝輔は缶コーヒーを一口飲んで、頷く。


「謙太郎の奴……。どうやら和葉ばレイプしたらしか……」


俺は口元で缶コーヒーを止めて、孝輔を見た。


ありえない……。

謙太郎はそんな事をする男じゃない……。


「馬鹿な……。ガセネタやろ……」


俺は冷静さを取り戻す為に缶コーヒーを飲んだ。


「渉……。気持ちはわかるばってん……。本当たい……」


孝輔は俯きながら言う。


「謙太郎は自分で警察に行ったらしか……」


俺はどうしたらいいのかわからず、周囲の風景を見渡す。


「今朝、謙太郎も家に帰ったらしかばってん……」


俺は缶コーヒーの缶を咥えて自転車に跨った。


「何処に行くとや」


「決まっとろうが、謙太郎の家たい」


「待って」


孝輔は俺の自転車のハンドルを握って俺を止めた。


「待ってって……」


孝輔が投げ出した缶からコーヒーが流れている。


「とりあえず、落ち着けっち……」


俺は手に持った缶コーヒーを壁に投げつけた。

怒りでも焦燥でもない、やり場のない何かに対してそうするしかなかった。


俺は自転車を降りて、アスファルトの上に座り込んだ。

孝輔は俺の自転車のスタンドを立てると、転がった缶を拾いゴミ箱に捨てた。


「多分、学校も知っとるやろうけん……、これが本当なら謙太郎は退学たいね……。和葉もわからんたい……」


俺は孝輔の言葉がまったく入って来なかった。

朝の鳥の囀りが聞こえてきた。

そしてその囀りだけが俺の頭の中を支配して行った。






学校へ行くと俺と孝輔は職員室へと向かった。

教師たちはいつもと変わらない様子だった。


俺の担任の岩瀬が俺たちに気付き、手招きした。

俺と孝輔は岩瀬の机の横に立った。


「先生……」


俺が口を開くと、岩瀬は座ったまま俺たちを見上げる。


「庄内謙太郎の事やろ……。ちょっと来い」


岩瀬は立ち上がって俺と孝輔を職員室の奥にある応接室へと連れて行った。

何度か入った事があるが、この部屋に入ると怒られている気分になる。


岩瀬は俺たちに座れと言い、自分も古いソファに座った。


「何処まで知っとるんかわからんけど……。今朝、庄内の親から退学させるって電話が入った」


俺は大きな溜息を吐いた。


「岸山和葉の方はしばらく病気療養って事で休む事になってる……」


俺も孝輔も顔を上げる事も出来なかった。


「本当なんですか……。謙太郎が和葉を……」


孝輔は言いにくそうに岩瀬に訊いた。

岩瀬は小さく頷きながら、


「本当の事たい……。庄内が自分で警察に行ったらしか……。警察に行かんと学校の方に来てくれとったら何とかなったかもしれんとばってん……」


俺は両方のこめかみを親指で押さえた。


「わかりました……」


俺は立ち上がった。


「今日は帰って良かですか……。とても授業受ける気分じゃなかですけん……」


岩瀬は一瞬渋い表情を浮かべたが、立ち上がった俺に頷いた。


「仕方なかね……。明日は来いよ……。それと……」


「わかっちょります……。口外はしません」


岩瀬の言葉に被せる様に言うとフラフラと応接室を出た。


職員室を出ると、孝輔は俺の肩に手を置いた。

俺は振り返って孝輔に微笑む。


「渉……」


孝輔の声にも力はなかった。

俺は孝輔に頷き、力なく微笑んだ。


「お前はチームの奴らに上手く説明しといて……。俺は帰るわ……」


そう言うと校舎を出た。

俺を追ってくる孝輔の姿が見えたが、俺は振り返りもせずに自転車に乗って、登校する流れに逆らって自転車を走らせた。






家に帰るとお袋が表で近所の主婦たちと話していた。


「渉……。あんた学校は……」


そう言うお袋を横目に俺は自転車を停めて、家に入る。

そして階段を駆け上り部屋にリュックを投げ出してベッドに倒れ込んだ。


謙太郎が和葉を……。

何かの間違いだろう……。


その言葉を俺は何百回も頭の中で繰り返していた。

ずっと一緒だった。

謙太郎が和葉の事を好きだというのは知っていた。

しかし、それは最悪の形になった。


「謙太郎……。和葉……」


思わず声に出てしまった。

そして悔しくて涙が溢れて来た。


もっと他の方法があった筈だろう……。


俺は声を殺して泣いた。

何度もベッドを拳で叩きながら。






昼になり、俺は制服を着替え、リビングへと下りた。

お袋が昼のニュースを見ていた。


「渉……。サボりでも腹は減るとね……」


お袋はニヤリと笑うと立ち上がった。


「昼飯、作るけん、ちょっと待っとき……」


