急な裏切り行為どうした?
突然だが、皆さん「トロッコ問題」という思考実験をご存じだろうか。
有名な話なので、知っている人も多いだろう。
簡単に言えば——あなたがレバーを引かなければ5人が死に、引けば1人が死ぬという、あの問題だ。
合理的に考えれば、5人を助けるためにレバーを引くべきだ。
つまり、これから私がやることは、それだ。
裏切り行為自体は悪ではなく、合理的判断に基づく正当な行為である。
このことを踏まえた上で、皆様は私に優しい言葉をかけるべきである——以上。
ペンを置き、日記(という名の遺書)を閉じた。
私はギルドの廊下を歩き、四天王「首なしのイーニバル」を助けに行くため、冒険者チームのリーダー——ロバート=ルイスのもとへ向かった。
ルイスはきっぱりと言った。
「だめだ。君は戦えない。俺たちも君を守るほど余裕はないんだ。
何より君は俺より若い、まだ十七歳じゃないか。今無理をするべきじゃない」
うん、すばらしい。完璧な勇者ムーブ。
さすが最年少で、このギルドのSランクに上り詰めた男。
言ってることは正論だし、こちらへの配慮もばっちりだ。
……でも、ここで引くわけにはいかない。
私は——どんな嘘をついてでも、この国を守らなくてはならない。
というか、「国のため」と思わないとやっていけない。
「……実を言うと」私は神妙な顔を作った。
「私はあのイーニバルに、故郷の村を燃やされた人間なんです。
だから今回だけでもいいから、同伴させてほしいんです」
多少、心は痛む。
が、仕方ない。
……何より、半分は本当なんだから、大丈夫だろう。
ロバートは、じっと私を見つめて言った。
「覚悟の決まった男の目をしているな……思い出すよ。
俺が十五歳の頃、魔王を倒すと決心した時の目だ。
あの時も——もし失敗したら、自分だけじゃなく周囲も巻き込むと覚悟していた」
……いや、まず私は女だし。
それと、絶妙に自分語り多くない?
ともあれ、行くことは決まった。
私は内心でガッツポーズを決める。
そして当日。
早くも問題が発生した。
どう妨害すればいいのか、全く決まっていない。
しかももう一つの問題。
このパーティで唯一の女枠——魔法使い「キャサリン」が、
私に死ぬほど冷たい視線を送ってくる。
ロバートがダンジョンに入ると、
「後ろに隠れていろ」と私に指示を出してくれてありがたいのだが、
そのたびにキャサリンの憎悪ゲージが上がっていくのがわかる。
……私、これからどうなるの?
私は、イーニバルが倒されないようにするため、何とかしてこの人たちを帰らせなければならない。
最初に思いついた作戦は——
ご飯を全部どこかに捨てる作戦。
食べ物がなければ帰るしかない。
人間、食欲には勝てないのだから。
私は早速、転んだふりをして、ロバートたちが持ってきた食材を全部地面に落としてダメにする。
「す、すいません。私ったら……一旦帰って準備し直しまsh——」
「ありがとう!」
ロバートは驚きながら、なぜか私に感謝してきた。
「この食材の一部に呪いがかかっていたぞ。
君が地面に落として、食べられるやつを注意深く選んでいたから気づけた。
もし君が転んでいなかったら、気づかなかったかもしれない」
……わー、すごい嬉しい。
それはそうとして、あのキャサリンさんの殺気を止めてくれません?
キャサリンは氷魔法を唱え始めてた。
結局、僧侶さんが食材をきれいに洗い、呪いも解除してくれた。
普通に食べられた。
作戦は、完全に失敗した。
作戦その二:怪しい宝箱にわざと近づく作戦
キャサリンが言っていた。
「あんな宝箱に近づくなんて、馬鹿か阿呆しかしないわ。私のリスクサーチに引っかかったんだから間違いなく罠よ」
……うん、じゃあ行こう。
わざと近づけば、何かしらの事故が起こって帰れるはずだ。
結果——中には、このダンジョンの詳細な地図が入っていた。
ロバートは目を輝かせた。
「すごいぞ! あの宝箱、熟練者ほどリスクサーチに引っかかるようデザインされてるのを見抜いたんだな!」
……なんでダンジョンの地図が宝箱に入ってんだよ。押し入れに入れとけ。
作戦その三:ロバートを風邪にさせる作戦
ロバートに冷たい水をぶっかけて、体を冷やしてやる。
熱でも出せば帰るだろう。
結果——ロバートは何事もなく笑顔。
「おお、ありがとう。目が覚めた」
……体、強すぎだろ。あと優しすぎだろ。
作戦その四:隠し地図を燃やす作戦
こっそり火をつけて隠しルートを封じる。
これなら探索は続けられない。
結果——燃やしたことで、火であぶらないと見えない隠し通路が浮かび上がった。
「すごい、こんな仕掛け初めて見た!」とロバートたち大喜び。
……もう嫌だ。
キャサリンが、ついに怒鳴った。
「いい加減にしてよ!! なんで妨害ばっかするの!?
ロバートたちは気づいてないのに、どうしてあんたはこんなに余計なことばっかするのよ!
ふざけないで、私の苦労なんだと思ってるわけ!?
今までこうやって努力して、みんなから認められてきた私に……」
よし、なんか分からないけど、空気がめちゃくちゃ悪くなってきた。
ごめんなさいキャサリン。でもこれは仕方ないの。
国の未来がかかって——
……ん? 今の台詞。
「ロバートたちは気づいてないのに」って、なんか変じゃない?
その瞬間。
キャサリンの背後から、じわじわと“それ”が現れた。
首を失った騎士——四天王イーニバル。
キャサリンは冷たく笑った。
「どうして、ギルド嬢なんかしてるあんたが……
私の裏切り行為に気づいて、先回りして潰すわけ?」
えええええええええええええ!?
なにこの急展開!?