急なチートどうした?
私はこれまで、いくつもの修羅場をなんとなく切り抜けてきた。
たとえば——尊敬していた女先輩と上司の不倫を偶然知ってしまったとき。
どれだけ計算し直してもギルドの経費が合わず、電卓を叩きすぎて指がつった夜。
さらには、お局様から差し入れを断っただけで「既婚の冒険者と不倫してる」なんて噂を流されたとき。
……まあ色々あったけど、結局どれも何とかやり過ごしてきた。
だからわかる。この状況は——間違いなく死ぬやつだ。
イーニバルは完全体となり、次々とロバートの仲間をなぎ倒していく。
「イロネ!! 君は後ろに隠れてろ!」
ロバートの叫びに私は凍りついた。
やばい。本当にピンチだ。
……っていうか、こんなに強いなら、私が裏切る必要なかったやろ!
「ごめんなさい……」
心の底から絞り出せた言葉は、それだけだった。
すると、キャサリンの声でイーニバルが笑う。
「さっきまで妨害をしていたお前が、今は泣いている。嘘のようだな」
いや私はただのギルド嬢! 戦えるわけないから!
そんな私に、ロバートは微笑みを向ける。
「安心しろ。この勝負は俺たちが勝つ」
「でも……仲間たちが、もう……」
「安心しろ。仲間たちは生き返る」
……嘘だろ。死んだ人間を蘇らせるなんて、とんでもない国のトップ僧侶でもなければ不可能だ。しかも死後10分以内じゃないと無理だ。
するとロバートが魔法陣を展開し、そこから黒髪の男を呼び出した。
「田中、よろしくな」
は? 誰この人!? 初めて見るんだけど!? 名前タナカ!?
私の困惑をよそに、その田中と呼ばれた男は次々に仲間たちを蘇生させていく。
その光景に、私もイーニバルもただ青ざめるしかなかった。
イーニバルは自分の首を外し、その顔がゆっくりとキャサリンの顔へと変わっていった。
そしてキャサリンの自我で話し始める。
「だから言ってるでしょ! そいつのせいで魔王軍がピンチなんだって!!
あんたたち人間が、普通にそんな馬鹿げた連中を大量に別世界から呼ばなければ……私たちだって、わざわざ裏切りなんて生き恥行為をする必要、なかったのに!!」
……え、ちょっと待って。私は今回の出来事で三つのことに気づいた。
1. イーニバルって首を外すことで、自我を切り替えられるんだ。
2. 魔王軍なのに、裏切りって普通に「恥」だと思ってるんだ。 堂々と裏切ってた私が急に恥ずかしくなってきた。
3. そして何より――異世界から大量に人間を輸入してるって、初耳なんだけど!?
私は結局、誰を応援すればいいんだろう。
そもそもここにいていいのか? 話がややこしくなりすぎて、もう帰りたくなってきた。
田中が次々と仲間たちを蘇らせていく。そのたびに周囲から歓声が上がった。
「すごい!」「本当に生き返ったぞ!」
すると田中は首をかしげて、真顔で言った。
「なんでみんなそんな大げさに褒めるんですか? 死んだ人間を生き返らせるなんて当たり前でしょ?」
……やばい。この黒髪男、本格的に嫌いかも。
私の今までの涙は何だったの? 裏切ったことを死ぬほど後悔して、キャサリンの言葉にまで揺さぶられてたのに。気づけば、キャサリンの方を応援したくなってる自分がいる。
そもそも――マスター、私にも情報をくれよ!
やっとわかってきた気がする。おそらく異世界から呼ばれた人間が化け物じみて強すぎる。そのせいで魔王軍が滅びかけていて、だからこそ私が現場で裏切る役を押しつけられてたんだろう。
……なんか、全部筋が通っちゃったんだけど。
イーニバルは怒りをあらわにして叫んだ。
「お前たちは本当に人間なのか? 命を粗末にし、死んでも蘇生できるからと錯覚し、命が軽いと勘違いする……そんな人間に命の尊さがわかるはずがない!」
ロバートは一歩前に出て、きっぱりと反論する。
「俺たちは命の重みを理解している。お前らよりもな」
「嘘だ!」イーニバルの怒声が響く。
「命を大事にしている人間が、自分の体に爆弾魔法を埋め込み、我々に突撃してくるなんてありえない! あれでどれだけの若い悪魔たちが死んだと思っている! 結局、お前たちは蘇生できるからデメリットがない。だから非道な作戦を平気で取るんだ!」
……やばい。正論じゃん、イーニバルの方が。
てか私、知らなかったんだけど? そんなやばい作戦やってたの? 合理的なのはわかるけど、人の心どこに置いてきたんだよ! ロバート、ここは頼む、感動的な理由で打ち消してくれ……!
ロバートが静かに答える。
「俺たちだって、何の罪もない人間に特攻はさせていない。死刑囚に爆弾魔法を埋め込み、悪魔を倒すたびに刑が軽くなる取引をしている。合意の上だ」
……。
どうしようもなさすぎる。やばい。
急に裏切ることへの抵抗感がなくなっていく、私。
戦いのことなんて、私には全然わからない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
──この勝負、きっと簡単に終わってしまう。田中のせいで。
嘘でしょう?
私が憧れていた「魔王軍退治」っていうのは、ほんの一握りの凄腕冒険者たちが、何百何千もの命を賭けて、やっとの思いで成し遂げる偉業だったはずだ。
それが今はどうだ。まるで流れ星が偶然落ちてきて、願いが簡単に叶っちゃったみたいな展開。
……そんなの、おかしいじゃん。
気づいたときには、私はイーニバルの前に飛び出していた。
咄嗟に、彼を庇っていたのだ。