そう言ってキッチンへと入って行った。


俺はソファに座り、お袋が見ていたニュースに視線を移した。


TVでは昨日殺された藤坂公次郎のニュースをやっていた。

藤坂の車を降りて一緒にホテルに入って行く女の映像が映っていた。

フードの着いた黒いパーカーを着ていて、映像からはまったく誰なのかわからないとキャスターも言っていた。


このニュースのおかげで謙太郎の話はかき消されている……。


俺はゆっくりと息を吐いた。

そして携帯電話を尻のポケットから出すと、SNSを開き、謙太郎と和葉にメッセージを入れた。

二人にはそれぞれ同じ言葉……、「大丈夫か」と入れた。


返事は帰って来る筈もなく、俺は携帯電話をテーブルの上に投げ出した。






昼飯を食って、俺は部屋に戻った。

携帯電話のSNSには何のメッセージも無かった。

ベッドに横になるが落ち着かず、気が付くと何度も携帯電話を見ていた。

落ち着かない自分にイラつき、ベッドから立ち上がった。

俺は壁に掛けた上着を取り、家を出た。

自転車に乗り、昨夜踊った公園へと走った。


公園の下に自転車を停めると階段を一気に駆け上った。

階段を上がり切り拾い公園を見渡すと、そこには一人で踊る謙太郎の姿があった。


謙太郎……。


俺はゆっくりとその謙太郎が踊る後ろに立ち、謙太郎の動きに合わせて踊り始める。


謙太郎も俺に気付き、微笑んだ。

音楽が終わり、俺と謙太郎は息を吐きながらベンチに座った。


「何ね……、渉……。学校は……」


謙太郎は息を整えながらスポーツドリンクを飲んだ。


「お前ば殴りに来たったい」


俺はそう言うと謙太郎に微笑んだ。

謙太郎は俺の前に立ち、自分が飲んだスポーツドリンクを俺に渡した。

俺はそれを黙って受取り、飲んだ。


「殴らんね……。いくらでん殴らんね……」


謙太郎は微笑みながら言った。


俺は飲みかけのスポーツドリンクのボトルを地面に叩き付けて立ち上がった。

そして拳を握り謙太郎に殴りかかった。

しかしその拳は謙太郎の頬に触れる手前で止まった。


「アホらしか……」


俺はベンチに置いた上着を取り、階段の方へ歩き出した。


「渉……」


謙太郎は何度か俺の名前を呼んでいたが、俺は振り返らずに階段を下りて行った。


階段を下りると俺の自転車の傍に昨日の刑事の一人が立っていた。

俺はそれに気づき、小さく頭を下げた。


「昨日はどうも……」


刑事は俺の前に立った。


「庄内謙太郎なら上にいますよ……」


そう言う俺に刑事は微笑んだ。


「今日はあなたに少し聞きたい事がありまして……」


刑事は上着のポケットから写真を出した。


「俺ですか……」


俺は差し出された二枚の写真を見た。


「この女を探しています……。ご存知ありませんか」


その写真はさっきTVで見た藤坂議員を殺したと言われている女の写真だった。

TVで放送されていたのと同じモノでまったく誰だかわからない写真だった。


俺は刑事の顔を一度見て、その写真を手に取る。

誰もこの写真が誰だか判る者はいないだろう。


「知りませんね……」


「良く見てください……」


刑事のタバコ臭い息が掛かる。


「すんません……。わかりません」


俺は二枚の写真を刑事に返した。


「そうですか……」


刑事は写真を上着のポケットに入れ、代わりにタバコを取り出した。


「昨日、藤坂公次郎議員が刺殺されたのはご存知ですよね……」


「はい……」


俺は俯いて答えた。


刑事はタバコに火をつけると煙を吐いた。

強い風に煙は消えていく。


「どうもこの藤坂議員は高校生を金で買っていたようなのです……」


もうそんな事で驚かなかった。

俺は小さく頷く。


「それも立派な犯罪ですからね……。言ってしまえば自業自得ってところですかね……」


「そうですね……」


俺は早くその場を立ち去りたかった。


「もう良いですか……、急ぐんで……」


俺は自転車のハンドルに手を掛けた。

そのハンドルを刑事は力を入れて押さえた。


「あなたのダンスの仲間に女の子が二人いますよね……」


俺はその言葉に怒りを覚えた。


「いますよ……。唯と和葉が。でも二人とも藤坂議員を殺す事なんて出来ません。唯はここで一緒にダンスの練習をしてましたし、和葉は……」


俺はそこで言葉を止めた。


「岸山和葉さんは、その時間に庄内謙太郎にレイプされた……」


俺は自転車から手を離して、その刑事の襟を掴んだ。


「ええ……。二人とも藤坂を殺せる筈はないんですよ……」


俺は歯を食いしばってそう言った。

刑事はニヤリと笑うと、襟を掴んでいた俺の手を捩じ上げた。

そしてタバコを携帯灰皿で消した。


「失礼しました……」


刑事はタバコ臭い息で俺に謝った。


「お友達にお伝えください……。日本の警察を舐めるなって……」


刑事はニヤリと笑うと目の前の横断歩道を小走りに駆けて行った。


一体どういう事だ……。


俺は走り去る刑事の背中を睨んだ。


「渉……」


後ろから声を掛けられ振り返ると、謙太郎が立っていた。

大きな荷物を持ってバツの悪そうな表情で微笑む。


俺はその謙太郎の大きなバッグを拳で叩く。


「何処か行くとか……」


謙太郎は何度か頷いた。


「謙太郎」


謙太郎を呼ぶ声が聞こえた。

横断歩道を走ってくる和葉だった。


「和葉……」


どうなってるんだ……。


俺は二人を交互に見た……。






俺たち三人は再び高台の公園に上った。

俺たちが踊る場所より少し先に行くと海が見える。

その海の見えるベンチに謙太郎と和葉は座った。

俺は公園の端を囲む石の手摺に寄りかかって二人を見ていた。

途中の自販機で買った缶コーヒーを俺は二人に投げた。


和葉はポケットからタバコをライターを出した。


「吸うて良かね……」


和葉がタバコを吸う事も知らなかった。

俺は和葉に微笑んで頷いた。

慣れた手つきで火をつける。

そして和葉は俺と謙太郎に、


「吸うね……」


と言った。

俺はその箱から一本取り、火をつけた。

タバコなんて吸った事も無い俺は、当然咳き込んだ。

同じ様に謙太郎も咳き込んでいる。


「良うこげんなモンば吸うとるね……」


俺は手に持ったタバコを見ながら和葉に言った。

和葉は微笑み、


「私は中学の時から吸うとるけんね……」


と言って煙を空に向かって吐いた。


「不良たいね……」


「うん、不良たい……」


そう言うと和葉は立ち上がり俺の横に来て海を眺めた。


「だけんが、謙太郎にレイプされたくらいでピーピー言わんとよ。もう何人も男知っとるけんが……」


和葉は俺を見て微笑む。


俺は溜息を吐いた。


「さっき公園の下に刑事がおったとばってん……。変な事ば言うちょったとよ……。日本の警察ば舐めるなって……。お前らに伝えろって」


謙太郎と和葉は顔を見合わせて微笑んだ。


「そうね……」


和葉はタバコを地面に落としてつま先で踏んだ。

それを見て俺もタバコを消した。


俺はその二人の表情を見てわかった気がした。


「謙太郎……。お前、和葉ばレイプ……しちょらんっちゃろう……」


俺は目を閉じて俯いた。


「渉……」


俺は顔を上げて謙太郎と和葉に微笑んだ。


「何処に行くつもりか……」


俺は呟くように訊いた。


「わからんばってん……。とりあえず、人の多か街に行く……。そこで和葉と一緒に暮らすつもりたい……」


謙太郎は立ち上がって自分と和葉のバッグを手に取った。


和葉はその謙太郎の手から自分のバッグを取った。


「藤坂ば殺したとは私たい……。殺した後、謙太郎に電話ばしたと……。そしたら謙太郎が私ば犯した事にして警察行くけんって。それで私のアリバイは成立するけんって……」


俺は苦笑した。

思った通りだった。

俺は謙太郎を見た。

謙太郎は頷いていた。


「それで、日本の警察ば舐めるなって言われたったいね……」


俺がそう言うと謙太郎も和葉も苦笑した。


「ばってん。もう警察は気付いちょるぞ……。早よう行け」


俺は表情を変えて二人に言った。

二人は頷くとゆっくりと俺から離れる様に歩き出した。


「渉……」


謙太郎は立ち止まる。


「何ばしよっとか、早よう行かんか、こんふうけもんが」


俺は叫んだ。


「ありがとう……」


謙太郎は頭を下げると和葉の手を引いて走り出した。


「こん、ふうけもんが……」


俺はそう言いながら流れる涙を拭いた。


公園の階段を数人の男が上がってくるのが見えた。

そしてそれを見て謙太郎と和葉は公園の脇にある階段の方へと走り出す。


数人の男は二人を追って走って行った。


俺はゆっくりと公園を歩き、ポケットに入れた缶コーヒーを開け飲んだ。


そして俺の目の前にさっきの刑事が現れ、頭を下げた。


「日本の警察は優秀でしょう……」


そう言うと歯を見せて笑った。


俺はその言葉を鼻で笑った。


「あん二人が、ふうけもんなだけでしょう」


そう言って缶コーヒーを飲んだ。








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